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島那三月
2019年10月6日 04:45
九月の終わりごろだった。ぼくは地元の土手沿いを歩いていた。小中と通学路で何度も通った道だけれど、こうして歩くのはだいたい十年ぶりくらいになる。 東京と違い、高い建物がないだけ視界が広い。街を囲うようにして連なるあの山は、なんという名前だっただろう。遠くで学校の予鈴が鳴る。もうすぐ昼休みも終わるころかもしれない。こんな風に、気ままに時間を送るのは久々だ。煙草の代わりに、胸いっぱいに空気を吸い込ん
2019年3月31日 03:04
靴紐を固く結んで部屋を出た。ゆっくりと扉を閉めて鍵穴に鍵を差し込む。ドアノブを捻ってちゃんと閉まっていることを確認すると、階段を降りて鍵をポストの中に入れた。そのままキャリーケースを引いて歩き出す。途中、一度だけ振り返って、遠ざかるアパートの姿を写真に収めた。 電車に揺られながらぼんやりと外の景色を見つめる。春先の青空が、遠くに建ち並ぶ鉄塔を飲み込むようにして広がっていた。この街に越してきて
2019年3月16日 17:31
栄養ドリンクとチョコボールと履歴書が入ったレジ袋を持って、わたしはコンビニを後にした。ゆっくりと歩き出し、街灯も疎らな夜の道を歩く。袋を持つ手とは反対の手をパーカーのポケットに突っ込み、スマートフォンを取り出す。時刻は午後十一時二十二分だった。 大学四年生になって三ヶ月近くが経ち、周囲の学生たちは段々と内定を決める、もしくはインターンを始めるなどして、着々と自分たちの今後を見据えていた。そんな
2019年1月22日 03:54
アオイさんは雨の匂いに敏感な人だった。 まだ女子高生だった頃、隣の席同士だったわたしたちは放課後によく雑談をした。他愛のない会話の合間に、彼女が突然、「雨の匂いがする」と呟く。その時は降っていなくても、昇降口を出る頃には雨粒の跡が地面に点々とした模様を落としていた。 靴を履き終え、立ち込める雨雲を見つめるアオイさんの横顔は、嘘みたいに無表情だった。 日曜日の朝、そんなとりとめのない記憶が
2018年12月1日 21:43
普段は降りない駅で降りた。職場への定期券内なだけで、いつもなら通り過ぎてしまう駅だ。 イヤホンで両耳を塞ぎ、よく分からない街中を歩く。そうするだけで、自分がミュージックビデオの主役になれた気分だった。商店街も、高架下も、よく見かけるコンビニエンスストアでさえ、いつもとは違った風に映るから不思議だ。 ランダムに再生される曲が切り替わる瞬間、歩いている街並みもまた違った角度で見える。明るい場所を
2018年6月8日 01:04
夜のコインランドリーが好きだった。 金曜日の午前0時前のその場所には、何かの終わりと始まりの間にある特別な時間があった。そして、それには彼の存在も大きく関わっていた。 彼を知ったのは梅雨入りした関東に雨の気配がぼんやりとはびこる時期だった。洗濯機を持っていないわたしは週に一度、金曜日の夜に近所のコインランドリーを利用している。残業の多い仕事なので、どうしてもこの時間帯になってしまう。 彼は