悠木柚
特別なんかじゃない。寧ろ普通より劣っている。 生産性も金も運も無いが、自由に生活してきた女が見つけた最高にふさわしい自分の居場所。
最近どう? 笑えてる? ―― 龍の背に乗れる場所 了 ――
たくさん嫌なことがあった。 たくさん忘れたことがあった。 人に話してもわからないと思っていた。 私は歪な魂を持った孤独な驢馬だから。 ずっとそう思っていた。 でも顔をあげると、たくさんの笑顔があって、たくさんの支えがあった。 嬉しくて、本当に嬉しくて、進んで良いのかも、と感じた。 私はきっと見つけたんだ。 ずっと探していた場所を、見つけられたんだ。 カ ヲ ル 私が最後に書いたのは、こんなに拙くて、しかし紛れもない本音を綴った作文のような
私は夢見ていた。 ただ一つの希望だけを、ずっと心に抱いていた。 私が望んだ事は単純で、プリントアウトされた写真の再現。 あの皆で過ごした河原での時間を、再び迎えたかっただけなのだ。 ・ 汚いリュックに、みんなを詰めて、私は河原へと向かった。 途中でコンビニに寄り、全財産を引き出し、それで買えるだけの酒を買った。 全財産で買った酒は、ビニール袋一つで充分事足りる量だった。 ・ 水龍のうねりが見える場所に陣取り、みんなと酒を呑み交わす。
翌日、アナルゥの家を訪ねた。 残念ながら彼女は留守だったが、私は合鍵で中に入り掃除を始めた。コンビニで買ってきた特大ゴミ袋に、先ずは『明らかにゴミ』だと思える物を詰めていった。 特大ゴミ袋は二十枚入りだったが、ゴミを詰めて行く内に足りなくなり、追加のゴミ袋を買わなくてはならなかった。 纏めたゴミは何処に出して良いのか分からなかったので、とりあえずベランダに積んでおいた。ベランダはゴミ袋で溢れ、転落防止用の柵が見えなくなった。 此処はマンションの十五階なので、
何であれ、感じる事は重要だ。 感じないよりは感じる方が良い。でもだからと言って、感じるだけでは、どうしようもない事があるのも事実である。 ・ 朝から三本目の缶ビールを空けた時、ボンッ! とも、ドゥン! ともつかない爆音が響き、次いで窓ガラスがカタカタとなり、この安アパートを小さな揺れが襲った。 地震に違いないと思ったが、元々この辺りは地震が少なく、こんな時にどうするべきなのかという知識が無かった。 しかし、何だか他人事のように『そのうち何とかなるのでは』
最後に私が書いたのは、拙くて、でも紛れもない本音を綴った作文のような詩だった。 その詩については、いつか機会があれば発表したいと思う。 ・ 文章はその人の心を表す。 それは間違いのない真実だ。幾ら綺麗事を書き連ねたり、それっぽい言葉を巧く使っても、その小聡明さは隠せない。 作家が文字埋めの為に付け足した文章は、物語を一つ一つ選別し、確認し、削いでいけば直ぐに解るのと同じように、詩人が色紙に書く言葉もまた、心の入っていない見掛け倒しの物は、直ぐに解る。
知りたくない情報は、直ぐ耳に入る。 逆に知りたい情報は、何時になっても何の先触れも無い。心の歯車を狂わせるのは、決まって知りたくない情報だ。 気分が高揚し、全てが上手く行っていると思っていても、そんな情報一つで、心が地に沈む事は避けられない。 それが今まで上手く行った経験が無い者なら尚更。 ・ 茂木の事件を知ってから数日間、私は思うように詩が書けなかった。 元々デタラメな文学と、気の利いた流行りの台詞で誤魔化していたのだが、そんな物はもう書きたく無かっ
楽しかったバーベキュー大会から数日経ち、私は家で色紙に詩を書き続けていた。あの思い出が霞む前に、出来るだけ多く『文章として』残すのだ。 おかしなもので、あれから酒に手を伸ばす事が減った。但し、私は正真正銘のアル中なので、酒を断つには至らず、日々必要に迫られ《《適量》》を呑み続けはしているけれど。 色紙に向かい、無心で筆を走らせていると、携帯電話の着信音が鳴った。アナルゥからだ。 「もしもし」 「カオル、ネットニュース見た? 大変よ!」 「暫くパソコンは弄ってい
自分の居場所を確認する作業は大変だ。しかし見方を少し変えれば、そんなに難しくないのかも知れない。 「木炭って網の上で良かったのか?」 「ミキ、おやさいならべるよー」 「うわっ、皿が飛んで行く! 紙製品はこれだから駄目なんだ!」 結果から言えば、このメンバーの誰もがバーベキューをした事が無く、誰もが他人任せにしようと目論んでいたのだと思う。 かく言う私もその一人で、慎吾辺りが多分知っているので丸投げしようと思っていた。 もうすぐ九月が始まると言うのに猛暑日は
映像界に復帰してからは、飛ぶ鳥を落とす勢いだった。 相田菜留未《あいだなるみ》、それが穴井留美《あないるみ》の新しい名前だった。残念ながらアナルゥと言う渾名は変わらなかったが、それでも違うステージに立った彼女は一躍トップスターに躍り出た。 アイドルAV女優。それが新しい彼女の肩書だ。 元々、整った顔付きと、プロポーションの良い身体だったのに加え、抜群に感度の良い身体を持ち合わせていた彼女は、『演技っぽさが無い』と、多くの男性層から人気を集めた。実際、彼女は演技など
数年前、田端カオルと出遭ったあの日。穴井留美の中に、これまで想像すらした事のない情感が宿った。 この落ちぶれて死にかけの女は、何を思って生き続けているのだろう。この女に餌を与えたらどうなるのだろう。 それより何より、この薄汚い女に陵辱される事こそ、今の自分に相応しい事なのではなかろうか。 穴井留美は並べられてあった色紙を全て買い上げ、たかだか五万ちょっとの出費で、田端カオルの時間を拘束する事に成功した。 家に誘い、酒でもてなし、食事(と言ってもツマミ程度だが
アナルゥと言うのが、彼女の渾名だった。 何処か卑猥で、中途半端な呼称と同じく、彼女自身の立ち位置も現状、どこか卑猥で中途半端な物だった。 十四歳で芸能事務所にスカウトされ、二年ほど地下アイドルとして跳ねたり飛んだりしていた。地下アイドルというのはテレビに出演せず、ライヴ・ハウスなどを中心に活動する人達の総称で、バラドル(バラエティーアイドル)に比べると一本芯の通った印象を与えやすい。 彼女、いや穴井留美《あないるみ》は、そんな中でも頭一つ飛び抜けた存在だった。往々
この歳になって初めて、パソコンを手に入れた。 宅配便で届いたそれは、白井の遺品だった。彼女は遺書を残していたらしく、自分が死んだらこのパソコンを私に送るようにと書かれていたらしい。そんな内容の手紙が添付されていた。 パソコンと言えばインターネットだ。偶にネットカフェで弄っていたので、操作方法は解る。後は環境の問題だが、丁度、商店街の祭事区画で三ヶ月料金無料、取り付け工事費無料のキャンペーンが開催されていたので迷わず申し込み、インターネット環境を開通させた。人生初の『
路上詩人を続けるにはコツが要る。 何も考えず、同じ場所で店を出し続ける奴は必ずいなくなる。毎日場所を変え、しかし遠すぎず近すぎない位置を測って出店しなければならない。 私は今までの経験から、幾つか穴場と呼ばれる場所を知っていたが、それでも連日そこへ行く事はしなかった。そうしないと危ないからだ。 ・ 何時ものリュックに商売道具を詰め込み、片腕に茣蓙を抱えて電車に乗った。電車の中にはOL風の女や大学生らしき女、中年の粧し込んだ女や背の曲がった老婆がいる。適当に乗
始まりは何時も偏頭痛からだ。 白井の葬式でしこたま酒を飲み、葬儀場として貸し切られていた公民館で夜を明かした。かつて私と共にいた白井は、お喋り好きで、狂っていて、気配りが出来て、寂しがり屋の女だった。 葬式の二次会でのどんちゃん騒ぎは故人を寂しがらせない為の物。誰が言い始めたのかは知らないが、その言葉程、白井の葬式で現実味を帯びない物はない。 葬式に集まったのは白井の事など何も解っていなかった偽善者だけだ。私も含めて、全員偽善者だ。もっと彼女と真摯に対峙すれば、
ホーム:https://kakuyomu.jp/users/mokimoki1 悠木柚と言います。 しがない物書きですが仲良くしてやってください。 ポテトが大好き 埋もれたまま過ごしたい。