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聴書: #1 Gómez Palacio | Roberto Bolaño

*** (カテゴリ跨ぎの)言語: Media/英語 #1 の続きです  ***


10年以上前に The New Yorker -- FICTION Podcast で朗読された
チリ人作家 ロベルト・ボラーニョ の短編『ゴメス・パラシオ』の
紹介と ’聴’後感 を。



続きから

………..
興味を持って拝聴できたFICTIONのプログラムは多くはないのだが 
Roberto Bolaño 著『Gómez Palacio』は 自分と相性の良い朗読の典型例だった。
作家 Daniel Alarcon 氏の朗読と 彼の声紋で織りなされる ”Gómez Palacio” というスペイン語の音が どういうわけか 自分の内側の何かに引っかかり、 再聴する度に とても短いこの物語世界に引き込まれていった。

言語: Media/英語 #1 | The New Yorker -- Out Loud (podcast)

まずは 心地良い雰囲気のPodcastの感じを こちらで:

WNYCのサイト

南米で ”貪り読まれる" ロベルト・ボラーニョ

作家/Alarcon氏の朗読が始まる前 番組ホスト/Deborah Treisman氏に 「自分が大学時代に過ごした南米の大学では ボラーニョの『2666』が貪り読まれていた」と語っています。
確か 別の情報源でも 特に南米で凄まじい人気の作家だったと評判でした。
それほどの人気と熱狂を鑑みると 50歳でこの世を去った彼へのファンの嘆きは想像に難くないでしょう。

略歴については 以下の引用で:

ロベルト・ボラーニョ (1953-2003)
チリの詩人、小説家。1953年、サンティアゴ生まれ。
1968年、一家でメキシコに移住。1973年、20歳のときチリに一時帰国し、ピノチェトによる軍事クーデターに遭遇したとされる。投獄経験を経て、翌74年にメキシコへ戻る。その後、エルサルバドル、フランス、スペインなどを放浪。77年以降、およそ四半世紀にわたってスペインに居を定めた。2003年死去。
代表作に短篇集『通話』(1997)、『野生の探偵たち』(1998)。2004年に刊行された遺作の大長篇『2666』は、10 以上の言語に翻訳され、世界各国で高い評価を受けている。

Amazon日本の書評欄から

前置きはここまでにして 本編の紹介を。
短編の紹介なのに長くなってしまいましたが ザラザラと綴られる文章の味わいと 音声に変換された文の響きが良いので 原文の引用は多めになりました。以下 ストーリー概要です。


ゴメス・パラシオ 到着

I went to Gómez Palacio during one of the worst periods of my life.
I was twenty-three years old and I knew that my days in Mexico were numbered.

メキシコ北部の街 ゴメス・パラシオに 満員のバスで向かう主人公のひとり語り。

メキシコシティから出発し メキシコ各地で予行演習的な "Writing ワークショップ" の講師を勤めたあと 彼の地のArts Council/芸術協会?に職を得る計画があるようです。
折角得られた 知人の "つて" なのに 主人公自身は気乗りせず 「なんで了解したのか判らない。メキシコ北部のどうでもいい街なんかにしがみつくつもりは毛頭ない」、と 到着する前からコンパスが狂っているようです。

I don’t know why I accepted. I knew that under no circumstances would I settle down in Gómez Palacio. I knew that I wouldn’t stick to running a writing workshop in some godforsaken town in northern Mexico.

かつてボラーニョ自身がゴメス・パラシオや近隣の街に一時期逗留していたようなので この小編は自伝的な作品なのかも知れません。
だとすると -- 先の書評にありますが -- ボラーニョは母国チリに一時帰国した際クーデターに遭遇していますし 投獄後 21歳でメキシコに戻って2年経過していても 依然 彼の先行きや精神的な土台は混乱の中にあったのではないか と想像します。

Finally, I arrived in Gómez Palacio and visited the Arts Council offices, where I met my future students. In spite of the heat, I couldn’t stop shivering. The director, a plump, middle-aged woman with bulging eyes, wearing a large print dress featuring almost all of the state’s native flowers, took me to my lodgings: a seedy motel on the edge of town, next to a highway leading nowhere.

ゴメス・パラシオ到着後 暑さにもかかわらず寒気がして体調は振るわず。
芸術協会で会った 身元引受人のような役回りのDirector?女史のことについて彼は描写します。
ふくよかで 目のギョロッとしたこの中年女性はメキシコ固有の殆どの花々がプリントされた長いドレスを着ている、と。
女史は詩作を職業としています。

通勤時に毎朝車を出してくれる彼女の脚がぎりぎりペダルに届く 巨大な青いバンで着いたのは しょぼい街外れのモーテル。
傍のハイウェイはどこに続いているとも知れず。
この後 主人公は体調不良のため 眠れぬ夜を頻繁なトイレ行脚や悪夢と共に過ごすことに。。。
確かに人生の最善の時期からは遠そうです。

Meanwhile, I chain-smoked Bali cigarettes and looked out the window at the highway, thinking about the disaster that was my life.
Then we’d get back into her car and head off to the main office of the Arts Council, a two-story building whose only redeeming feature was an unpaved yard with three trees and an abandoned, or unfinished, garden, swarming with zombie-like adolescents, who were studying painting, music, or literature.

最初の朝 朝食を取りながら おしゃべりな女史が自分の身の上話をしている間 主人公は 大量の煙草をふかし続け 自分の人生 は 大災害だ とハイウェイの向こうを眺めます。

その後 初めて芸術協会?の入る建物に到着し 初見では気づかなかったけれど 遺棄されたような庭と そこに集う ”ゾンビのような” 若者を目にして 徐々にこの場所への嫌悪感を募らせます。
しかし同時に 状況を冷静に観察し 自分自身の精神面に課題があるのかも、と考えを巡らせてもいます。自暴自棄ではないようですね。

こういった不運な主人公の不機嫌な様子と 彼の手厳しい観察に基づく人物や状況の描写に『ライ麦畑』のような青春文学の雰囲気が少し被ります。


滞在最終日 前日

ゴメス・パラシオ滞在中に 彼が何をしたかは余り語られず
場面は 滞在最終日前日の叙述に さらりと切り替わります。

On my last full day, while we were having breakfast, the director asked about my eyes. It’s because I don’t sleep much, I said. Yes, they’re bloodshot, she said, and changed the subject. That afternoon, as she was taking me back to the motel, she asked if I would like to drive for a bit. I don’t know how to drive, I said. She burst out laughing and pulled onto the shoulder.

自分のバンを運転してみないか と女史に提案され 「運転の仕方を知らない」と答える主人公は 爆笑された後(=AT車だからかな?) 彼女の命令で運転席に座り 一緒にハイウェイへと向かいます。

When I reached the motel, I didn’t stop. I looked over at the director: she was smiling—she didn’t mind if I drove a bit farther. Until then, both of us had stared at the highway in silence. But when the motel was behind us she started talking about her poetry, her work, and her insensitive husband. When she had said her piece, she turned on the cassette player and put in a tape: a woman singing rancheras.

ところが 運転に味を占めた主人公は 宿に戻っても車から降りず 助手席の女史は言葉を交わさず ドライブは続行。
女史がカーオーディオに差し込んだカセットテープから 彼女が知己だという女性歌手の悲しげなランチェラ(民族音楽)が流れます。

詩人という職業の困難さを理解してくれない、と女史から非難される 彼女の旦那のものらしき車が 突然 休憩中の青いバンの近くに停車し 女史と主人公は不穏な空気を感じます。

You’ve been there, haven’t you? Yes, I’ve been to Durango, I said. And what were the writing workshops like? Worse than the ones here, I replied, meaning it as a compliment, although she didn’t seem to take it that way.

ゴメス・パラシオに来る前に開催した 女史の出身地デュランゴ/Durangoでのワークショップはどうだった? と訊かれ
「この街のよりも酷かった」 と返す主人公。
お世辞のつもりだったのに そう受け取ってもらえなかったようです
(、、、、、そりゃそうでしょう。。。)
気遣いも媚びもないけど 悪気なく真っ直ぐな姿勢が 斜に構えたこの23歳の特徴なのでしょう。

ここで ゴメス・パラシオでのワークショップのひとコマが回想されます。

For a while, none of us said anything.
I considered the possibility of taking a job in Gómez Palacio and staying there for the rest of my life.
…… I imagined a long, complicated engagement. I imagined a dark, cool house and a garden full of plants.
And how long do you think you’ll go on writing? the boy who worked in the soap factory asked again.
I could have said anything, but opted for simplicity. I don’t know, I said.
What about you? I started writing because poetry sets me free, sir, and I’m never going to stop, he said, with a smile that barely hid his pride and determination.

貧しそうな五人の若い受講者達の一人から あなたはなぜ詩作をし どれくらい続けるのか と訊かれ 主人公は「成り行きで。」、「知らない。」と返しますが
仮に ゴメス・パラシオで生涯を過ごすとした場合の将来像 -- 好みの女子学生を娶り 植物に囲まれた庭と家を構え 暮らす日常 -- が 彼の頭に浮かびます。

同じ問いに対し 石鹸工場勤務の若者は 自信たっぷりな笑顔で 「自分はいつまでも詩を書き続ける」 と答えます。
荒井由実の曲みたく 主人公は ”理由もなく憎らしい” 視線を返しているのかも知れませんが 恐らく 反応できなかった のではないでしょうか。


黄昏時の 砂漠のハイウェイ

It wasn’t yet completely dark, but it was no longer day. The land all around us and the hills into which the highway stretched were a deep, intense shade of yellow that I have never seen anywhere else. As if the light (though it seemed to me not so much light as pure color) were charged with something, I didn’t know what, but it might well have been eternity. I was immediately embarrassed to have had such a thought.

スカイブルーのバンから窓越しに見える砂漠の景色や ハイウェイから見晴らせる遠い街のネオン。
夜とも昼とも区別できない ハイウェイが消えていく深く濃い黄色の影。
これまで見たこともないその美しい景色に 永遠を感じる主人公ですが
そんな考えが浮かんだこと自体に 即座に 困惑します。

ワークショップでの会話で ゴメス・パラシオに腰を落ち着けたときの心地良い未来像を否定したときと同じように 主人公は安定を求めながら 何故かそこに属せない自分を感じているかのようです。

I wanted you to see this, she said proudly. This is one of my favorite things.
….. Lights were sparkling in the distance: a town or a restaurant. We didn’t get out. The director pointed toward something—a stretch of highway that must have been about five kilometres away, maybe less, maybe more.
She even wiped the inside of the windshield with a cloth so I could see better.

お気に入りの風景をうきうきと主人公に紹介してくれる女史。
遠くに瞬く光とハイウェイ。
女史は 彼が見えやすいように 車の窓を拭いてくれます。

調子に乗って紹介し過ぎたので この辺りで止めておきます。

終盤近くまで要約してしまいましたが この雑文程度では作品の細かな魅力まで表現しきれませんので ご安心を。
もしご関心がおありでしたら 上に貼った朗読サイトか ネットに落ちているテキスト原文 (スペイン語でなく英訳) をどうぞ。
*The New Yorker Podcastの当該サイトで見つけられますけど 何度か閲覧するうちに "アクセスには購読が必要"と撥ねつけられます。 なのでここに貼るのは。。。
*因みに 邦訳はボラーニョの短編集のどれかに組み込まれていると想像します。詳しい方の情報をお待ちしてます。



砂漠の街、空色のバン、『大聖堂』

読む、 即ち、 視覚情報だけで文学作品に接するよりも 朗読のほうが 音の質や強弱/高低に始まり イントネーション、文の区切り、リズムなど 文章を把握する手掛かりが多くなる恩恵がありますよね。
遅読症の自分には進行速度までもリードしてもらえるので ありがたいことです。

物語の始めに 予行演習のワークショップで主人公が訪れたメキシコの街の名前が次々と読み上げられます。

I went to San Luis Potosí, Aguascalientes, Guanajuato, León—though probably not in that order. I can’t remember which town came first or how long I spent in each. Then Torreón and Saltillo. I went to Durango as well.

言うまでもなく全く聴き取れないばかりか もしや英語を聞き損なっているのかも?と 聴解に侵食して調子を乱されまくり、 母音多めのスペイン語の響きと 既知の ”ゴメス・パラシオ” という言葉だけが 自分の中に引っかかりました。

このPodcastを耳にしたとき 例えばロマンス系の言語と仲良くなり過ぎていたなら スペイン語の響きは日常に埋没し 結果 作家ボラーニョは自分の前を素通りしていたでしょう。
対象への関心度は 送り手と受け手の掛け算で決まるでしょうから
偶然のようでいて 自分がその偶然を選択した必然 みたいな巡り合わせだったかな と感じます。

因みに Alarcon氏の声が少し甲高いのに最初は違和感があったのですが 今となっては訥々とした所が却って好ましいです。
逆に物々しい低音で読まれた日には よそ行きっぽい感じで嫌になってたかもなぁ。

*    *    *    *    *  

ところで
この小編 カーヴァー好きにはきっと心地よく感じられるでしょう。

ドン底気分の若者と 小動物のようにお茶目な詩人のおばさま。
若者の軌跡が彼女のそれと一瞬交差し かすかに知覚される 無色の僅かな揺らぎを 日常の情景の中に淡々と記述するところは 『大聖堂/Cathedral』のようなカーヴァーの幾つかの作品に共通しています。

ボラーニョが影響を受けた作家達の一人なので 作品を貫く視点や雰囲気が似るのは道理でしょうね。とはいえ 単に南米風味に置換しただけではなさそうです。

茫漠とした未来に臆している主人公に思いを重ねながら 彼の人生がほんの一瞬通り過ぎた砂漠の街の出来事を 何故か繰り返し聞きたくなる 不思議な魅力を感じました。

『Gómez Palacio』は ここに納められています

<おまけ>

代表作 と言いながら 恐らくミステリーでしょうから食指が動きませんけど 贅沢をいう以前に遅読癖/病なので大長編が読めるはずもありません。
読んだ気がするように『2666』の書評を貼り付けてみます。

遺作 且つ 大長編 且つ 代表作(とのこと)

Written with burning intensity in the last years of Roberto Bolaño's life, 2666 has been hailed across the world as the great writer's masterpiece, surpassing everything in imagination, beauty and scope. It is a novel on an astonishing scale from a passionate visionary.

Santa Teresa, on the Mexico-US border: an urban sprawl that draws lost souls to it like a vortex. Convicts and academics find themselves here, as does an American sportswriter, a teenage student with her widowed father, and a reclusive, 'missing' author. But there is a darker side to the town. As in the real town of Juárez, on which Santa Teresa is based, girls and women are disappearing at an alarming rate . . .

As 2666 progresses, as the sense of conspiracy grows, as the shadow of the apocalypse draws closer, Santa Teresa becomes an emblem of the corruption, violence and decadence of twentieth-century European history.

Amazon紹介文を引用
ボラーニョ作品の邦訳版表紙絵には どれも引き込まれます

文学の新たな地平を切り拓く、遺作にして最高傑作──
二〇〇三年、チリ出身の作家ロベルト・ボラーニョは、世界的に名声が高まるなか、五十歳の若さで死去した。遺作となった本書は、作家の文学的遺書ともいえる傑出した作品である。

全五部からなる本書は、謎のドイツ人作家アルチンボルディの作品に魅せられた四人の研究者の物語から始まる。彼らはある目撃情報を頼りに作家の足跡を辿り、メキシコ北部の街サンタテレサに向かうが、そこでチリ人哲学教授アマルフィターノに出会う。数年後、ボクシングの試合を取材するためこの地を訪れたアフリカ系アメリカ人記者フェイトは、国境地帯で頻発する女性連続殺人事件のことを偶然耳にする。一九九三年から続くとされる事件の多くは迷宮入りとなっていた。そして最後に、作家の知られざる人生と、彼がメキシコに赴いた理由が、想像を絶するスケールで明かされる……。

あたかもアルチンボルドのだまし絵のように、大小さまざまな物語がちりばめられながら最後に驚くべき全体像が浮かび上がる仕掛け、第二次世界大戦を含むおよそ一世紀にわたる悪と暴力の歴史を織り込みながら、今なお続くメキシコ北部での女性連続殺人事件というアクチュアルな問題をあぶり出す本書は、まさにボラーニョ文学の集大成である。本書によって世界文学の地図は大きく塗りかえられるに違いない。

Amazon日本の紹介文を引用

どこかで見ましたが
『2666』は家族への遺産分配を配慮して複数巻(おそらく五部構成)で刊行する予定だったそうです。 夫々の巻の収益を 夫々異なる相続者に紐付けようとしたようですが 出版社等との協議の末に再考され、 分割せず一巻の大長編として出版することが決まったそうです。

ロベルト・ボラーニョ
Roberto Bolaño(1953-2003)
チリの作家。若いころからメキシコ等各地を放浪、最初は詩を書いていたがスペイン移住後に小説を書き始める。代表作『野生の探偵たち』や没後刊行の大長篇『2666』が英語をはじめとする各国語に翻訳され、今では21世紀初頭のスペイン語文学を代表する作家とみなされる。詩を中心としたいわゆるマイナー文学の営みをナチズム等の20世紀の現実世界における暴力や邪悪なものに結びつけるその唯一無二の文学世界は、世界中の目の肥えた小説読者をひきつけてやまない。

白水社の著書紹介から

そそっかしい想像かもですが これらの紹介文から
『2666』のモチーフが浮かび上がってきた気がします(多分 アレ絡みなんだろうな。)
仮説を検証するために 読みたくなってきた。。。。
ダメだ、読め切れるはずがない。。。。

どうしよ

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