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Movie 7 読書好きにはたまらない/『丘の上の本屋さん』

 サツキさんの提案で、コロナ禍前によく映画を観に行った仲間4人で映画を観に行った。

 サツキさんが提案してくれたのは『丘の上の本屋さん』。
 イタリア映画だ。
 逗子の面白い映画館でやるという。

 4人で集まるのは3年以上ぶり。逗子に行くのも久しぶり。

 「サンサンゴゴ」という沖縄料理やさんでランチをしてから、逗子の映画館『CINEMA AMIGO』に向かった。

 沖縄料理はあまり食べたことがなかったが、ボリュームたっぷりですごく美味しい。

『CINEMA AMIGO』は海に近い住宅街にぽつんとある、旧い一軒家を改装したような造り。

 ワンドリンク1,800円均一。
 館内に入ると、サツキさんが「面白い」と言った意味がわかる。
 館内は普通にソファやテーブル、椅子が置いてあって、ちょっとしたサロンやカフェの趣。お茶を楽しみながらゆっくり映画を観ることができる。

 雰囲気は良かったのだが、私が座った椅子はちょっと硬くて、少しお尻が痛くなってしまった。早めに行って、お気に入りの椅子を確保することが大事、と学ぶ。

 さて映画のほうは、丘の上にある古本屋をめぐるヒューマンドラマ。
 ネタバレがあるので、今から観る予定、と言う方はここまでで。






 古本屋の店主、リベロのところには、色々なお客が訪れる。隣のカフェの店員二コラを始め、毎朝ゴミ箱から本を漁って売りに来るポジャン、自分がかつて出版した本を探している退職した教授、熱心な収集家、ネオナチの男、SM趣味の女性など、様々な人々が本を求めて、あるいは売りにやってくる。

 リベロはその博識と絶妙なリファレンスで、相手の望む本を推しはかり、時には提案し、時には突っぱねる。
 ボシャンがゴミ箱から拾ったという日記を、店番の間に読むようになったリベロ。1957年にアメリカに移住した家政婦の日記だった。少しずつ読み進める間に、ある時アフリカ移民のエシエンという少年が店先に現れる。

 本は好きだけれど買うお金がない、という少年に「貸すから読んだら返せばいい」というリベロ。すぐに読んでしまう賢い少年に、リベロは少しずつ、児童書や小説を紹介していく。『ピノキオ』『イソップ物語』『星の王子様』『白鯨』など。「本当の本好きに出会った」と喜ぶリベロ。エシエンが読み終わるたびに、店先で読んだ本について語り合うのがふたりの楽しみになっていった。

 家政婦の日記のほうは、恋人の就職活動が上手くいかず、一緒にアメリカに行って新しい生活を始めようという展開になっていた。希望を持って「永久にこの地を去る」という文言を最後に家政婦の日記が終わり、それとともに持病のあったリベロもこの世を去る。

 本を返そうとしてやってきたエシエンはリベロの死を知る。最後にいちばん大事な本だと言って渡された本のほかに、二コラからリベロからの手紙を受け取るエシエン。手紙には店の中の本を好きなだけ持って行っていいと書かれていたが、エシエンは、本の世界に導いてくれた恩人でもあり楽しく語らった友達でもあった人物を失って喪失感に呆然とする。
 最後に渡された本は『世界人権宣言』だった。 

 筋書きはありふれたヒューマンドラマだし、なにより最後のオチ(『世界人権宣言』)は少しだけ残念だった。ちょっと直接的すぎる、と感じたからだ。ユニセフとの共同制作なので仕方がないのだが、やはりここは、リベロの本当に愛する小説であってほしかった気がする。あるいは、生まれに関わらず誰にでも幸せになる権利がある、と伝えるメッセージが含まれる小説などなら、もっとよかったのにと思った。

 リベロの古本屋には、

 持ち主が変わり、新たな視線に触れるたび、本は力を得る。

カルロス・ルイス・サフォン『風の影』(2001)

 という言葉が壁に飾られていた。

 リベロは心から本を愛していた。
 ポジャンが「ゴミ箱から本を拾った」と言ったときには「本をゴミ箱に捨てる人間がいるなんて」と嘆き、出版元も潰れ手元に一冊も自著の本がない教授が本をみつけたときは、自分の事のように喜んでいた。
 教授はリベロとの会話の中で、「ひとつの希望が無くなったからと言って絶望することはない」というセネカの言葉を思い出したため、諦めずに探し続けてついに1冊見つけたのだった。
 初版本収集家との会話では「恥ずかしながらユリシーズはちゃんと読めたことがない」という収集家に「自分も読み終えてません」とフォローを入れていた。ちなみに私も本は好きだが読み終えていない名作がたくさんある。リベロの優しさを感じた。

 エシエンとの会話の中では、エシエンの素直な感想に少し道徳的な指導を加えたりもしていたが、彼を本の好きな友達や仲間のように遇し、彼の感想を聞くのを心から楽しんでいるようだった。
『星の王子様』のように子供には少しわかりにくい部分のある話も、「ほら、ここのところにこんな風に書いてあるよ」と示唆するとたちまち打てば響く反応があり、リベロは満足げだった。大人には帽子にしか見えないウワバミの絵の話を、ふたりで笑い合っているところなんて、羨ましくて仕方がなかった。

 店にはいろいろな客が訪れるが、エシエンは貪欲に書物を求め、吸収していたし、なによりリベロにとっては未来を感じる相手だったのだろう。リベロは自分がそう長くないことを知っていたが、エシエンが本と共に大人になって将来の夢を叶えることを願っていたに違いない(それが困難な道のりであることをわかっていたとしても)。

 こんなふうに年の差を超えて、本を通して会話できる関係、というのは、とても幸せな関係だと思う。かならずしもディベートやリブリオバトルなどと銘打つ必要もない。ただ「こんなのがあるよ、読んだ?」「まだだから貸して」「これ面白かったよ」「どこが良かった?」という会話ができる関係。おじいさんと孫、なんて素敵な関係だと思う。親子ではこうはいかない。

 たくさんの古い本の中には素晴らしい言葉があり、その言葉に励まされる人がいる。私は映画を観ながら、これまで古本屋に売ってきたたくさんの本のことを思った。あまりにも本がありふれた世界にいて、そのひとつひとつの本の奥深さについて無頓着になり過ぎていたことを反省した。

 人生の最後に、未来を担う子に伝えたい本は、言葉は、なんだろう。
 そんなふうに考える帰り道だった。


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