見出し画像

海の向こうで、ピカチュウ10まんボルト

 海外旅行では、高級なものは身につけていかないほうが良い、特に高級腕時計は絶対に危ない、などと言われるから、25歳の私が南米に行く際にしていたのはこちらの腕時計。

 ANAポケモンジェットが就航した時に、機内で販売されてたこのポケモンウォッチ。旅に出る前に在籍していた会社で、営業マネージャーさんが、私がポケモン好きだということを知り、出張のお土産で買ってきてくれたもの。

 かわいらしい時計、ありがたいお土産。でも、子供向けのおもちゃのような安い作りだ。これならきっと誰も気に留めないだろうし、金目のモノを狙う危ない人たちに目を付けられる心配はしなくて済むと思っていた。

 ところが、だ。この腕時計は、誰も気に留めないどころか、ペルーで、ボリビアで、あちらこちらで、大人に子供に、想像以上に注目を浴びるシロモノだった。

 子供達は大抵、旅行者に興味を示す。あの頃だとまだ、南米で日本人(アジア人)女子旅行者は比較的珍しく思われていただろうか、各地の遺跡や博物館を見学していると、遠足や社会科見学で来たらしい地元の学生集団が、毎度、わらわらと寄って来る。中高生なら、英語をそこそこ話せる子も中には必ずいて、そういった子を介し、沢山の子達が一生懸命コミュニケーションをとろうとしてくれるのが、楽しく嬉しかった。知らない世界へ心を向ける澄んだ目の子たち——BiancaビアンカRusañoルサーノMaríaマリアJoséホセWaltherワルサー……。この中で、将来一人くらいは、日本を訪れてくれたりしないかな、なんて思ってた。

 まあ、そうやって話してれば、皆、私の腕時計に気がつき、例外なく食いつく。ポケモン!ピカチュウ!!どこで手に入るの!羨ましい!!と。ポケモンウォッチをしているだけの私が、よくわからないうちに注目を浴びてしまう。なんだかえらく気分がいい。
 
 バスに乗れば斜め後ろに座った少女が私の腕時計に釘付けになり、ママに「ピカチュウ…」と羨ましそうにつぶやく。お店で買物をしても、支払い時に店主が私の腕を指差し「Bonitaかわいい」と笑ってくれる。

——ポケモン、半端ない。

 ペルーの第2の都市、アレキパは非常に美しい。標高2000m超とそこそこ高地なのだが、切羽詰まった空気は全く感じない。シラーと呼ばれる白い火山石を用いた建物が並ぶ街は、明るく眩しく、しかも土壌が良いのか野菜、乳製品、果物など、新鮮で美味しかった。特に果物のフレッシュジュースとジェラートが最高だった。

 ミスティ山Volcán Mistiチャチャニ山Volcán Chachaniといった6000m級の高山の近くなので、これら山岳地へのツアー拠点にもなっている。中でも、コンドルが飛んでいるという渓谷、カニョン・デル・コルカへのツアーは豊富にあり、私もその中の一つに申し込み、参加した。

 ツアー内容は、温泉地チバイを経由し、確かカバナコンデという村で一泊、そこから近くのクルス・デル・コンドルコンドルが見られる展望台まで朝早く行ってコンドルを見るというもの。メンバーは、国籍、年齢、性別も様々な12名ほど。

 ツアーガイドは英語が堪能なペルー人の若い男性。アンドレアという名のそのガイドは、おしゃれで、陽気で、なかなか目端が利く上、ちょっとびっくりするほどイケメンだった!

 名簿で参加者の名前を確認していたアンドレアは、私の名前のところで「…ミジャコ?」と首をかしげた。ペルー人は”miyako”のスペルは”ミジャコ”と読んでしまうらしい。いやいや、ミジャコ違う、ミヤコだと何度言っても馴染まないのか、その後もずっと「ミジャコ」と呼ぶので、諦めてほおっておいた。多分、途中からは面白がってわざと言っていたと思う。

 ツアーバスで移動中、通路をはさんで斜め前の座席にいたアンドレアは、私のポケモンウォッチに気づくと、目を丸くし「ポケモンだ!ピカチュウだ〜!いいな、ちょっと、貸して、つけさせて〜」と、はしゃぎ出した。
 
 私から奪ったチープなポケモンウォッチを自分の腕にはめたイケメンはウキウキだった。そして「これ、もらえない?」というので、私も腕時計無いと困るから、キミのそれ(どうみてもポケモンウォッチより高価なごついクロノグラフ)と交換なら良いよ。と言うと頭を抱え、名残惜しげに「ビガヂュウ〜!ビガヂュウ〜!」と、低音ボイスを裏返し下手くそなモノマネをはじめたので、苦笑いした。

 実は私はアニメなどのキャラの声真似が意外と得意だ。そこで「ピカピーカ、ピッカチュウ〜」と真似してピカチュウをやったら、どうやらその技は”こうかばつぐん”だったみたいで、イケメンに必要以上にウケた。おかげで、腕時計は返してもらえたけれど、その後アンドレアは私を”ピカチュウ”と呼ぶようになってしまった。

 ツアーバスの車窓からは、見たことのない荒涼とした高山の景色が広がっていたし、4,800mの峠超えもあり空気も薄く、ところどころ路面が険しく(怖っ)と感じるところも。

 途中のチバイという村は温泉が湧いていて、手軽に入れる施設があるという。温泉と言っても露天で、皆、水着やTシャツを着たまま入る、温水プールのようなものだが、規模が大きく、私達のツアー以外にも沢山のツアー客で賑わっていた。

 鍵付きのロッカーがある更衣室で簡単に着替えて、温泉エリアに出たのだが、思ったより広いうえに、湯気でもくもくと視界があまり良くない。着替えでもたついた私は自分の参加ツアーのメンバーがどのあたりにいるのか見当がつかず、一人でウロウロしていた。

 すると温泉プールの中から「ヘイ!!ピカチュ〜!ピカチュウ〜!」と呼ぶ声がする。声の方を見るとアンドレアがこちらに向かって手を振っていた。なんだか周りの他ツアー客の視線が痛い。

(……や、恥ずかしい。キミはサトシか)

 (上半身)裸のイケメンに呼ばれているのに、いまいち嬉しくない。でも、正直助かった。サトシアンドレアありがとう。

 
 夕食のときに飲んだペルーのビールcervezaはとても美味しくて、ツアーメンバーのスペイン人マダムが注文時に「cervezaセルベッサ」という発音がカッコ良すぎて悶た。夕食のあとのフォルクローレのショーはちょっと学芸会みたいで、でも、初めて聞く音、見る踊りは愉快だった。次の日の朝は早く酷寒だったけれど無事にコンドルが飛ぶ雄大な姿も見ることが出来た。ツアーのメンバーもみんなニコニコ楽しそうで優しかった。たぶん陽気で面倒見の良いアンドレアのおかげだ。だから、たった2日間だったけれどみんなとのお別れは寂しくて、当時の日記メモにも珍しくそういった感想が書いてある。

 それにしても、ポケモンの御威光は地球の反対側まで余裕で届いてた。ペルーのイケメンにも”こうかばつぐん”な、ピカチュウさま、お見それしました。




#エッセイ
#旅
#思い出
#スペイン語
#南米
#ペルー
#アレキパ
#コンドル
#至福の温泉
#バックパッカー
#一度は行きたいあの場所
#ポケモン
#ピカチュウ


この記事が参加している募集

#ポケモンへの愛を語る

2,084件

#一度は行きたいあの場所

52,132件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?