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小説詰め合わせ

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#恋愛小説

海に連れてって。今すぐに

海に連れてって。今すぐに

車は暗闇の前で震えながら停まった。

「ついたよ」

シフトレバーをパーキングに押し込みながら言うと、助手席で眠っていたユリは目をこすって短く息を吐き出した。たぶん笑ったのだと思う。暗くてよく見えなかった。車内のライトをつけると彼女は片目をつぶって眉を寄せた。

「まぶしい」

手足を伸ばしながら言う彼女からは、俺と同じシャンプーの匂いがする。

おとこ物の、清涼感の強いその匂いでさえ、ユリが纏う

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多分、同じ月を見ているのだろう

多分、同じ月を見ているのだろう



 木漏れ日が落とすまだら模様がくすぐったそうに揺れている。公園のベンチに腰を掛けて、ぼんやりとそれを眺めていた。

 持ってきたサンドイッチはとっくに食べてしまって、パンくずも鳥たちにあげてしまったから、私はすることもなく休日を持て余していた。

 さんぽ中の誰かの犬が短く吠えると、それに反応した鳥たちがいっせいに飛び立っていった。巻き起こる風に木々がざわめいて、思わず顔を上げると、月があった

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宝石箱の住人

宝石箱の住人

 触れれば簡単に砕けそうな硝子のピアス。

 細かい曲線が連なった金の指輪。

 ぐにゃりと曲がる薄いバングル。

 どれもほんの少しの不注意で壊れてしまいそうなものばかりで、でもカエデさんの周りはそういったもので溢れている。

 「わざと身につけて緊張感を持って生きなきゃ、私はダメになるんだと思う」

 カエデさんが初めて俺の家にやってきたとき、彼女はひどく不安そうな顔をしてそう言った。俺より年

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0.3ミリ

0.3ミリ

 タナベ君はいつも、うぐいす色の細長い筆箱からシャープペン、消しゴム、付箋、蛍光ペン、定規、シャープペンの芯。必ずその順番で物を机に置く。

 無意識のものなのか、高校入試に向けての願掛けなのかは分からないけれど、私の知る限りではずっとこの順番だった。それに気づいたのは一か月ほど前のことで、塾の席替えで私の席がタナベ君の左斜め後ろになったからだった。できることなら本当は隣の席が良かったのだけれど、

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待ち焦がれながら真夜中に。

待ち焦がれながら真夜中に。

 閉じていた瞳をゆっくりと開く。まつげの間をすり抜けて、街灯の光が入り込んできた。夏の夜の重苦しい熱風が、少し伸びた私の髪の毛と戯れている。手で髪を撫で付けながら、また時間をかけて瞳を閉じる。

 ゆっくりと瞬きをする癖が付いたのは、この歩道橋で彼を待つようになってから。

 歩道橋の手すりに頬付をついて、不安になるほどに薄い瞼の開閉を繰り返す。瞼を開いている時に彼が現れるのか、はたまた閉じている

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ねぇ、先生。

ねぇ、先生。

 キッチンの流しに透明なコップを1つだけ置いて、蛇口から細くひねり出した水がゆっくりと淵に近づいていくのを眺めるのが好きだった。

  水がコップの淵にジリジリと迫ってゆく、あの息の詰まるほどに静かな緊迫感がたまらない。表面張力でコップに一瞬だけしがみついて、ほんの少しの間を置いて重力に逆らえなかった水が溢れ出す。わたしは両肘をついて、その光景を眺めている時が一番幸福だった。

 終業のチャイムが

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夢の中なら君は優しい。

夢の中なら君は優しい。

 突然プレゼントされたジップロックの中には、丁寧に折りたたまれたキッチンペーパーが入っていて、持ち上げても何の重力も感じなかった。

「これ、本当になにか入ってるの?」

 僕が小首をかしげながら質問すると、このジップロックをくれた張本人であるマリコは、こちらを見向きもせず

「当たり前じゃない、プレゼントだもの」

 と言った。

そして紅茶にレモンを浮かべ、かき混ぜたスプーンを口にくわえながら

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