龍の背に乗れる場所 16
翌日、アナルゥの家を訪ねた。
残念ながら彼女は留守だったが、私は合鍵で中に入り掃除を始めた。コンビニで買ってきた特大ゴミ袋に、先ずは『明らかにゴミ』だと思える物を詰めていった。
特大ゴミ袋は二十枚入りだったが、ゴミを詰めて行く内に足りなくなり、追加のゴミ袋を買わなくてはならなかった。
纏めたゴミは何処に出して良いのか分からなかったので、とりあえずベランダに積んでおいた。ベランダはゴミ袋で溢れ、転落防止用の柵が見えなくなった。
此処はマンションの十五階なので、それ程は苦情も来ないだろうが、もしも二階や三階だったなら、何事かと思われたに違いない。
次に、脱ぎ散らかされていた服を拾い上げ、洗濯機の前に集めた。氷河期時代の遺物かと見紛う、ゴミの下で眠っていた服達は、半数ほど黒カビが生えていて、フローリングの床にも黒カビが移っていた。勿論、カビの生えた服はゴミ袋行きだ。
床にカビ退治用洗剤を撒いて拭いた後、洗濯に取り掛かった。
私が見たことも無い最新式の洗濯機ではあったが、何となく弄っていたら、何となく動いたので、何となく服を放り込んだ。
洗濯槽が回っている内に掃除機をかけなければならない。
アナルゥの家は広いので、たかだか掃除機をかけるのにも一苦労だ。私の安アパートなら二分で済むが、『3LDK』だとそうも行かない。
とにかく、この家を綺麗にしたかった。
何故そう思ったのかは分からないが、とにかく何かをしたかった。
いや、理由は分かっている。
汚い物を見過ぎたから、バランスを取りたかったんだ。汚い物を見たら、同じくらい綺麗な物を見なければ。それが自分の手で綺麗に出来る物なら尚良い。
そうやって、バランスを取って行かないと、どうにもならないんだ。
・
アナルゥの家に行く前、私はタクミの家に寄った。
タクミはミキと同棲していたので、タクミとミキの家と言うべきなのだろうが、今はもうタクミの家になってしまった。
本来なら今日はミキの通夜なのだろうが、両親に連絡が着かないらしく、通夜や葬式は、まだ先になるらしい。
チャイムを押しても返事が無かったのでノブを回すと、扉が開いた。
此処も私の家と、さして変わらない安アパートなのだが、内部は整頓され、掃除の行き届いた綺麗な空間だった。
整頓された、掃除の行き届いた、綺麗で、汚い家だった。
私は開けたドアを閉め、その場を後にした。
部屋で、蛹になりかけだった物が、ゆらゆらと揺れていた。
その過程で腐った彼は、羽化する権利を永遠に失っていた。