『マチネの終わりに』心の奥底にしまい込んだ想いと情熱の行き場について
2019年/日本
監督:西谷弘
出演:福山雅治・石田ゆり子
「マチネの終わりに」は、せつなく静かな大人の恋の物語だ。
若い頃のように、情熱のままに自分の気持ちをぶつける恋ではない。
40代という年齢だからこそ抱く葛藤、生きてきた時間の分だけ見える景色、そして胸に湧き上がる愛する人への想いがじっくりと描かれている。
まずはあらすじを。
ギタリストの蒔野とジャーナリストの洋子は出会ってすぐに恋に落ちる。しかし蒔野のマネージャー三谷の嫉妬によって、二人はすれ違ってしまう。
蒔野は、自分と洋子との仲を阻んだのが三谷と知らずに、彼女と結婚し家庭を持ち、一方で、蒔野に振られたと思っている洋子は別れた婚約者とよりを戻し結婚する。
そして4年が経過した。
その間、蒔野は舞台にあがることなく日々を過ごし、洋子は夫の浮気が原因で離婚していた。
蒔野の妻となった三谷は、蒔野の舞台復帰のために4年前に自分が犯した罪を明かす決意をする。
そして、真実を知った蒔野と洋子はついに再会を果たす。
1.大人だからこそのすれ違い
二人にはそれぞれ40年以上の人生がある。
別々の場所で生まれ、育ち、暮らし、お互い関わることなく生きてきた。
その二人が出会い、惹かれ合う。
蒔野は才能あるギタリストだが、40歳を過ぎてスランプに陥っていた。
そして洋子には婚約者がいた。
だが、蒔野は洋子を忘れられず、パリに住む彼女を訪ね想いを打ち明ける。
出会ってしまったから
その事実をなかったことにはできない
小峰洋子というひとりの人間が存在しなかった人生というのは
僕にとっては もう非現実なんだよ
僕の生きる現実には もう洋子さんが存在しているんだよ
そして、いつもそばで洋子さんに存在し続けてほしいと思っている
唐突な上に強引な告白。
でも、なぜか静かに響く。
40代にもなれば自分の気持ちを押し付けるだけでなく、相手の反応により敏感になる。そして考える。いや、考えすぎる。
それは相手への配慮であると同時に、何よりも自分が傷つくのが怖いのだ。
ある年齢を過ぎてからの恋に人は臆病になる。
なぜなら本気になればなるほど、うまくいかなかった時に負うであろう傷の深さが想像できるから。
そして、それに耐える自信がない。
若い頃はもっと単純だった。
「好きだ」とか「結婚したい」とか、自分の思い描いた欲望を満たすことに躊躇がなかった。周りが見えていないということもあるけれど、情熱のままに突き進むことができた。
でも、突き進んだことで負った傷の痛みを知っているからこそ、年を経てからの恋愛に臆病になる。
さて、そんな二人が静かに育んでいた関係を、蒔野に尽くしてきたマネージャー三谷が壊す。彼女は蒔野のビジネスパートナーであり、熱烈なファンでもある。
そんな三谷は嫉妬心から二人に残酷な仕打ちをする。ようやく婚約者との関係を解消し、パリから東京に到着したばかりの洋子に、蒔野のスマートフォンから彼を装い別れのメールを送ったのだ。
三谷には蒔野しか見えていない。
「蒔野が主役の人生を支える名脇役でありたい」と言い、彼に執着する。
一見、蒔野のためのようだが、これは三谷の欲望に他ならない。そして彼女の執着と嫉妬心が蒔野と洋子の運命を変えてしまった。
そんなことができたのは、三谷が自分の欲望のままに躊躇なく進む若さがあったからではないか。
一方で、欲望のままに生きられないくらいには大人で、おまけに言葉足らずの蒔野と洋子はお互いを誤解をしたまま別れることになる。
相手を罵ることもなく、苦しみや悲しみは自分の胸にしまいこみ、一人泣いて、相手への想いと痛みを自分の体の中に沈める。
そしてお互いの人生からひっそりと消えた。
でもその想いは自分の身体のどこかにくすぶっている。
満たされなかった想いはいつまでも残るのだ。
2. 未来が過去を創る
この物語の根底に流れているテーマは「未来が過去を創る」ということ。
冒頭で、洋子が祖母の死因について蒔野と三谷に語る場面がある。
洋子の祖母は、洋子が子供の頃にままごとでテーブル代わりにして遊んでいた「石」に頭をぶつけ亡くなった。
その出来事によって、懐かしいままごとやお気に入りだった「石」の記憶が、良い思い出ではなくなってしまった。
そんな洋子の想いを蒔野が代弁する。
人は変えられるのは未来だけだと思い込んでいるけど、実際は常に未来が過去を変えているんだよ
変えられるとも言えるし、変わってしまうとも言える
確かにそうだ。
未来の出来事によって過去の良き思い出が台無しになることもあれば、苦痛だった出来事が「あれがあったおかげで」と言えるような良い思い出に変化することだってある得る。
さて、この物語の設定は2013年からの6年間。
パリでテロが多発していた時期と重なる。
パリに暮らす洋子は、ある日テロ事件に遭遇しエレベーターに閉じ込められてしまう。ジャーナリストの彼女は、エレベーターからテロの状況を死の恐怖と戦いながら動画配信する。
私が今伝えたいのは 未来が過去を変えるということです
遺された者は 今日の悲劇を変える未来を創らなければなりません
過去を変える未来。
それは、ある時は人類に課された責務であり、ある時は人生を変える希望でもある。
人は記憶を自分の都合のいいように変えて生きているところが少なからずある。
辛い出来事を鮮明に、そして正確に記憶して生きていくのは辛すぎるからだ。
そう考えると「過去を変える未来」とは辛い記憶を鎮めるための、希望と決意のような側面があるのではないか。
未来が過去を変えるなら、明日を幸せに生きることで過去に別の意味を持たせることができるのだから。
3. 心の奥底にしまい込んだ想いと情熱の行き場について
蒔野と洋子が出会った日、帰り際に彼女が彼に言う。
未来から振り返れば この夜も違って見えるかもしれないわね
図らずも別れることになった時、二人にとって出会いのその日は辛い過去となったかもしれない。
でも、再会によってその過去はもう一度変化し幸せな過去になる。
そして胸の奥底にしまい込んだ想いと情熱が再び蘇る。
別れた後に重ねた人生の分だけ深く、静かにその想いが目を覚ますのだ。
出会ってしまったから その事実をなかったことにはできない
僕の生きる現実には もう洋子さんが存在しているんだよ
かつて蒔野が洋子にそう告げたように、出会う前の人生には戻ることはできない。
別々の場所で、別々に生きながらも身体に沈ませた想いは消えることはなかった。
そしてようやくその想いを解放する時を迎えたのだ。
人生はすれ違いの連続なのかもしれない。
自分だってそうとは知らずに大切な人とすれ違ったまま今を生きているのかも。
もしそうだしてもその事実を知る術はない。
でも、もしかすると過去が変わる日が未来に訪れるかもしれない。
満たされなかった過去が、または悲しかった過去が別の記憶に塗り替えられる未来。またはその逆も。
そう考えると蒔野の言葉が刺さる。
あなたの今日の悲しみが
明日の出会いによって 大切な思い出に変えられますように
4. 最後に
この映画では、全編を通して流れる美しい音楽が鑑賞者を作品の世界に誘う。
特に「幸福の硬貨」という曲が耳から離れない。
この曲は映画監督だった洋子の義理の父の作品「幸福の硬貨」のテーマ曲であり、蒔野がデビューコンサートで弾いた曲。二人を結ぶ音楽だ。
また、パリで起きたテロによって安否がわからない洋子の身を案じる蒔野が、洋子に送ったメールの中のエピソードとしても登場する。
洋子さん、
映画「幸福の硬貨」で主人公の男は少女に硬貨をもらいます。
「いつか 生きていてよかったと思ったら 好きなものを買いなさい」
彼は何を買ったんだろう?
穴の空いていない帽子だろうか?
それとも、さとうがたっぷり入ったショコラ?
洋子さんなら何を買いますか?
あなたと「幸福の硬貨」のつづきが話したい。
無事を祈っています。
「いつか 生きていてよかったと思ったら」
これも未来が過去を変えた時に思えることなのかも。
「幸福の硬貨」のギターの音色がいつまでも余韻に残る作品だ。
トップ画像:マチネの終わりに公式サイトより引用
https://www.facebook.com/matineemovie1101/
https://matinee-movie.jp
(day 81)
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