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『落研ファイブっ』(22-1)「棒鱈じゃん(上)」

〔女将〕「熊谷さんいらっしゃい。早かったね」
〔熊〕「めばちカマ焼きとシラスおろし、生ビール。メジの漬け。後で金目煮つけ定食」
 一日中パチンコ屋に居座っていそうな熊谷なる中年男は、たばこの匂いが染みついたシャツをはためかせながらカウンターで貧乏ゆすりをしている。

※※※

〔飛〕「確かに政木まさき先輩ってメチャクチャカッコいいし色気ありますよね。マダムも狂う色香ってああいう事なのかもしれません」
〔シ〕「でも飛島君って松田君ラブじゃん。仏像にくら替えする気」

〔飛〕「誤解されているようですが、僕は松田君に恋をしている訳じゃないですよ」
〔餌〕「そうか。怪しいなあ」
 くすくすと餌が笑いながら飛島を突いていると、バクダン丼二つに漬け丼と引っ掻き丼がやって来た。

〔女将〕「金目干物定食だけ遅くなっちゃってごめんね。たらもどき先に食べててね」
〔青〕「大丈夫です。ありがとうございます。皆先に食べてて」
〔餌〕「遠慮なくいただきまーす。部長何で時間かかりそうなメニューにしたの」
〔青〕「何にも考えてなかった」

〔三〕「それ言ったらカマ焼きこそ時間掛かるじゃん」
〔シ〕「先に飯食って締めがカマ焼き。それもどうなんだ」
〔餌〕「ご飯のお替りすれば大丈夫」
 しゃべりながら鱈もどきに箸をつけた餌の動きが完全に止まった。
 鱈もどきのみを出された青柳あおやぎほおも小刻みに揺れている。

〔飛〕「江戸前の味覚て。冷蔵庫らなーかあ香辛料で持たえせるしあ」
 震える飛島の呂律ろれつが怪しくなっている。

〔三〕「四川しせん料理の発想か。どれ」
 餌が止める間もなくずいっと汁をすすった三元さんげんが思わずむせる。
〔シ〕「俺は遠慮しとく」
 四体の人柱ひとばしらを見たシャモは、汁椀を開ける事も無く遠ざけた。

〔飛〕「チャンネル登録者数が十万人を超えた人気配信者の『みのちゃんねる』さんですよね。実食すればネタになりますよ」
 飛島がお冷を飲み干して涙目になりながらシャモをぎろりと見た。

※※※

〔女将〕「いらっしゃい。何名様」
〔監督〕「四名じゃん」
 高校生グループと中年男性。男だらけの狭い店内にむわっと香水と体臭の入り混じった香りが広がった。

〔女A〕「良い感じの店じゃん。監督もたまには当たり引くじゃん」
〔女B〕「早めに来て良かったじゃん」
〔女C〕「とりあえずビール飲みたいじゃん」
〔三〕「あいつらに出くわすとは」
 三元さんげんが思わずうげえっ、と小さく声を上げた。

〔シ〕「三元さんげんあの客知ってるの」
〔三〕「じゃんじゃんじゃんじゃんうっせー奴らがいただろ。城ヶ島で」
〔シ〕「あー何かいたな変なやつら」
 語尾に不自然なほど「じゃん」を付けて大声で話す四名様のテーブルからは、香害レベルのどぎつい香りがただよう。

〔監督〕「とりあえず生中四つじゃん。後はなめろうが二つとモズク酢が四つじゃん。後は」
〔女A〕「とりあえずはそれで良いんじゃん」
〔女B〕「鱈もどきって棒鱈ぼうだらじゃん。久々に食べてみたいじゃん」
 止めとけと言いたいのをこらえながら、青柳あおやぎは隣のテーブルを見る。

〔監督〕「じゃそれ四つもらうじゃん」
〔餌〕「鱈もどき四つは止めとけって」
 鱈もどきとの格闘を諦めたえさは汁椀にふたをすると、残りのバクダン丼をつつき始めた。

〔女将〕「金目お待たせしましたー。ごめんね遅くなって」
 鱈もどきから解放された青柳は、助かったと言わんばかりに早速定食の汁椀を開けると、やはり鱈もどきだった。

 がっくりとうなだれて三浦大根葉の浅漬けに逃げた青柳を横目に、餌はシャモの目の前に食べかけの汁椀を差し出した。

〔餌〕「銀の盾の根性見せてくださいよ。『みのちゃんねる』の本気が見たいです」
〔シ〕「だーかーら、撮影してない時は絶対嫌だって。そう言う事は『みのちゃんねる』のメンバー登録してから言ってください月額六百円」

〔餌〕「この守銭奴しゅせんどがっ」
〔シ〕「お前だけには言われたくないね」
 二人が食べかけの鱈もどきをめぐる不毛なやり取りをしていると、シャモの背後からすっとんきょうな声が響いた。


〔女C〕「えーっみのちゃんじゃん! まじウチみのちゃんの大ファン今日城ヶ島来て大正解じゃん!」
 乾杯のビールを飲み干した女が、黒地にパールをあしらったネイルの指先をシャモの腕に絡めた。

〔女B〕「すごいじゃん! みのちゃんじゃん! あさぎちゃんみのちゃんねるの古参メンバーじゃん!」
〔シ〕「えっ、あ、どもみのです。今日はプライベートの友達と来てるんで」
〔女B〕「友達? え、超可愛いじゃん! まじ可愛いパンダのリュック超似合うじゃん!」
〔餌〕「あ、ありがとうございます? んん。もしかして貴女様あなたさまは」
 餌は奥の席で二杯目のビールを飲み干したジュリアナスタイルの女に目を向けた。

〔餌〕「も、もしかして森崎いちご様ではありませんか! いつも『色々と』お世話になっております」
〔三〕「誰だよ。デカい子供が三人はいそうだぞあの女」
 小声でぼやく三元さんげんに突っ込む者はいない。なぜなら――。

〔青〕「森崎いちごが監督と呼ぶ男はただ一人。もしかして貴方こそ、我が心の師匠ししょう! ローアングル煽り撮りの匠、エゾウコギなめ茸監督。一度お会いしたかったんです。ああ合宿に来て本当に良かった」
〔女将〕「モズク酢になめろうお待たせしましたー。鱈もどきはちょっと時間が掛かるけどごめんね」
 モズク酢を受け取った監督は、上機嫌でサインをせがむ青柳に応じた。


〔女B〕「ねえ一八が飛んだ代わりにこの子を起用したら良いじゃん」
〔女C改めあさぎ〕「一八がいないならこの子でいいじゃん」
 その問いに、森崎いちご嬢はモズク酢を高々と掲げた。
〔女A改めいちご〕「一八は海の『もずく』になったじゃん」
〔女B〕「野田一八のだいっぱち! 野田一八のだいっぱち! ウミウの代わりにユーキャンフライ!」


〔飛〕「三元さん、カウンターのオジサンがメチャクチャ怖いんですけど」
 カウンターに陣取る常連の熊谷さんは、貧乏ゆすりどころか局地的地震の震源地レベルで生ビールのジョッキを揺らしている。

〔熊〕「飯にするわ金目よろしく」
〔女将〕「はいはい」
 長居は無用と決めたのか、熊谷さんは金目の煮つけ定食を催促さいそくすると大きな音を立ててお手洗いに入った。

 ※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。
(2023/8/6 「22 棒鱈じゃん」分割および一部改稿 2023/11/16 一部再改稿)

 じゃんじゃんうるさいエゾウコギなめ茸監督御一行の初出はこちら↓

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