水のおと

日々の中で感じたことをエッセイとして書き残します。日常のなかにふと現れる手触りや温度、…

水のおと

日々の中で感じたことをエッセイとして書き残します。日常のなかにふと現れる手触りや温度、季節を感じる瞬間を捕まえたい。 落ちたり、飛んだり、跳ねたり、水の音が好きです。

マガジン

  • エッセイ

    今までのエッセイをまとめております

最近の記事

徒然エッセイ│自由でありたいと願う、心は不自由になっていく

「自由」に魅了されたのは、大学3年生の時。文学の講義で取り上げられた、安房直子さんの「鳥」と言う作品に触れてから。それはとても短く、簡単な言葉で書かれた、それでいて、自由の果てしない美しさを教えてくれるものでした。  舞台は海沿いの街。少年と少女が出会って心を通わせていく。二人はささやかだけれど、楽しい時間を一緒に過ごします。そしていつしか、遠く、開けた、海のずっと向こうまで続いている広い世界にでたいと 憧れを抱いていきました。けれど、少年の母親は彼を決して手放したくない、広

    • はじまりの日│詩

      夜明と朝の間 冷たい空気の プラットホームに響く、渇いた靴音 鼻の奥がつんとした ひとりきりのボックス席 両手で握るミルクティ 「切符を拝見します」 黙って俯く 掲げて見せるべきものが見つからない そんなにありふれた名前で 君は一体どこに向かうつもり? 窓ガラスは曇っている たとえば穏やかな午後の、窓辺のまどろみ たとえば目が覚めた時の、汗ばんだシャツに吹き抜ける風 たとえば瞼をあげた時の、淡い風景 からだのような温かさに 沈んでいくことを許せたなら。 光をみた——。

      • 徒然エッセイ│写真を撮る、思い出す

         久しぶりにスマホの写真フォルダを見返していました。朝目を覚まし、ベランダに出て朝日を浴びていると、春の訪れを予感させる柔らかい草の匂いがどこか遠くから運ばれてきて、ふと友人たちの顔が浮かび懐かしくなってしまったからだろうか。否、事態はもっと切実である。友人に勧められて始めたマッチングアプリに使用する写真を探している!写真フォルダの隅から隅まで見渡し、少しでも見栄えの良い写真を探しているが、自分の映っている写真がほとんど見当たらぬ。どうすればいい!(我が名はアシタカ!のノリで

        • 徒然エッセイ│【恋人】の意味について考える

           恋人である意味って何だろう。お互いを好きでいられるなら、恋人じゃなくたって構わない。そんな名前がなくたって、好きだという事実は一ミリも変わらない。どんな関係性でも、私たちは愛し合うことができる、触れ合うことができる、一緒にいることができる。むしろ「恋人」としてふるまう必要がない分、ありのままの「好き」を守り抜くことができるはずだと思う。  高校生の頃、恋人という言葉が燦然と輝いていた。とろけてしまいそうなほど甘い響きをもって。部活終わり、ロッカーの前で待っている、その人の

        徒然エッセイ│自由でありたいと願う、心は不自由になっていく

        マガジン

        • エッセイ
          7本

        記事

          詩│生まれ変わるなら

          生まれ変わるなら、私は鳥になりたい 空の上から光る水面をずっと眺めていたい 生まれ変わるなら、私は月明かりに咲く花になりたい 誰にも教えぬ寂しさ抱いて、凛と背を伸ばして散っていきたい 生まれ変わるなら、私はそよ風になりたい 海を渡って、街に季節を運んでみたい 生まれ変わるなら でも、もしもう一度生まれることができるなら 私は私に生まれたい 車窓からあふれる朝のこと、美味しい定食屋を見つけたよ、夜道で見つけた花の名前 笑って聞いてくれますか 今日もあなたの声がききたい

          詩│生まれ変わるなら

          エッセイ│その痛みはのりこえなくてもいいんだよ。私たちは一緒に歩いて行けるから。

           「大変なこともたくさんあったけれど、周りの支えがあったから乗り越えることができました」 その人はベンチに座り朗らかに笑っていた。真剣な眼差しを向けていたタレントも、彼につられて顔を綻ばせた。  ぼんやりとだが覚えている、がん保険のCMの一幕。公園の木陰で二人は話していたと思う(かなりうろ覚えだが)。とても温かい光景だった。とても晴れ渡った光景だった。憂うべきことはもう何もないのだと告げているようで。でも私の中には雲がかかったみたいに、もやもやとしていた。  乗り超えた、と言

          エッセイ│その痛みはのりこえなくてもいいんだよ。私たちは一緒に歩いて行けるから。

          エッセイ│日曜日の温度

           私がまだ小学生だったころ、日曜日にはどこか涼しい風が吹いていたように感じます。地球温暖化で昔より暑くなったとか、そういう話ではなくて、体の内側を満たしている空気のこと。朝、居間にある一番大きなテレビで仮面ライダーを見ていました。居間の掃き出し窓からは空の青い部分が差し込んでいました。ずっと遠くまでつながっているのだと思えるような澄んだ青色でした。    そんな日曜日の温度が変わっていたことに気が付いたのは、東京の1Kの部屋。当時お付き合いしていた相手は私の家から電車で一時間

          エッセイ│日曜日の温度

          エッセイ│アイドルの顔が全部同じに見えること

           初めて見たのは友達の家で大学の課題をしていた時。ページをめくっても、めくっても終わらないその膨大さに嫌気が差し、もう集中力も切れてきたし、明日の朝早く起きてやった方がいいんじゃないかと考え始めたころ(絶対に早く起きることはない)。時計の針は12時を迎えようとしているところであった。友人は早々に課題を終わらせながら、動きの遅い私に付き合ってくれていた。  セットされた目覚まし時計のように滑らかな動きであった。彼は非常に自然な流れでテレビをつけた。テレビには朗らかに笑うたくさん

          エッセイ│アイドルの顔が全部同じに見えること

          エッセイ│大人になれない私

           20歳になったらもう大人?お酒を飲めるようになったら大人?結婚していたら大人?仕事をしていたら大人?   漠然と、子供から大人になる瞬間があるように思っていた。それはマラソンのゴールテープみたいに、ここを超えたら大人ですよ、あなたはまだ子供ですよと教えてくれるもの。そういうものがあって、子供と大人は明確に隔たれているのだと、そんな気がしていました。その線の向こうの世界は涼やかな風が吹いていて、ずっと遠くまで駆けていけるのだと信じていました。私は早く大人になりたかった。  

          エッセイ│大人になれない私

          サンタクロースって本当にいるの?

          「おらん、あれはお父さんや」  母はあっけらかんと言ってのけた。滑りやすい冬の道を市内の中心部に向かって車を走らせる。颯爽とあるいは黙々と。そんなことより私は年末年始のあれやこれやで忙しくてたまりまへん。そう顔に書いてあった。窓の外、木々に積もった雪が風に煽られてするリと落ちた。兄がDSをしながら横耳にゲラゲラ笑っていた。小学4年生の12月、その年は例年よりも早く雪が降った。    ねぇ、今年はサンタさんに何をお願いした?毎年11月の後半にもなるとそんな話題で教室は持ち切りだ

          サンタクロースって本当にいるの?

          エッセイ| 田舎で育ったこと

           朝、カーテンから眩い光が零れてくる。窓を開け放てば、一面の緑が風に揺らいでいた。ふっと鼻先をかすめる草木にかかる朝露の香り。花や色づく木の葉を拾っては、季節の移ろいを感じます。澄んだ夜の帳にかかる無数の煌めきは億光年をわたってきた、宇宙の息遣いの様でした。つまり、田舎なのである。くそ田舎なのである。 生活圏にあったのは、スーパーが一軒と魚屋が一軒、それから小学生のたまり場となっている駄菓子屋が一軒。山や木々の緑と海の青に囲まれて、必要最低限のライフラインがあるばかり。最寄

          エッセイ| 田舎で育ったこと

          エッセイ| 東京と可能性のこと

           道の両脇に所せましと並んだ店。ショーウィンドウに光る洋服やアクセサリー。バンドのライブTシャツ 着て足早に歩いていく人。さっきそこの角のお店で芸能人がロケをしていたって。はしゃいだ声とすれ違った。  テレビや本の中にしかいなかった有名人が、たかだか10メートル先のステージで話をしていた、笑った時に震える頬も、一区切りつけてわずかにうつむく表情も、私の知っているものと大した違いはなくて、その存在を否応なしに実感する。地平線で分断されていた、あっち側とこっち側は確かに地続きで、

          エッセイ| 東京と可能性のこと

          エッセイ| 一袋のポテトチップス

           全部自分のものだったら、どんなに幸せだろうか。袋の前で衝突する手。私よりも少しだけ大きくて、硬い手。私の手を押しのけ袋の中に手を突っ込んだ。あっ、一気に3枚もとりやがった!睨みつけると、あざ笑うかのように手に持ったポテトチップスを口に放り込む。私も真似して、何枚もつかんで口に放り込む。すると今度はさっきよりたくさん掴んで口に運ぶ兄。そうして袋の中のポテトチップスを奪い合っていると、瞬く間に袋の中は空っぽになっていきました。  食べ終わった後も、どちらが多く食べただの、食い意

          エッセイ| 一袋のポテトチップス

          エッセイ| 友達のこと

          雨に降られたみたい。大丈夫、すぐに止むから。少しこの音をきいていよう。雨が止んだら出かけに行こうか。桜が散る前には行きたいな。  そうして2年もの間、私たちは雨の音を聞いていた。状況が落ち着いたら、なんてもう誰も言わない。決して戻れない昨日までを悔やむ言葉。どうにもならない今を生き抜くための優しい唄。ひとりじゃないって言われる度、私たちは皆ひとりなんだと思った。 マスクをしていても息はできたし、顔を合わせなくても、言葉を交わせば私たちは分かり合えた。変わってしまった世界を

          エッセイ| 友達のこと

          エッセイ| 音楽と当時の記憶のこと

           吐息も白い朝、アスファルトをザクザクと踏む。コートのポケットに手を突っ込んで、カイロを握りしめていた。私と私以外のものの境目がやけにはっきりと見えていた。信号の音が、音楽の隙間から聞こえていた。  高校生の頃、よく聞いていた曲があります。オーストラリアのポップロックバンド5 seconds of summerの「Just saying」 という曲です。確か、夏にも聞いていたはずだし、秋にも聞いていたはずです。でもその曲を聞くと思い出すのはいつも冬のこと。入試会場に向かう道

          エッセイ| 音楽と当時の記憶のこと

          エッセイ| 名前のこと

           引っ込み思案、内弁慶。友達といると余計なことばかり話すくせして、人前に出ると緊張してうまく話せない。なにかやりたいことがあっても、失敗してダメな奴だって思われたらどうしよう、そもそも自分ができるわけないって、言い訳ばかり。存在したかもしれない自分の姿を思い描いて、時間だけが過ぎていました。  何年か前、当時藝大に通っていた友人とお酒を飲んでいた時のこと。「時間がないとか、お金がないとか、自分がやりたかったことじゃないとか、言い訳ばかりしていて嫌になる。いつまでも準備体操み

          エッセイ| 名前のこと