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おはよう朝〜瞬間を写真に撮ること〜

最近、写真を撮ることについて考えている。私は写真を撮ることが好きだ。だけどそれは、ミラーレスで撮ること限定で、スマホではなるべく撮らない(ようにしている)。まあ、そもそも私のスマホはポンコツ君なので、画質が悪く、後で見返す用にしか使えない。

ご飯を食べに行った時。出てきた料理を写真に撮る。これって現代人にはすごく普通なことになった。でも、いつもすごく不思議な光景に思う。さっきまで隣の席でぺっちゃくちゃとお話ししていたおばさまたちが、料理が運ばれた瞬間にスマホを取り出し、お話は続けながらも、スマホで写真を撮る。器用だ。お話の内容にも頭を巡らせながら、写真の画角を考えている。The マルチタスク!!

私もご飯が出てきたら写真を撮る。そんな時もある。だけどそれが常態化してくると、自分の中で、「勿体無い」という気持ちが芽生えてくる。こんなこと思う人、いるかな?料理が運ばれてきた瞬間、写真に撮っている瞬間、ファインダーや画面をのぞいている。料理そのものではなく、全体像というか、画角や周辺の環境(机とか机に置いてあるお花とか)を見ている。なんなら、おしぼりが邪魔していないかどうかを気にしている。あらら、私何しているんだろう。
作った人が愛情込めた料理。なんだかまずは目で直接見て味わいたい。「美味しそう」という感情は直接目で見ながら呟きたい。画面越しではなく。
そう感じるようになって、写真は「いつも」撮るではなく、「たまに」撮ることにした。どうせそんなに見返さないし(笑)

最近は、写真をパシャリとした瞬間に、美味しさ成分まで写真に吸い取られてしまうのではないか、と妙な想像までしてしまう。料理を撮ったつもりが、美味しさまで取ってしまっているんじゃないかって。もしかしたらそんなことだってあるのかもしれない。

アメリカの画家の「少年とリス」を3時間じっと鑑賞した。「9分経って初めて、少年の耳の形がリスのおなかの模様と正確に一致することに気づきました。・・・そして45分経ったとき、ふいに見えてきたのが、背景のカーテンの皺です。」

オリバー・バークマン:限りある時間の使い方

じっと見ないと気づかない感動ってあると思う。まずは自分の五感を使って、「この野菜は何かな?」「あ、こんなものも入ってる!」「いい匂い」「綺麗な色だな」「どんな味付けかな」と想像するゆったりとした時間を過ごしたい。せわしなく写真を撮るのは控えようキャンペーン開催中。

読んでくれてありがとう♡