マガジンのカバー画像

甘野充のお気に入り

308
僕が気に入ったnoterさんの記事を集めます。
運営しているクリエイター

#ショートストーリー

不思議な鏡

屋敷の裏にこっそりと置かれていた古い鏡。雨風にさらされ続けているのになぜか曇らない。 ケヤキ、クス、マテバシイなどの落葉樹に囲まれて温かい季節はすっかり隠れてしまうけど寒い季節は枝のすき間からよく見える。 どうして家の中でなくて、裏庭に置かれたのか誰も知らない。その鏡はおじいちゃんが子供の頃にはすでにそこにあったという。誰も家の中に入れようとはしないし、でも捨ててしまおうともしない。不思議な鏡。 だから子供たちは宝物を隠す時に鏡の裏とか、鏡の前の地面とか、鏡の周りに生えて

【小説】目に見える祝福

人の言葉が、物質となって見えるようになった。 そんなことを言うと、頭がおかしくなったと思われるに決まっている。だから絶対に私はそれを人に言うまいと決意を固めた。生まれてこの方、意志薄弱を絵に描いたような生き方をしてきた私でも、流石に最低限の思慮分別は身に着けている。恐らくは。 他人からどうやっても理解されそうにないが、それは同時に確かに事実なのだからしょうがない。 『人の言葉が物質となって見える』。 もっと分かりやすく言えばそう、誰かが発言する度に、ぽろぽろと何かしらの

タクシー(掌編)

「あっ、これ、困るなあ! まるっきり逆なんじゃあないの?」 「ええっ。だってお客さん、鏑木町へってさっき」 「違う違う! おれが言ったのは葛城町! かつらぎ!」 「そんな、私何度も確認したじゃあないですか」 「聞き間違えたあんたが悪い! ここまでの分の料金は払わないからな!」 「勘弁してくださいよ、お客さん、それは困りますよ」  男はどん、と運転席の背中を蹴り、 「おれを誰だと思っていやがる! お前なんて、ウチの会社が本気出せば、こうだぞ!」  どん、どんと更に二回。それから

短編小説 | 枯れ枝と椿

 ミニストップに集まってはハロハロを食べた。そんな10代を過ごしていた。  遅く目覚めた朝に、白い遮光遮熱のカーテンが眩しいくらいに光っている日は、なぜだか気持ちの奥の方がじゅわっとする。  家にいてはいけない、そんな気がする。だから電車に乗って、車内の暖房と、窓からの日差しにあたためられながら、どこへ向かうともなく、どこかへ行こうと思った。  もしも電車で、自分の右隣に座る人を、自由に選べるとしたら、ダウンジャケットを着た男の人がいい。  黙ってスマートフォンを操作する

Midjourney×縦スクロール小説「金のなる木」(1800字)

有料
100

隣の晩ご飯

「今日はカレーだな」  和真が言った。隣の晩ご飯のことだ。 「そうなんだ。部屋にいると私には感じないわ」  夕飯の支度をしながら、妻の咲恵はそう応える。 「まぁ、鼻が利くのが俺の取り柄だからな」  夫の和真はそう言うと、テレビの電源を入れた。  翌日、和真が帰宅すると、玄関を開けるなり言った。 「今日はお隣、焼肉だな」 「あ、やっぱり?」  咲恵がニンマリして言った。 「お前も匂いでわかったのか?」  驚いた顔の旦那に、咲恵はスマホの画面を見せた。 「これね、やっぱり隣の家

【SS】あの痕が消えるまで(5901文字)

「首、赤いよ」  Nintendo Switchの画面から目を離さずにショータローが言った。 「え、かぶれたのかな。最近おかしいくらいあっちーし、あせもだったりして。やだなー」  あたし、キミコは内心ちょっと焦ってる。後ろめたいことがある人間は口数が多くなるというのは本当みたいだ。あたしとショータローは普段同じ部屋にいても無言でおのおの気ままに過ごしていることが多い。だから今日はあたしの口数の多さが余計に目立つ。 「そう」  ショータローがいつもと寸分も変わらぬ低い声で言う。

【短編小説】ぶんのむし

「サワヤマ君。申し訳ないんだが明日葦之原先生のお宅にうかがって原稿を受け取ってきてくれないか」 「え、あ、葦之原先生ですか!?」  上司のその言葉に俺は椅子から転げ落ちそうなほど驚いた。 「あの、担当はタザワさんですよね? その、俺には無理ですよ、だって……」  突然のことに頭が働かない。自分がその仕事にふさわしくないことを全力でプレゼンしなければいけないのに。  壊れた音楽ファイルみたいに「だって、あの、その」を繰り返す俺の言葉の先を待たず、上司は続けた。 「さっ

【SS】ある野良猫の話(2959文字)

結婚を前提に同棲していた恋人が出て行った。 洗濯かごの中のワイシャツ。 ソファの脇のタバコ。 うっかり忘れていったのだろう。 それらを除いて彼の痕跡はすっかり無くなってしまった。 なんともまあ、あっさりした別れだ。 31歳、女。また振り出しに戻る。 自分の荷物だけが残されたがらんどうの部屋でひとり、置いていかれたタバコをふかす。 自分を置いて進んでいくひとの背中。 あの光景を昔も見た。 天井へ昇る煙を眺めているとふと、遠い過去の記憶が蘇ってきた。 *** あれは大

まっすぐの雨【掌編小説/ママによるあとがき】

まっすぐの雨が降っていた。⁣ 一本の線のように、まっすぐ降る雨。⁣ ざあざあと泣いているようだった。⁣ ⁣ あなたが生まれてから、まっすぐの雨に打たれることなく過ごしてきた私は、その存在を忘れかけていた。⁣ ⁣ ⁣ ⁣夕方、娘がずぶ濡れになって帰宅した。⁣ 傘を持たせたはずなのに、手に傘はない。⁣ ⁣ 私は制服を脱ぐよう言い、お風呂の追い焚きスイッチを入れ、それからバスタオルで髪や体の水気を拭き取った。⁣ ⁣ 「大丈夫? 傘はどうしたの?」⁣ ⁣ 娘は何も答えず、なんの

ペンギン図鑑 【ショートショート】

私はまったくのうわの空だった。 目の前にいる上司の言葉は、 右から左へ通り抜けていく風と同じだった。 私はただ、 上司のシャツに散らばるペンギンを数えていた。 上を向いたり下を向いたり、 斜めに傾いたりするペンギンの絵柄を 目で捕まえては、 私の架空の籠の中に ひょいひょい放り込んでいく。 十六羽目、捕獲。 ああもう少し腕を上げてくれれば、 次の一羽を捕まえられるのに。 「ねえきみ、僕の話、聞いてる?」 はっとしてシャツから目を上げると、 じゅっと音がしそうなほどに 上司

【ショートショート】ヒットから逃れたい

男は、パソコンの画面に向かって大きなため息をついた。 目の前には、ついさっきまで懸命に書いていた小説の原稿が表示されている。 「違う。違うんだ。こうじゃない」 男は書きかけの原稿を何度も読み返した後、そうつぶやいてから電話をかけた。 「先生、新作について相談があるとのことでしたが、どうされましたか」 電話に出たのは出版社の担当編集者だ。 自分の仕事ぶりになんの疑いも持っていないその口調に、申し訳ないと少しだけ思いながら、男はこう切り出した。 「あの……、次はまったく

絵本小説『ヤドカリの欲望』

ーーおわり ーーあとがき 新しい試みとして、過去に書いたショートショートに挿絵をつけた「絵本小説」的なものを作ってみました。 シロウトのお絵描きですみませんが、多めにみていただければ!

【ショートショート】その雪が帰るところ

『冬空を遠く旅した雪ならば 連れていますか彼のかけらを』 「あー降ってきたよ。今年は早いなあ」 「そうですね、今年はいつもより積もるかもしれませんね」 今年も雪の季節がやって来た。 北国の冬は早く、長い。あっという間に世界が白一色になり、それが春まで続いていく。 北国で生まれ育った私にとっては子供の頃から当たり前の光景で、特別な思いはなかった。 6年前、私の恋人が雪山で行方不明になるまでは。 今は、雪の季節は長くて、長くて、辛い。 6年前に恋人が雪山で遭難してから、