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第3章 ライ麦畑で僕を追う-1

Vol.1

 水卜先輩が会社を辞めてしまう。そんなことを考えながら日々の業務に追われ、1週間、2週間と時は進んでいき、とうとう水卜先輩がいなくなる最後の日になってしまった。先輩は変わらず、いつも通りの笑顔を咲かせながら業務をこなしていた。

「ねえ、話聞いてるの?ちゃんとやってもらわないとこまるのよ。ここ最近ミスが多すぎ、やる気あんの。」

「すみません。すぐ直しますんで。」

K先輩に怒られた。ここ最近いつも怒られている気がする。最近では残業も日に2時間を超えている。世の中には二時間じゃ済まないくらいの残業をしている人たちがいるようだが、正直僕にとっては二時間でもしんどい。定時というものがあるのにも関わらず、残業するなんて概念がそもそもおかしいと僕は感じている。大きくため息をついた。何もかも吐き出したい気分だった。しかし、居室には様々な鬱憤・憤怒・倦怠などの歩の感情が溢れかえっており、僕の溜息は拡散する事なく、僕の元に帰ってきた。いや、むしろ大きいものになって帰って来たのかもしれない。

「露祺、今日のお昼外で食べない。」

突然話しかけて来たのは、同期の狂林凛だ。凛とはよく飲みに行ったり、小旅行をしたりする中である。先日も江ノ島に二人で行ってきた。

「いいよ。じゃあ、食堂で待ってる。」

「了解。」

短い会話を挟み、僕は仕事を続けた。

「しんどいな。」と思いながらも1分1秒と重ねていった。これがいつまで続くのか。ゴールの見えないマラソンのような感覚に襲われながら、報告書の作成を行なっていく。時刻は10時45分。お昼休みまでは、あと一時間と15分だ。カタカタカタ。カタカタカタ・・・・・ダンッ。時刻は、10時46分20秒。お昼休みまでは、あと一時間13分40秒だ。カタカカタタカタ。カタカタカタ・・・・・ダンッ。時刻は、10時47分40秒。お昼休みまでは、あと一時間12分20秒だ。カタカタカタ。カタカタカタカタカタ・・・・・ダンッ。時刻は、10時49分15秒。お昼休みまでは、あと一時間10分45秒だ。カタ・・・・カタカタ。カタ・・カタカタ・・・・・ダンッ。時刻は、10時56分22秒。お昼休みまでは、あと一時間3分38秒だ。・・・。こんなことを考えながら一時間という永遠に感じるような時間を意識しながら報告書を作成した。報告書の作成は大変であるが、脳が集中していない。学生時代、何かに没頭すると時間の経過を忘れるように読書したり、部活をしたり、実験をしていた。そんな自分だったが、今は社会の荒波に揉まれ見る影もない。集中力は散漫になり、何かに没頭することも興味を持つこともなかなかなくなっていた。今みたいに、物思いに耽ることは逆に増えたが・・・。ある意味、必死さというものがなくなってきているのかもしれない。学生の頃は、夢があった。夢のために、がむしゃらにある意味の自由に人生を走ることができた。しかし、今はどうだろう。お金にある程度のゆとりができた今の方が自由なはずなのに、むしろ不自由になってしまった気分がする。「こんな未来のために走って来たわけじゃないのになあ。」そんなことを思っていると、お昼休憩を知らせるベルがなる。待ち侘びた昼食に「やった。」という歓喜で胸が躍るような気持ちになりながら僕は食堂へ急いだ。

 「お疲れさま。」

凛が爽やかな挨拶をした。僕もつられて挨拶をする。早速、近くの蕎麦屋さんにいくことにした。外は今日も冷えている。春はいつになったくるのかと思いながら、凸凹とした道を歩く。

「蕎麦屋に行くのっていつぶりだろうね。」

「確か、去年の冬に来た時が最後じゃない。そう、あの時もこんな寒い日だった。凛と健、それに片山さんと一緒に来たんだっけか。あの頃は、同期みんないたし、楽しかったよね。」

「確かに。もう二人だけになっちゃったけどね。」

北風が吹いた。凍てつくような風が僕らの頬を殴る。顔の表皮が凍るのではないかと思った。

「みんな元気にしてるかな。」

凛が無表情に呟いた。

「案外楽しくやってるんじゃない。僕らのことなんてもう忘れてしまっているかもしれない。」

「そうかな。・・・」

そうこうしていると、目的の蕎麦屋に着いた。

「いらっしゃいませー。」

年配の女性の声が響いた。畳のある席に案内された。店内は、石油ストーブが炊かれており、暖房とはまた違った暖かさが感じられた。二人とも天ぷら蕎麦を頼むことにした。熱々のほうじ茶がテーブルに運ばれてきた。お茶を啜る音が響く。店内には複数人の人たちが美味しそうに蕎麦を啜っていた。

「凛はさ、転職とかどう考えているの。」

「突然どうしたの。」

「いや、水卜先輩が今度転職するじゃん。なんか考えさせられない。」

「そんなのずっと考えてるよ。二人が転職してから。」

「そっか、そうだよね・・・。」

お茶を啜る。

「露祺はどうなの。転職とか考えないの。」

「最近、少し考えるようになったかな。二人が転職する時は、少し半信半疑というかあまり実感が湧いていなかったけど、水卜先輩が転職するって聞いて少し、考えるようになった。」

「二人の時はあんまり感じなかったの。」

「うん。二人はどちらかと言うと理由が複雑だったから、あまり共感できなかったかな。」

「それは、露祺が二人をちゃんと見ていなかったからだよ。」

「どう言う意味。」

「おまちどう様です。天ぷら蕎麦2つで間違いないでしょうか。」

「ありがとうございます。」

間が悪い時に天ぷら蕎麦が運ばれてきた。しかし、凛が言っている意味があまりピンと来ていない。確かに、僕は凛や健、片山さんたちほど仲良くしてはいなかった。と言うより、プロジェクトが違うためあまり一緒に行動はしていなかった。(3人も同じプロジェクトじゃなかったが・・・。)だからこそ、コミュニケーションという意味ではあまり取れていなかった。そう言う意味だろうか。

「さっきのなんだけど、どう言う意味なの。」

「露祺は、自分のプロジェクトばかりだし、みんなのグループで話している時もあまり私たちの会話に興味なさそうにしていたじゃない。」

「興味ないというか、そこは価値観の違いというか。」

「そうね。価値観が違うもの。仕方ないよね。」

「でも、仕事ってそんなもんじゃない。みんなで仲良ししてても仕事は進まないじゃん。」

「仕事だけ進めばいいの?。それに、二人の話をもっと聞いてあげられていれば、何か変わったかもしれない。」

「それはそうかもしれないけど、遅かれ早かれこういう結末になったかもしれない。」

「それはちょっとひどくない。」

「ごめん。」

僕は、お茶を啜った。気まづかった。凛が実はこんなふうに思っていたなんんて。想像もしていなかった。僕はしばらく凛の顔が見れずに湯呑みの縁を除いていた。凛は静かに続けた。

「露祺はさ、自分が大事なんだよ。自分が大事だから周りが見えてない。」

「見ているつもりだよ。」

「じゃあなんで、そんな風にいられるの。」

「これが普通なんだよ。僕の。あまりに他者と干渉しすぎるのは良くないと思っている。だって、あまりに干渉しすぎると疎まれたり、面倒くさがられたり、厄介な人間関係のイザコザに巻き込まれてしまうだろ。そういうのは嫌なんだ。」

「それって、怖いだけじゃない。他人と関わるのが。結局自分が可愛いのと変わらない。」

凛の言葉の針が僕に刺さった。チクリ。それは確かに恐怖とも言える感情でもあるが、複雑な心境でもあった。どうして彼女がそこまでヒステリックになっているかイマイチピンとこない。だって彼等は彼等の道を進んだわけであって、僕らが何か監獄に残された気分になるのもどうかしている。少しは寂しい気持ちになるのは確かにわかるが。そもそも僕が彼等を見ていなかったんじゃなく、彼等が僕を見ていなかったんだと僕は思っている。現に、彼等は同じプロジェクトでもないのにいつも3人仲良しこよしで仕事をしていた。正直にいうと、高校生でもあるまいし、四六時中一緒にいること自体どうか思っていた。同じプロジェクトでもないのに、いつも一緒にいてだべっている。正直ちゃんと仕事しているのだろうかと疑いたくもなる。しかし、そんな感情を出さず一種の孤独感のようなものを背負いながら日々の業務を行なっていた僕にはそこまで彼等の転職というものが刺さらなかったのだ。むしろ残されて置いてけぼりになって嘆いているだけにしか感じられなかった。「自分が可愛いのはむしろ凛の方だろ。」と言いそうになったが、「まあ、あらかた僕にこの感情を理不尽にぶつけたということか。」と自己解決をし、その言葉を飲み込んだ。これ以上ヒステリックに叫ばれても困るし。

「そうかもしれないね。」

蕎麦を啜りながら味気ない返事を凛に答えた。凛はまだ少し言いたげな顔をしたが、お昼休みの時間の終わりが迫っていたため、小さく何かをつぶやいて蕎麦を啜った。その後、帰り道で僕と凛は一言も話さなかった。僕らの関係に薄氷が張り巡らされたように。


 午後の業務の途中、部署の全員が集められ、水卜さんの退職に対するはなむけが行われた。みんな寂しそうにしている。僕もその一人だった。水卜先輩に先輩の同期から花束が渡された。拍手がなり、部長が前に出てきて水卜さんの退職について話し始めた。

「水卜くんは、とても優秀で数々のプロジェクトをこなされて来ましたが、今回退職されることになりました。新しい職場は、音楽の設備などを作成するお仕事に就かれるそうです。いや、本当にやめてほしくないよ。」

突然部長が嘆き口調になった。これは話が長くなるやつだ。そう僕は直感した。普段は特にドライな部長がこんなふうにしっとりとしている事に僕は驚いた。そして、その予感は案の定的中した。

「水卜くんが入社しいた時は本当にこの会社の過渡期でね。会社が上場して、どんどん大企業の仲間入りをしていく時に大変活躍してくれた。その頃は私もまだ課長だったんだが、水卜くんと二人三脚でここまで来たんだよ。あの時は本当に大変だった。皆さんご存知かとおもいますが、今は退職させたパワハラ元部長がいてね。やたら無闇に怒鳴ってはマウントをとってくる人で本当に参ったよね。そこから内部通報委員会を立ち上げて、会社全体にパワハラの事実を社長に懇願したっけか。あと、大手メーカーとの取引時に水卜くんが素晴らしいプレゼンをおこなってくれたお陰で業務提携が決まったけか。それがなかったら、この会社はそこらへんの中小企業のままだったよ。いや、本当に残念・・・・。」

話が延々と続いていきそうだった。勘弁してくれよと内心おもいながら、愛想笑いを浮かべていると、水卜先輩が鶴の一声を発した。

「部長、お話ありがたいんですが、皆さんそろそろ行に戻らないと行けないので締めましょうか。」

「そうだね。いや、すまないすまない。では、水卜くん。今まで本当にご苦労様でした。」

「ありがとうございます。たくさんのプロジェクトに関わることができ、大変貴重な経験をさせていただきました。今後とも皆様のますますのご活躍を期待しています。」

拍手が鳴り響いた。これで終わってしまうのか。と僕は名残惜しい気持ちになりながら、再び業務へ戻った。


「お、お疲れ様です。すみません遅くなりました。」

「露祺、遅いぞ。」

居酒屋の扉を開け、店員に案内された僕に甲高い声で水卜先輩が僕を迎えてくれた。他にも事務の山田さん、課長の中林さん、2つ先輩の不死川さんに遠山さん、そして水卜さんの同期の赤羽さんがテーブル席に座って既に1杯初めていた。

「残業。偉いねちゃんと仕事して。」

山田さんが僕にニコニコと微笑みながら行ってきた。

「すみません。ちょっと資料作成に手こずってしまって。」

「露祺くんのところは大変だもんな。」

中林さんが僕に酒を勧めながら話しかけてきた。僕は、ありがとうございますと受け取り、そのお酒を一口飲んだ。なんの日本酒だろう。そう思っていると、中村さんが親切に教えてくれた。

「れいざんって日本酒だよ。熊本の阿蘇の方で作られる地酒。クドすぎない甘さがあるんだけど、これがまたアテの魚とかに合うんだよ。」

「そうなんですね。初めて飲みました。まさか熊本のお酒が飲めるなんて。」

「そうでしょ。ここの店主は九州出身らしく、こういう九州のお酒とか飲めるから色々試してみるといいよ。」

「さすが中村さん。日本酒フェスに行くだけあってここら辺詳しいですよね。」

そう、中村さんは日本酒フェスに行くほど日本酒を愛している。この間も新潟旅行で日本酒巡りをしたと言っていた。そろそろ50代になるので家族から控えるようにと言われており、特に娘さんに口を酸っぱくして言われていた。そんな中村さんは、こういう会社の飲み会の場ではイキイキとしているように見えるのは僕だけだろうか。

「中村さん飲み会になるとイキイキしてません?」

同年代である事務の山田さんが中村さんに質問した。

「そりゃそうでしょ。こんな場しか最近は思う存分飲めないんだから。」

と中村さんは笑いながら答えた。もうだいぶ出来上がっているようだ。僕が30分遅刻をしてきたが中村さん達は既に顔が赤くなっている。水卜さんは相変わらずケロッとしているが。そんなことを思っていると、遠山さんが追加で日本酒を6合も頼んだ。この人たちのペースは尋常じゃないな。正直、いつも日本酒ではなくハイボールなんかを頼む自分にとって日本酒をこんなに飲む機会はない。潰れてしまわないようにペース配分に気をつけようと日本酒を飲んだ。

「話は変わるけど、新しい仕事はどんな感じなの。」

中村さんが水卜先輩に話を切り出した。確かにみんな気になっているのだろう。僕も興味津々な目で水卜さんを見た。

「基本は音響的な感じですね。アーティストさんがライブする時とかにどうやったらドーム全体に音を届けられるか。適切な音量やスピーカーの配置、最近だとメタバースと組み合わせて様々な試みが行われているんですよ。楽器の種類も多彩なものが多くて、ギターやドラムなんかの代わりに扇風機やテレビなんかを叩いたりして音を出すアーティストさんなんかもいたりして。奥が深いです。」

「そうなんだ。なんかすごいな。」

「確かにすごい面白そ雨ですね。」

不死川さんが賛同した。不死川さんはピアノを幼少期にやっていた経験があるらしく、お昼休みとかに水卜さんと話をして盛り上がっていた。

「水卜さんって元々音楽とかやってましたっけ。」

遠山さんがさりげなく水卜先輩に質問をした。水卜先輩は少し恥ずかしそうに返事をした。

「大学生の頃にバンドをしてて。あんまりうまくはなかったんですけど、ライブハウスとかで活動していました。」

「なるほど、すごいですね。今もやったりしていないんですか。」

「今も休みの日にやってるくらいですかね。部屋にこんな感じでギターがあります。」

水卜さんはスマートフォンを取り出し、写真で自身の部屋を見せてくれた。

「すげー。」

一同一緒に感嘆の声が漏れた。ギターやエフェクターなどの音楽機材がたくさん並べられており、ザ・バンドマンのような部屋をしていた。これ全部一体いくらするのだろうか。数百万円はするのではないかと直感的に感じた。

「これだけ音楽愛があれば転職もするな。」

中村さんも納得しながら日本酒を一気にぐびぐびと飲んだ。その後も話は盛り上がり遠山さんが先日富士山に登り頂上で食べたラーメンが美味かった話や不死川さんの釣りで毎回坊主すぎて彼女に魚屋で魚を買って嘘を着いた話、山田さんが最近ゲーム配信をYouTubeで始めた話、中村さんの四国での地酒巡りの旅と様々な話で盛り上がった。みんな楽しそうに人生を過ごしていた。羨ましい。自分だけの趣味がある人や家族や彼女との楽しい思い出を聞くとなんだか自分の人生と比が見劣りしてしまう。最後に誰かが羨むようなことをしたのはいつだろうか。ネットサーフィンやYouTubeやAmazon primeの動画を見て過ごす日々に誰が羨むだろうか。みんなの眩しい話は酒を流し込んでいないと虚しくて死んでしまいそうだった。

「露祺くんは何か最近やった楽しいことはある。」

「えっ、僕ですか。」

いきなり話を振られてびっくりしてしまった。何を話せばいいのだろうか。僕は困ってしまった。大したことはしていない自分が何をしていたか思い出した。咄嗟に「ulula」を思い出し、それを話す事にした。

「ululaという本を書店で見つけて読んでいるんですけど、なんか知らないけど引き込まれちゃうんですよね。楽しい大学生のお話でサウナフェスするみたいな話なんですけど。」

「何それ、めっちゃ面白いじゃん。サウナする大学生の小説とか初めて聞いたよ。」

「確かに。なかなか聞かないな。」

なんだかみんな笑ってくれてよかった。確かにサウナの小説なんて面白いな。読んでる中では青春の煌びやかさばかりに目がいっていたが、新たな発見があった。

「ちなみに作者は誰なの。」

「それがわからないんですよね。描かれていなくて。」

「へんな小説だね。作者がわからないなんて。まるで聖書だ。」

一同不思議に思っていると〆のお茶漬けが運ばれてきた。みんな話を止め、お茶漬けを食べる事に集中していた。こうして水卜先輩の送別会はお開きになった。みんなお酒を飲みすぎて愉快になっていた。みんな明日は遅刻しても仕方ないと笑いながら別れた。僕と水卜先輩は途中まで帰る駅の方向が同じなので一緒に歩いて帰った。

「今日はありがとうな。来てくれて。」

「当たり前じゃないですか。水卜先輩と最後なんですから。」

「ははは。これでもう会えなくなるわけじゃないよ。また会えるさ。ところで露祺は転職とか考えていないの。同期の二人もやめていったよね。」

「そうですね。全く考えていないわけでもないです。でも、具体的にどうしたいとかがないんです。このままじゃ、平凡な人生で終わってしまう。そういう焦りを感じながらも何も出来ずに日々を過ごしている感じです。自分でもどうしたらいいかわからないんです。」

僕は酒に酔っていたか、いつもよりも感情的に嘆いた。街はこの嘆きすらも飲み込み、ネオンの光に照らしている。夜の街に溶けるような感覚に襲われた僕は、胃のなかの内容物を吐き出してしまった。喉が熱い。胃酸が口腔内を溶かしていく。

「大丈夫か。とりあえず水飲んで。」

水卜先輩が近くの自販機で買った水を僕に手渡してきた。僕は、すみませんといってその水を一口飲み込んだ。意識があたふたしながらあと1、2回は嘔吐してしまった。僕を介抱しながら水卜先輩は僕に言った。

「露祺にもさ、きっと自分のやりたい事があるんだよ。まだ見つかっていないだけで。きっかけと出会いがあれば自分の人生を燃やしてでも熱中できる夢ができるよ。自分の中の起源(オリジン)ってやつが教えてくれるよ。」

「オリジン?」

「そう、子供の頃や学生時代から何かに突き動かされるような感覚があったんじゃない。そういった衝動の根源を理解するのが一番いいんじゃない。」

僕は焼ける喉を水で消化しながら、水卜先輩の目を見て決意した。

「探してみます。僕のオリジン。」

「よしその息だ。頑張れ。」

「水卜さん最後の最後まで本当にありがとうございました。」

こうして僕は水卜さんと別れていった。水卜さんは僕を笑顔で見送ってくれた。最後に酒によって嘔吐してしまったのは今後いい思い出になるだろう。駅のホームで電車を待つ間、僕は星空を見上げだ。オリオン座がとても綺麗に見えた。なんだか今まで引っかかっていたものが全部吐き出された感覚になっていた。明日から頑張ろう。そう決意し、僕は到着した電車に乗った。

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