小説『大路家の会談』
父さんがウェンズデイされた。
週刊誌にスキャンダルをすっぱ抜かれたのだ。
週刊誌・ウェンズデイの巻頭を飾った「大路大五郎のマスクに隠れた大胆性癖・真夜中のSMクラブ通いを激写!」という黒見出しを見たときはもはや怒りとか呆れとかそういうレベルを通り越して腹の底から大爆笑してしまった。「笑ってる場合ですか」とマネージャーに呆れられたが、仕方あるまい。もはやこれはコメディにするしかないな、と直感で想うぐらいに俳優にとっては最高の美味しいネタだなと感じた一方で、これは調理する側の力量も問われるなぁと、俺は頭を抱えた。
ちょうどスキャンダルの一報を聞いたとき、俺は大好きなふぐ鍋を食べているところだった。ふぐが毒に当たらず美味しく頂けるのは調理師の腕前あってこそのことであり、毒の処理を素人考えで済ませてしまえばその毒で一家全滅なんてことも考えられる。ゆえに、この毒をどう処理しようかと、大路家は家族会議を開くことになった。
なにせ、タイミングは最悪だった。父さんが長年ライフワークとしてきた連続ドラマ「捜査本部長の男」の10周年記念シーズンの制作が発表され、第一話の撮影に入ろうとしていたその矢先のすっぱ抜き。当然、制作サイドは大混乱に陥った。緊急事態宣言下での風俗通いではなかったという点が唯一の救いではあったが、父さんが世間に持たれているイメージを考慮すれば最悪中の最悪。作り上げられた父さんのダンディな俳優像は「SМクラブ好きの特集性癖親父」というパワーワードの前にもろくも崩れ去った。
芸能一家である俺たち大路家にとって、スキャンダルはすなわち家業の崩壊を意味する。にも拘わらず、大黒柱である父・大五郎は今の時代に流行らない昭和の大御所俳優的武勇伝をいまだに誇りにして仕事をしている節があった。そこで、母・幹子、娘・結花、それに、息子である俺・孝典を交えての四者会談を持つことになった。
これが後世に語り継がれる、いわゆる「大路家の会談」である。
ホテルの玄関は蜂の巣をつついたような大騒ぎになっていて、何十台ものカメラと芸能レポーターが大路家を待ち構えていた。帝国ホテルのスイートルームに集まった大路家。お互い、ソーシャルディスタンスを保っているのか、それとも必要以上に距離を縮めたくないのか、わりと離れて座っている。父さんは、部屋の真ん中で土下座をしたままピクリとも動かない。
「ねぇマネージャー。ドン・キホーテで鞭買ってきてよ」
娘の結花が沈黙を破った。
「いや、さすがにそれは・・・」
同席していた結花のマネージャーが困惑する。部屋の中には大路家の4人だけではなく、仕事関係のスタッフも同席していた。マネージャーやドラマのスタッフなどもいる。皆、事の成り行きを緊迫した様子で見守っている。
「まあいいじゃない。お母さんも一回鞭でシバいたら分かるわよ。」
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