お風呂に入れない考

物心ついてから今まで、私は家のお風呂で身体を洗うのが苦手だ。
うつ病などの精神疾患や、発達障害もちの家族&恋人のなかには、なぜこいつは風呂に入らんのだ!体を洗わんのだ!と怒り心頭の方もおられると思う。本人は「めんどい....」と繰り返すだけだとしても、そこには色々な背景がありうる。本人も風呂をパスしてしまうと自責の念にかられがちだけれども、完全な形で入浴できなくても色々やり方があるということを知り、風呂に入るって結構大変だからそんなに入れなくてもしょうがないかーという気持ちになってほしい。
ここでは体洗えない界のエキスパートである私(ASD+ADHD+双極性Ⅱ型)がなぜこれまで風呂で体を洗えなかったのか、そして今なかなか家の風呂にちゃんと入れないのかを考え、まとめてみた。今は2、3日に一度ぐらい体と頭を洗って仕事に行っているが、うち半分ぐらいは近所の銭湯を利用している。これを職場の人に見られていないことを祈るのみだ。

(1)幼児~高校生
なぜ風呂に入るのかを知らなかった。
以上である。
詳しく解説すると、まず、親の指示のもと、毎日風呂場には行っており、湯船にもほぼ毎日つかっていた。もちろん身体や頭の洗い方は教えてもらっていたし、きちんと教わった手順通りにできるようになった状態で、小学校中~高学年で独りお風呂デビューしていたと思う。皮膚の触覚過敏はなく水も好きで、入浴して頭&体を洗う能力自体には全く問題がなかった。
でも残念ながら、頭と身体を洗うということが実際何の役に立つのかが全然わかっていなかったので、当然意味のわからない面倒なことはやろうと思わなかった。①風呂に入らないと怒られる。②体を洗っていないことがばれると怒られる。この2つは学習していたため、毎日言われるままに風呂場に入り、それっぽい音を立てておもちゃや水で遊び、タオルとシャンプー&リンス、石鹸をシャワーで濡らして、湯船につかって出る。これを繰り返していたわけである。
はっきりと覚えていないが、「洗うときれいになる」「清潔は良い」などの言葉は一応知っていたし、軽く説明もしてもらっていたと思う。しかし私の親は生活に対するこだわりがとても多く、彼らの要求の多くは私の能力に対して難しすぎた。どうやったらいいか全く想像もつかないことも多く、でもこなさないと怒鳴られる。そんな生活に毎日疲れ切っていたし(動けなくなるのが「疲れる」という状態だと大人になってから知った)、親の指示は全て理不尽で意味のないこだわりだと思うようになっていた。正直「風呂で体を洗う」というのも「どうせ意味はないだろうけどあいつらは頭おかしいから仕方ない。怒られないように従うふりをしておこう」と思っていた。サーセンw
そんな私も中学生ぐらいになるとなんとなく気付いてくる。なんか、自分、薄汚い!他の子みたいに髪の毛がふわふわじゃないし、足とかもざらざらしてるし(ちゃんと洗わないとすねの前のところががびがびになる)、なんかちょっとくさい気がする…。でも、なぜか気づかなかった…それらが風呂と関係あることに。気付けよ!!!
高校生の終わり、大学受験の準備に入って親の生活上の要求も減ってきて少し体力に余裕が出てきたある日、ふと思った。「そういえば、体洗うのを実際ちゃんとやってみたらどうなんだろう」興味本位で洗ってみたら、なんか他の子みたいに髪の毛ふわふわ、足がつるつるで体も頭もいいにおいになった。正直、心底驚いた。風呂にはこんな機能があったのか!でも、身体を洗ったら結構疲れたので、その後も家でちゃんと身体を洗うのは、余力があるときのみだった…。

(2)うつ
大学に入って、ついに実家を脱出し寮での生活がはじまった。寮は風呂が共同で、始めは隣の部屋の子とかと一緒に行くので、こいつきたねえと思われたくない一心で丁寧に頭と体を洗うようになった。親がいないので夜もぐっすり眠れるし、生活が楽で体力に余りがある。そして気付いた。毎日お風呂で体と頭を洗うと、なんと体や頭がかゆくない!!堂々といろんな服が着れる!最高!!
しかし、そんな生活は長くは続かなかった。ちょっといろいろ頑張りすぎてうつ状態になり「風呂に入ると気持ちいいことはわかっているのに疲れすぎて入れない」という現象に見舞われた。これまでみたいにわかってないとかめんどくさいじゃない。本当は入りたい。風呂に入って身体を洗うと健康に良いことだって、多分他の人よりは身をもって知っている。でも、本当に身体も頭も動かなくて、心底洗いたいのにどうしてもフル入浴ができなくなった。
こんな地獄のうつ状態を繰り返すうちに、周囲のアドバイスやネット上のライフハックなども見て、いくつかの風呂に入る体力がなくてもきれいにする方法が使えるようになった。(※起き上がれすらしないときはもうどうしようもないのでひたすら寝てください。ご家族はインフルエンザだと思ってどうか寝かせてあげてください。部屋に封印しておけば大丈夫です。)
まず、一応身体が動くけど気力がないときは、とりあえずタスクリストを作る。当時はグーグルキープではなかったが、紙でもデジタルでも、とりあえず作ったのを見ると動けることもあった。
□お湯をためる □お湯を止める □湯船につかる □身体を洗う □顔を洗う □頭を洗う □身体を拭く □顔にクリームとかを塗る □服を着る
たとえば、こんな感じに小分けにする。作っても無理なときはあきらめよう。
体力のないときは、このタスクリストの中から1つだけやることにする。例えば身体だけ洗って疲れたら残りは明日にするなど(疲れた、という判断がリアルタイムでできない可能性があるので入る前に決めると安全)、何日かかけて一周ぶんの入浴をこなす。コンスタントに回せるようになれば、結構自信になるはずだ。
風呂場にいけなくってもやり方はある。「せめてパンツだけ換える」「濡れタオルで身体を拭く」「全身も無理なときは局部とわきの下と足の先だけタオルで拭く」などの技を使うのだ。家族の目がありタオルをゲットできない方や濡れタオルを作る手順が難しすぎる方は、ドラッグストアかコンビニでウェットティッシュを買えば大丈夫だ。アルコール入りだと冬はとても寒いので気を付けよう。あと、ウェットティッシュは一回使ったら捨てよう。とりあえずは床に投げておく感じでいいので、翌朝か一週間後か、とにかく最終的には再利用せずゴミ箱に入れよう。大事なのは最低限の健康・衛生状態を保つことで、世間体は二の次だ。
ちなみに私は介護用品の「シャンプーナップ」と身体の清拭用のウけェットティッシュ、洗顔ペーパー(これもウェットティッシュみたいなやつ)を枕元に置いてある。顔をふくだけでも少し気分がよくなるので、おすすめだ。湯船+ウェットティッシュも結構いい。

(3)注意欠陥
ツレが海の向こうに転勤してしまい一人暮らしになって初めての本格的な躁を経験したあたりから、風呂に入ってる途中で風呂の手順がわからなくなる、という現象が起こるようになった。経験のない健康な方に言うと、アラサーでそんなことあるわけないだろ、とおっしゃる方もおられる。が、残念ながらあるんですね…。
まず、身体を洗おうと思って風呂場の椅子に座り、シャワーで体と頭を濡らし…ているうちに、今何をしているのかわからなくなる。割と頻繁に。時々は忘れてそのまま出てしまう。時々無意識に立ち上がり、えー今って何やってるんだっけと思いながら濡れたまま部屋をうろうろしてしまう。全裸で。これが、頭にシャンプーがついている状態で起こると最悪だ(稀にある)。運よく風呂場にいるうちに手順を思い出すことができても、長いことお湯に当たっているうちに疲れてふらふらになり、結局体も頭も洗えない。
こういうことは昔も完全にゼロではなかったのだが、ツレというキューがいなくなってから激増した。転勤までは一緒に風呂に入っていたので大丈夫だったのだ。
ちなみに、家では全裸のゾンビになりがちだが、銭湯なら基本的に手順で困ることはない。銭湯には沢山の人がいるので、訳がわからなくなったらまわりを見れば良いし、使えるアイテムも少ないので判断するポイントが少ない。
これは本当になんとかしたくて、とりあえず生活支援をしてくださっている支援センターの方に相談してみた。ヘルパーさんや、支援員の方がお風呂で洗ってあげたりすることはできるという返事だったが、正直それはいやだった。私は女性が怖い。女性すべてが、ではないのだが、怖いと感じる人も多い。多分昔私に危害を加えた人、多分母か親戚のおばさんに似てる人が怖いんだと思う。その怖さは、生活の場面で激増する。特に掃除と片付け、それから「きちんと」「きれいに」しなければいけないこと全般。たとえ怖くない人だったとしても、自宅での生活のシチュエーションに女の人がいることがフラッシュバックのトリガーになる可能性は高い。
四苦八苦しながら、できる限り市営の銭湯に行ってはいたが、銭湯には定休日もあるし、ちょっと家から遠いのでなかなか負担が大きい。このことを大学時代にお世話になっていた障害支援室の先生に相談したら、自閉症の子供向けのお風呂カードがあることを教えていただき、早速購入した。(無料でダウンロードできるものもあるので、ぜひ検索してみてほしい)これはとてもよかった。
リングがついていてめくって使うようになっているが、濡れると単語カードみたいにめくることは難しい。そこで、風呂場の椅子の前にひもで吊るして全部がみえるようにした。自分の場合はたとえ数秒でも「今何をやっているか」を覚えておくことが難しいので、洗濯バサミで今いるところ(右足を洗う、など)のカードをはさんでおくことで、途中気が散ってしまっても戻れるようにした。
このカードの良いところは他にもある。カードがずらっと並んでいるのを見ることで、風呂でやることは有限だということがわかる。全部は認識できなくても、ひとつずつやっていけば終わるということだ。これが、俗に言う「見通し」というやつだと思う。
私のように覚えられることが少ないと、複雑な手順のことをするときは、一寸先は闇である。すべてのタスクを一度に頭のなかに置いておけないので、どこまで続くのかわからない道のりを目隠しをして歩くことになる。疲れているときは大変つらい。並んでいるカードを見ることによって、今日はここからここまでやろうかな、とか、これだけだから頑張ろう、とか、入浴というロングジャーニーに対する心理的障壁を下げることができるのである。

(4)フラッシュバック
こうして快適な自宅風呂ライフを手に入れたかと思いきや、躁鬱の波が落ち着いたあとも残ってしまった幻聴と、多分躁鬱のオオモトであるPTSDによるフラッシュバックにたびたび入浴を邪魔されることになった。
風呂場は音が響く。うちは安アパートなので、隣や外の音が大変良く聞こえる。風呂に入るのはたいてい夜なので、時々隣の家の鍵が開く音がする。朝入ったら夜よりももっと外で音がする。
足音や話し声もあまり好きな音ではないが、ドアの開く音が特に怖い。何割ぐらいが本当に聞こえているドア音なのかわからないが、私の幻聴は実際の雑音が違う音に聞こえるタイプ(リンク)なので、風の音や虫が窓に当たる音もドア音に聞こえている可能性はある。
いずれにせよ、外でガチャっと聞こえるたびに、ヤバい!親が来た!!と思って風呂を飛び出してしまうのだ。戸締りはしているはずなのだが、ADHDの自分が100%施錠したという保証はない....といつも思ってしまい、つい外に出てしまう。じゃあ耳栓をすればいいのではないかと思うだろうが、耳栓をすると親が来た音を聞き逃しているのではないかと却って不安になり、自分が唾を飲んだ音だけでアウトである。
ちなみに親が突然訪問してきたことは今までに一度もない。
これはどのぐらい一般的なことかわからないが、一度フラッシュバックすると、フラッシュバックをしたという記憶がフラッシュバックを呼ぶ。フラッシュバック自体が怖く嫌な体験なのだ。なので、風呂飛び出し頻度はだんだん増えている。
これまでの項目では対策を書いてきたが、フラッシュバックに関しては正直、頭の具合の悪いときは銭湯に行く、途中で出てしまったらその日は諦める、ぐらいしかない。カウンセリングでは、カメラつきドアホンのモニターを風呂場においたらどうかと提案してもらった。音がしたらモニターを見ればいい。ナイスアイデアだ。体調が戻ったらすぐに設置する予定である。ほかにも、フラッシュバックや幻聴を乗り越えて風呂に入る方法を編み出した方がおられたらぜひご教授願いたい。


まとめると、本人やご家族、パートナーとしては一日もはやくちゃんとした生活を....と思ってしまうだろうが、いったんそれはちょっとわきにおいておいて、いかに体力を温存しつつ目的(最低限の衛生管理)を達成するかを考えることをおすすめする。

1 身体は洗わなくても死なないが、洗えるなら洗うとよりいっそう気持ちよく、健康を保つことができることを知ろう。
2 風呂場にいけそうなら、とりあえずお湯に浸かるか、浴びよう。風呂場に行けなそうなら、パンツだけでも替えよう。ウェットティッシュもおすすめ。体力がなければ4~5日で入浴フルコースを一周するのでもなんとかなる。
3 風呂入らないピープルの家族や本人は、「めんどくさい」だけでなくいろんな理由がある可能性を考えてみてほしい。
本当の理由でなくても、本人はめんどくさいから入らない、としか言えないかもしれない。それは、ルールや概念を知らなかったり、言葉を知らなかったり、概念が言葉と結びついていなかったり、記憶や考える力に問題が出ていたり、入浴をできないと言ってはいけないと思っていたり色々理由がある。私にはなかったが、皮膚の感覚過敏で水が痛い、聴覚過敏で風呂場の音が怖いなどのパターンもあるようだ。
「頑張る」「我慢する」以外にも何パターンか対策を試すうちに、落としどころが見つかる可能性が大いにある。毎日同じ対策でなくていいので、いくつかツールをもっておいて、必要な日は必要なものを選んでつかえばいい。私もお風呂カードに洗濯ばさみをつけないでいける日もあるが、やはりカードが下がっているのをみると安心する。だから、本人が頑張った結果毎日独力で人並みにフル入浴ができるようになる、以外のゴールがあるってことも覚えておいてください。

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