みおくま(熊澤弥緒)

メンタル最弱のピアノ伴奏者(熊澤弥緒)です。2021年、2022年、二度も乳癌になりま…

みおくま(熊澤弥緒)

メンタル最弱のピアノ伴奏者(熊澤弥緒)です。2021年、2022年、二度も乳癌になりました。2024年4月、肋骨&胸膜への遠隔転移。完治は無理なので、癌と共存して長生きを目標にしています。 元気になる気持ちの作り方を挿絵と共に発信します。

最近の記事

13話 最善を尽くしていれば後悔無し

人間は、生きていれば、何度も運命の分かれ道に出会う。 その時、良かった!と思って選んでも、10年後には失敗した、選ばなければ良かった。。。と思うこともある。 しかし、この失敗した時に、選び方によっては、今後の進み方が大きく変化する。 たとえ失敗しても、自分が真剣に悩んで選んだ道だと思えば、もう一度、別の道を歩むことが出来る。 ここで大切なのは、 「自分で選ぶ」ということ。 周りの人に勧められたから。。。 親に言われたから。。。 友達がしていたから。。。。 そんな理由で選ぶと、

    • 第12話 後悔はしない方が良い。しかし、反省は大いにすべき。(改)

      「今日の本番、上手にピアノが弾けなかった、、、」 と思いながら泣いている熊がいる。 熊は 「あの時、練習もしないでダラダラ寝ていたなんて、、。そんなことしなければ良かった、、、」と後悔ではなく、反省をしている。 もしも、ダイエットをしていたら、乳癌にならなかったのかな? (急激な体重増加が乳癌につながるという記事を見たから、、、、) 手術の後、重い物をあまり持たないようにしていたけど、つい、忘れて右側でカバンを持ったのが再発の原因になったのかな。。。 (医師に注意事項で言わ

      • 11話 高すぎる目標は持たない!

        もしも、若くて健康ならば、大きな夢を持ち、たとえ、その夢が叶わなかった時としても、くじけずに再度立ち上がることが出来る。 しかし、今回は、3度目の癌、そして、遠隔転移という再発。 残念ながら手術が出来ないそうだ。 そのため、「”完治を目指す”という高い目標を持つと、体だけではなく、心も辛くなる」と医師に言われた。 そして、「”癌と共存”を目標にしましょう」と伝えられた。 「癌と共存」とは、薬物療法によって、今、持っている癌を増やさず、大きくせずに少しでも長く生きることである。

        • 乳癌の再発、遠隔転移にも負けない心

        13話 最善を尽くしていれば後悔無し

          10話 乳癌3度目、遠隔転移発覚

          第9話の記事を書いているとき、3度目の乳癌になったことがわかった。 (2024年4月2日) 今回の再発は、肋骨と胸膜。 遠隔転移再発ということになる。 実は、腫瘍マーカーも問題なし。肺も綺麗。 背骨や腰も問題なし。 もちろん、自覚症状は無い。 しかし、骨シンチグラフィーで異常がみつかった。 その後、CTなどの検査で、癌と診断された。 手術は出来ず、抗がん剤で治療をすることになった。 完治を目指さずに、癌と共存することを目標にしてくださいと医師に宣言された。 どこまで自分が癌と

          10話 乳癌3度目、遠隔転移発覚

          9話 ため息をついても幸せは逃げない

          「ため息をつくと幸せが逃げる」 そんな言葉を言われたことがある。 ため息の何が悪いのだろうか? むしろ、良い事しか思いつかない。 私は本番前に、ため息をつく。 何度もついているから、 「そんなにこのコンサート、演奏したくないの?」とワガママなソリストがキレ気味に言ってきたことがある。 彼女から見ると、私のため息は気分が悪い物だったのだろう。 私は控室の隅で、たくさん息を吐くことによって、緊張を抑えていただけ。 「深呼吸をしなさい」と言われても、 緊張をしていたら息を吸うことが

          9話 ため息をついても幸せは逃げない

          第8話 隣の芝生が青いのは仕方がない!~自分を卑下せず出来ることをみつけよう~

          本当の私は、周囲の人と比べて少しでも劣る所をみつけると落ち込んでしまう人間である。 乳癌が再発して、2度目のガン告知の時。 もしも、これまで通りの私だったら 「どうして私だけ2回も乳癌になったのかな? 友人たちは再発していないのに、、、」 「生活習慣というより、行いが悪かったからバチが当たったのかな、、、」 「人から嫌われているから、いなくなって欲しいと呪いでもかけられているのかな、、、」 と、どんどん深い闇に飲み込まれていたはず。 しかし、そのような考え方をしても、良

          第8話 隣の芝生が青いのは仕方がない!~自分を卑下せず出来ることをみつけよう~

          第7話 心のエスケープゾーンを作る

          毎日平穏に暮らしていても、時に、何かミスをすることもある。 車のレース会場には、ミスをしても重大な事故にならないよう、コースの横にエスケープゾーンというものがある。 いざというときのために、私の心にもエスケープゾーンを作っておくことにしている。 ミスをしても、辛い時に逃げられる場所があるという気持ちがあるだけでも、安心できる。 場所と言っても、実際にどこかへ行くのではなく、 心がどこかへ行ける場所のことである。 例えば ①少し疲れている時、軽い心配事がある時:好きな本を読む、

          第7話 心のエスケープゾーンを作る

          第6話 暗闇の中でも自分の心を信じて進もう

          1度目の乳癌になった時、転院が必要と言われた。 その時、紹介してもらった病院は2つ。 どちらも大きな病院であり、それなりに知名度はある。 そこで、自分が通いやすく、知り合いも勤務している病院を選んだ。 転院先は、主治医、そして病院スタッフの皆様がとても優しく、 辛い治療も頑張れた。 入院中もお食事は美味しい。 院内も綺麗。 私はとても感謝をしている。 しかし、時々、心無いアドバイスをしてくる人がいる。 その人が、その病院で治療も何も経験をしていないのに、 「どうしてあの病院に

          第6話 暗闇の中でも自分の心を信じて進もう

          第5話「辛い」を「幸せ」に変える小さな魔法

          乳癌になる前に、何度も手術の経験がある私。 おかげで、手術の痛みには慣れていたようだ。 しかし、抗がん剤は未知の世界。 今まで経験したことのない辛さを抱えながら、ピアノレッスン(仕事)。 終わりの見えない倦怠感。 吐き気はつわりの時よりもひどく、水すら飲めない。 体力をつけたいと思い、無理をして食べると、吐く。 吐くことにより、更に体力が落ちる。 抗がん剤専門の看護師さん曰く、 「食べれないときは食べなくて良いけど、水分だけは取ってね」と言っていた。 理解はしているが体が受け

          第5話「辛い」を「幸せ」に変える小さな魔法

          第4話「準備は多すぎるくらいが丁度良い」

          癌になって私が一番心配だったことは息子の事。 20代の頃から、良性と言われる腫瘍があり、他にも色々病気をしていたので、私がいなくても、元気に生きていけるように息子を育てました。 主人は家事等が苦手だということも大きな要因です。 息子にはいつも 「お父さんに、家事をしてもらうことは、全く期待できないから、自分自身で何でも出来るようにしてね」 と伝えていました。 小学生の頃から、自分の好きな物は作って食べられるように、週末等、時間のある時は、一緒に料理を作りました。 普段からも、

          第4話「準備は多すぎるくらいが丁度良い」

          第3話 不幸は幸せに気づく通過点

          癌を告知されたとき、自分は不幸だと思った。 しかし、落ち込むことはなかった。 むしろ、周りの人達が落ち込んでしまった。 その姿を見て、申し訳なく、少しでも私が元気にしていないと、皆がもっと辛くなると思った。 そのような理由があり、落ち込めなかったと言うのが本音だ。 世の中には、癌になって良かったという人がいる。 生きる意味を見出せたからだそうだ。 私はそのようには考えられない。 癌になったために、周囲の方に迷惑や心配をかけたことが多すぎて、 良かったとは言えない。 手術やリハ

          第3話 不幸は幸せに気づく通過点

          第2話 求められていく場所には幸せがある

          そろそろ春が近づいてきました。 受験生の中には、まだ春が見えず、暗い冬道を歩き続けている人もいれば、すでに、新しい場所に向かって春を満喫しながら歩き始めた人もいるはずです。 毎年、この時期になると、生徒さんや保護者の方に伝える言葉があります。 この学校に入りたい! あの部活で頑張りたい! 友達と一緒に通いたい。 様々な思いを抱いて受験勉強を頑張ってきたはずです。 喜ぶ人もいれば、悲しむ人もいる。 全員が合格できるわけではないのも受験の辛さです。 思う結果が得られず、 どうして

          第2話 求められていく場所には幸せがある

          第1話:幸せな思い出と心の強さは比例します

          第1話:幸せな思い出と心の強さは比例します

          メンタル最弱のピアノ伴奏者です。二度も乳癌になってしまいましたが、明るく元気に生きています。

          メンタル最弱のピアノ伴奏者です。二度も乳癌になってしまいましたが、明るく元気に生きています。

          第0話:メンタル最弱ピアノ伴奏者ですが、2度も乳癌になってしまっても元気に明るく生きています。

          学生時代、「こんなにメンタルの弱い音大生いないよ!」と言われていた私。 思い起こすと、メンタルが弱いおかげで、 体調が悪くなっていた。 もちろん、本番中は元気に演奏をしている。 体調が悪くなるのは、だいたい、数日前。 腸炎などになって、点滴のお世話になる。 そんなことを繰り返す日々。 その後、 25歳で自転車にのったおばさんに激突され、 右手、粉砕骨折。 一年間のリハビリをして、復活できたと思ったら、 人間関係になやみ、耳の中に帯状疱疹が出来てしまった。 それが原因で、顔面麻

          第0話:メンタル最弱ピアノ伴奏者ですが、2度も乳癌になってしまっても元気に明るく生きています。