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入居者の賃料設定無し。感謝経済で成り立つ藤野の集落ー虫村・バグソン

神奈川県相模原市藤野。都心から約1時間半のアクセス良好な山間部の里山は、戦後に芸術家たちが疎開してきたことから、今でも多くのアーティストたちが住んでいることや、最近ではシュタイナー教育の学校やパーマカルチャーセンターの拠点があることから、子育て世代を含む幅広い層からの移住先として人気を博しており、入居物件の競争率も高い。ここに「虫村」と書いて「バグソン」と名付けられた”感謝経済”で成り立つ集落をつくるという人物がいる。
中古・リノベーションマンションの売買プラットフォーム「カウカモ」などを展開する、ツクルバ共同創業者の中村真広さんだ。

6月下旬の梅雨入り前日、滑り込みで晴天に恵まれた私たちは、相模原ICを降りて15分ほど、細くまがりくねった山間部特有の道路を通り抜けバグソンに到着した。2人の小さなお子さんと一緒に畑に種まきをしていた中村さんのご夫妻が私たちを迎え入れてくれた。


バグソンとは、何か?

資本経済から生まれたバグで、都会的な暮らしをする人々の脳内にバグを生む場

バグソンは、中村さんの自邸、3世帯が居住できる長屋、シェアスペースやゲストの宿泊になる完全オフグリッドの離れの3つの建物で構成された”集落”であり、あたりまえとなった都市型の現代社会に対して疑問符を打ち、本来あるべき自然に内包される人間としての暮らしを呼び戻すための「感謝経済」「循環型の生活」を実践する、社会実験の場だ。先に断ろう、ここには貨幣経済の”ビジネス”は存在しない。

虫村の完成イメージ図の模型。提供:ツバメアーキテクツ

この村の入り口ある離れ棟は、中村さんを訪れる友人や、企業の合宿、または地域のコモンスペースとして使用される予定だ。雨水タンクから水道を引き、太陽光で電力をつくり、コンポストトイレで排泄物は肥料として循環するなど、単にインフラから自立しているだけではなく、自然に生かされていることを考えさせられる暮らしになるよう設計されている建物である。

母屋後ろからみたバグソン、右の敷地に長屋が建てられる予定

中村さん:「インフラに飼い慣らされてしまってる東京的な生活とは異なり、ここは全て太陽と雨の恵みによって成り立っていて、自分たちの排泄物も全て土に帰っていくんです。排泄物ってゴミじゃないんだ、という気づきや、サービスとして水道から飲み水を得ることや、水を捨てる=下水代がかかるってどういうことだろうか?と、ちょっと疑問が生まれると思うんですよね。」

屋根一体型太陽光パネルRoof-1、外は雨水タンク、コンポストトイレがある。

設計は建築家の登竜門と呼ばれるJIA新人賞を受賞したツバメアーキテクツ。太陽光はモノクロームの屋根一体型太陽光パネルRoof-1。通常は隠す配線や配管をあえて見せるようなデザインにし、エネルギーの流れを可視化するデザインにこだわったという中村さんは、実は東京工業大学の建築学科出身。ツバメアーキテクツの山道さんや千葉さんは大学時代の後輩だという。離れは、物理的なエネルギーの可視化だけではなく、モノクロームのHEMS、Home-1で発電した電気エネルギーも画面上で可視化することで、実際にどれくらい太陽光から発電をしていて、電力自給率がどうだったかを確認することができる。

モノクロームのHEMS ”Home-1"でエネルギーを視える化。電力の自給率をチェック。

バグソンが生まれた理由

なぜ中村さんが感謝経済をここで実践するためにバグソンをつくったのか、インタビューを通して紐解いていくと、上場とコロナによるライフスタイルの変化をきっかけに、あたりまえであった都会的な生活に疑問を覚えるようになったようだ。

すべてが消費で構成された街、東京への疑問

「東京ってお金があれば楽しい町で、なんでも買えるし、美味しいもの食べに行くでも、面白い場所でも行ける。だけど、それだけだと思ってしまったんですよね。暮らしが消費で構成されているんです。皮肉なことにですが、スタートアップのファウンダーで上場して、一定のキャッシュを得たはずなのですが、東京が面白くなくなってしまったんですよ。消費で構成された生活は、断片的で、繋がりを感じない 生活だなと思ったんです。例えば、貨幣経済って人と人の繋がりをどんどん切っていく。ある意味それって発明だと思うんですよね。全然知らない地方のスーパーマーケットでも150円のペットボトルが買える。どこの誰とか自分のこと知らなくても買えてしまう。”人”ではなく、”貨幣”が信用されてるからこそできることなんですよね。」

コロナ禍で家で過ごすことが多くなった際も、都会では結局買うことでしか生活を満たすことができないと感じた中村さんは、自然の中に身を置き、あらためて自然の中の”生きものと人間”の繋がりというものを見出していくために移住を決めた。

バグソンが目指すもの

感謝経済:賃料は設定しない

これから敷地内に建設される3世帯が住めるようになるという長屋には”賃料”が設定されていない。これは中村さんの「感謝経済」のコンセプトが顕著に表れている。通常の貨幣経済ならば、契約書を交わし、決められた賃料を支払い入居ができるが、バグソンでは対価を居住者が自由に決めることができる。「感謝」の気持ちでリターンすることを、入居者がどう表現するか、自分で作った野菜かもしれないし、ビールの手土産かもしれない。それは中村さん自身も未知数な社会実験になるだろうという。

「例えばここが1時間1万円ですと言われたら、1時間1万円払う人しか来ない。彼らにとって1万円を払ったら受けるべき対価が明確に決められてるはずで、それが満たされなかったらクレームになるというのは、まさに関係性を完全に分断されてますよね。そんなことはしたくないので、僕はただギブするファーストギバーとしてこの場を開きます。」

賽銭箱:離れにおいてある賽銭箱はサンキューボックス、気持ちをどうぞ

インフラから切り離され、自然に内包された暮らしを実践する

「あたりまえのことですが、実は生きているだけで、僕たちって常に自然にギブされているんですよね(与えられている)、こうやって息を吸っていられるのも木のおかげ。離れ棟のお客さんに、『今日ごめん、雨降ってないからシャワー出ないよ』なんて、普段はインフラにつながっていて、当たり前に出る水も実は雨のおかげ。『最近雨ばっかりでやだなーでも雨ありがとう。』みたいに感謝できますよね。こうやって僕もギブされている立場だから、ここにきてくれた人にギブ(バック)するんです。」

雨水タンクはシャワーやトイレなどに使用している

普段はインフラに繋がり使い放題のように感じる電力も、太陽光のみで発電する場合、曇りが続けば、使用する電力に気を使うようになる。上水は雨水という恵みがあってからこそであり、都会では”下水”や”ゴミ”となるものも、コンポストで肥料にした畑で野菜を作りそれが食卓に並ぶ。そうやって人間が自然に内包されて暮らしていれば、自然と循環する暮らしになっていく。

都会と自然、それを統合するための場

東京の企業でフルリモートで働きながら、田舎の里山に身をおき暮らす、そんな2拠点生活をする人が最近は増えてきている。筆者もその一例だ。「それは個人で(自然と都会を)統合しているんですね」と中村さんが言語化してくださり、スッと腹に落ちた。

「映画”マトリックス”で言う2つの世界があるじゃないですか。仮想現実の世界と、現実と。主人公たちはプラグインで2つの世界を股にかけてますけど、しんどそうですよね。でも、僕らがやっていることって、実はそれと同じだと思うんですよね。体は、里山の中で暮らしてるのに、 リモートで資本主義の中でアタックするようなベンチャーに身を置く、そういったねじれ(バグ)を自分の中で統合するんだっていう、どこか覚悟決めてやってるわけですよね。マトリックスの主人公と同じで、誰かがやらなきゃ、この世界が完全に分かれてしまうと僕も思ってて。そこを繋ぎ合わせる”場”を作りたいんです。だから僕はこの場所を通じて、都会と自然は二項対立するものではなく、個人の中でその2つを統合する人が増やせたら、もっと多くの人に影響できると思っています。」

お金以では買えない”拡張家族”をつくる

中村さんはバグソンを通して、キャピタルとソーシャルキャピタルの変換装置でいたいという。

30年スパンで計算してみたんですけど、仮に2年、3年ごとにこのバグソンの長屋に住む家族が入れ替わっていくと、この広義の意味でのバグソンファミリーが300人ぐらい増えるんですよ。拡張家族というか、同じ価値観でこのエリアに住んでる人たちが増える。そのうち僕らは高齢になっていって、ここに住む人は子育て世代になり、自分よりも若い世代がどんどん入っていく。家族が300人いるって最高じゃないですか。それはめちゃくちゃ価値があると思います。これを従来通りに”家賃いくらですよ”っていう賃貸住宅をやってしまうと、この関係性が生まれにくくなるので、どっち取りますか?って。まさに赤いカプセル、青いカプセル*どっちとりますかって話だと思います。
*マトリックスの主人公が仮想現実か現実かを選ぶ際に提示されたカプセルのこと。

”バグソンは僕なりのアート活動

「当たり前ですけど、上場するって自分たちが作ってきてる会社が商品になるわけじゃないですか。それまで僕らが作ってきた会社という、価値があってないようなものが、突然ある日を境に市場価値がついて、突然ボンと価値が跳ね上がるわけですよね。 これ、バグでしかないじゃないですか。世界は地続きで何も変わってないはずなのに、この価値だけが金融経済の中でバグるって、 不思議だなと思ったんです。だから、そのバグを使わせてもらって、新たなバグを投下していこうっていうのがこの場所なんです。得たキャッシュを高いワインやらプライベートジェットにするのもいいけど、僕はソーシャルキャピタルに還元していくようなことをバグソンでやっていきたい。そして、資本主義東京的な暮らしの中に、小さなバグの要素を生み出していく場所にしたいんです。ウイルスみたいに持ち帰ってもらって、”バグソン行って、ちょっと頭にバグ残って、東京的な暮らしが変に思えてきちゃった”みたいな人がどんどん生まれてくるとおもしろいなと思っています。このバグソンっていうものを描く絵の具は、資本主義のバグで得たキャッシュ。それを絵の具で溶かして書いてるんですよ。僕、アーティストって一番魂がピュアだと思っています。だから、経済活動からも外すし、ビジネス的な横展開とかも全く考えてないし。1つの絵を描ききるだけっていう感じですね。」

現代の都会的な生活に大きな波紋を投じるであろう、日本ではまだまだ珍しいの感謝経済で成り立つ集落、バグソン。長屋棟の入居者は来年の春頃から募集を開始する予定だという。どんな人々が集う場になるのか、中村さんの大いなる社会実験はこれからスタートする。


モノクロームについて
モノクロームは、創業者の梅田優祐が自宅を建設する際に、理想の住宅用太陽光パネルと、つくられた自然エネルギーを効果的に制御するためのソフトウェア(HEMS)が存在しない問題に直面したことをきっかけに、その問題を解決するため、2021年7月に設立された会社です。

HP: https://www.monochrome.so/
Instagram:@monochrome.so
X(Twitter):@monochrome.so

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Text&Edit:Miko Okamura Ellies (Monochrome)
Photo:Christopher Ellies