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コトバアツメ~覚えておきたい言葉たち~

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ぐっときたり、きゅんきゅんしたり、激しくうなづいたり、背中を押されたり。。。そんな心に響いた言葉の備忘録。
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2020年4月の記事一覧

自分になぞらえながら読む、村上春樹『雑文集』

自分になぞらえながら読む、村上春樹『雑文集』

かなり個人的に、密室的に音楽を聴いていました。僕の音楽の聴き方は、基本的に現在でもそうですね。一人で聴いて、一人で「いいなあ」とか思っている。それについて人と話をすることはあまりないですね。

⇒共感。私も、音楽ではないけれど、自分の好きなモノ・コトに対する時はそんな感じ。好きなモノが共通する人やそういう話をする場に遭遇すれば話すけれど、自分から、誰にも彼にもおすすめする、ということはあまりないな

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文学の良いところ

文学の良いところ

NHKラジオ第1『高橋源一郎の飛ぶ教室』より

文学の良いところ―「美しく思い問いを投げかけること」

先週の放送での

「文学は実学だ」

と共に、収めておこう。。。

今、文学の力が世界に必要だと、私も思います。

好感の持てる浮力について

好感の持てる浮力について

「ただ、その浮力には好感を持つ」
「好感?浮力に?」
「そいつも働くんだろ。地味に真面目に仕事をするものには好感が持てる」

伊阪幸太郎 『死神の浮力』より

ふわふわとした浮力が、真面目に物や人を浮かせようと頑張る姿を想像して、ニマニマしてしまう。
〝浮力が働く〟をそう捉える発想が、軽やかなおかしみを誘いますね。

(写真はUNMANNED無人駅の芸術祭展示作品より)

目指せ、「文章のうまい人」

目指せ、「文章のうまい人」

10年ほどエッセイを書き続けて気づいたことですが、文章のプロとは、ありのままを書くことができる人ではないかと思います。
伝達欲というものが人間にはあり、その欲の中にはいろんな要素が含まれます。こと文章においては『これを伝えることによってこう思われたい』という自己承認欲求に基づいたエゴやナルシシズムの過剰提供が生まれやすく、音楽もそうですが、表現や伝えたいという想いには不純物が付きまといます。それら

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「友だち」論からの「自分」論。

「友だち」論からの「自分」論。

先日読んだこちらのnoteがすごくすごく印象に残っています。

友だちになかなか会えないことのさみしさは、「自分」に会えないさみしさなのだと、ぼくは思った。

そういう友だちたちに会えないさみしさは、「その人の前でしか見せない自分」に会えないさみしさでもある。

今ちょうど、なかなか友達と会う約束をしづらい時期であり、私もご多分に漏れずさみしさを味わっています。
そんな時だったので、タイトルに惹か

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逡巡する仏教

逡巡する仏教

とは、またまた、今読んでいる『坊さん、ぼーっとする。』の中に出てきた言葉です。

逡巡する―ためらう、ということ。・・・<行ったり来たり>する。 

「世界はこのようにある。正しさは、ここにある」と語るだけでなく、「世界はこのようにもみることができる。正しさは、このようにもあるかもしれない」と複数の眼を持ち、とまどいながら生きるための教え。そこにはいつも逡巡がつきまとう。そんな「ためらいの仏教」の

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『坊さん、ぼーっとする。』と、ほぼ日手帳『今日の一言』より

『坊さん、ぼーっとする。』と、ほぼ日手帳『今日の一言』より

『坊さん、ぼーっとする。』
・自分に出会えない人生は他者とも出会えない

・他者と出会うためには、まず自分と出会うことが必要

・自分の考えを人にぶつけて、はじめて自分のことがわかるんだ
 「他者によって知る自分」

・「人に向かって、正直に語る」「自説をくつがえされる準備をする」を大切にしてこそ、いい意味での「本当に〝こだわる〟べき自分」のようなものが、川底の丸石のような柔軟さで染み出てくるのか

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