記事一覧
第230回往復書簡 はちみつ、11時
石田千 → 牧野伊三夫さんへ
ことしも、東北の養蜂園より、1年ぶんの蜂蜜が届いた。
みつばちが、すくなくなっている。養蜂園のご夫妻は、高齢になられて、お仕事を縮小された。養蜂と、果樹園、重労働を案じている。
毎年2月に、1年ぶんを注文する。まえに3月に電話をしたら、売切れてしまっていた。
さくらんぼの花の蜜は、こっくり黄金いろ。甘さのあとに、桜餅のような香が、鼻をぬける。
この
第228回往復書簡 昼顔、9時20分
石田千 → 牧野伊三夫さんへ
遠出の仕事は、週に3日。2か月すぎて、車窓にながれる木々のみどりも、勢いを増している。手入れのされている林とそうでないところのちがいも、わかってくる。
行きも帰りも座席にすわれるようになったので、眠っていることも増えた。眠りこけ、ふと目がさめる駅は、たいていおんなじところ。うたたねにもリズムがあるみたい。
きのうも、ねぼけた目で、あとひと駅。電車が動くと、フ
第226回往復書簡 音読、19時
石田千 → 牧野伊三夫さんへ
夕食は、パン。冷凍してあるので、焼きあがりまで、16分かかる。
アルミホイルでくるんであるのを、焼き網にのせて、表裏4分ずつ。ホイルをはがして、おなじように4分ずつ。4分ごとに、キッチンタイマーに呼ばれている。
焼きあがるまでは、おつまみタイム。みぎ手にはちいさな匙、ミックスナッツをすくって、ぽりぽり。左手は文庫本をもって、毎日16分のみじかい読書。声をだし
第225回往復書簡 初夏の風
牧野伊三夫 → 石田千さんへ
博多の「メゾンはこしま」での個展のはじまりの会を終えて、十日ぶりに戻った。家をながくあけて帰ると、窓を全部開けて風を入れ、台所や風呂場の水道の蛇口も開いて水を流しっぱなしにする。それから掃除機をかけ、神棚に手を合わせ、一段落すると、ビールが飲みたくなる。それがわかっているから、出がけに冷蔵庫で冷やしておくのだ。よく冷えたのを抜いて、一気に飲む。そうすると家も体も
第224回往復書簡 いちご、19時
石田千 → 牧野伊三夫さんへ
連休のあいだの平日、帰省をしてきました。
羽田空港では、いつもバスターミナルから、飛行機へと移動しますが、今回は、バスに乗って、あたらしいバスターミナルに移動して、またバスに乗って飛行機へ。なんだか空港のバスツアーのようで、おもしろかった。
日本一のバスターミナルは、なんといっても、日田の駅前。毎回、おみやげ、おむすび、菓子パンを買ったりできる。なにより、寶屋
第223回往復書簡 クモの糸、葉っぱのくるくる劇場
牧野伊三夫 → 石田千さんへ
玉川上水の雑木の春、桜にの花びらに混ざって、クヌギやコナラの花が雪のように降ってきて、ラクダの毛布のように地面につもっていく。
朝の散歩のとき、空中で小さな葉が風にゆられてくるくる回っているのをしばらく見ていると、隣で一緒に見ていた息子が「クモの糸、くるくる劇場」と言う。いいこというな、と感心する。
来週から博多の「メゾンはこしま」で個展だ。搬入が近くなる
第222回往復書簡 さくら、8時14分
石田千 → 牧野伊三夫さんへ
あたらしい時間割での生活。週に3日、2時半に起きます。
掃除、洗たく。家に帰ったら、お風呂にはいって寝るだけにして、かんたんな朝食をすませて、7時半に家を出ます。
いくつも電車を乗りついで、最寄りの駅につくのは、9時半ごろ。第1週は、長い道中、ずっとお花見をしていました。
お寺さん、小学校、公園。団地には、並木。畑には、大木がいっぽん。
そうして、つぎのつ
第221回往復書簡 「牛窓のうた」、お祝いの会
牧野伊三夫 → 石田千さんへ
ハルカ君とつくった歌を牛窓中学校の生徒たちが卒業式に歌った映像が公開される。あの生徒たちの合唱が、とうとう飛び立っていったのだ。もう何度繰り返しみたことか。
https://youtu.be/s5DgfGfQ_P8?si=laeXamEO6A8Hi5Zt
一昨日は、中野の桃園会館で、『四月と十月』の創刊25周年を祝う会を行った。梅家の仕出しの弁当を用意し、
第220回往復書簡 くるみ、10時と3時
石田千 → 牧野伊三夫さんへ
牧野さん、よい歌をきかせてくださって、ありがとうございました。
視線のひとつひとつ、ゆったり描かれていて、訪ねたことのない土地に、いま立っているみたい。そうして、牛窓に暮らす若いひとたちの、ぼそぼそとした声、なんでもない会話もきこえました。
ハルカナカムラさん、すてきですね。
帰省からもどって、だんだん、せわしなくなってきています。
実家にむかう飛行機が
第219回往復書簡 自画像
牧野伊三夫 → 石田千さんへ
絵描き仲間たちと年に二回、四月と十月に発行している美術同人誌が、この春、刊行二十五周年の節目を迎えた。僕はこの本を創刊して、編集発行人をつとめてきた。一時期、千さんも同人だったことがある。これまでずっと掲載する絵も文章も自由なテーマだったが、節目の号というので、創刊以来はじめて、絵の方は「自画像」、文章の方は「私の絵が生まれるとき」というテーマを設けた。なぜ自画
第218回往復書簡 帰省、2時半
石田千 → 牧野伊三夫さんへ
牧野さん、上野さん、みなさま、おはようございます。
今朝から、1週間帰省してきます。
いま、夜中の2時半。7時半に出るのに、いろいろ手間取るので、こんなに早起きです。
吹雪の予報が、心配です。
いってきます。
店さきに白梅生けし神保町 金町
(3月29日金曜日)
第217回往復書簡 「牛窓のうた」
牧野伊三夫 → 石田千さんへ
昨年の春、音楽家のハルカナカムラ君に牛窓中学校の卒業式でうたう歌の作詞を依頼されて同校の校長室を訪ねたとき、校長先生から、なぜ画家がここにいるのか、と質問された。それはそうだろう。歌を作るのに、画家はいらない。同席していたディレクターの鈴木孝尚君が作詞をしてもらうのだと説明したが、それでも校長先生は首をかしげていた。僕は作詞などしたことがない。それどころか、依頼
第216回往復書簡 鉢植え、7時40分
石田千 → 牧野伊三夫さんへ
あたたかい朝。カーテンをあけて、すぐ目が届いた。オリーブの植木鉢のうえに、ちいさな草の芽を、たくさん見とめた。
きのう水やりをしたときは、ひとつもなかった。土のまんまだった。ひと晩のうちに、ちいさな地面の三割ほどがみどりになった。いのちの速度は、手品のようだった。
毎年のびるものなら、クローバー。クローバーは、抜くと種がこぼれて、かえって増えるときいて、抜か
第215回 マフラーひとつ
牧野伊三夫 → 石田千さんへ
盛岡の「ひめくり」で気に入ったマフラーを見つける。買おうとすると、店主の美帆さんが値段をよく見てからにしろと言う。たしかに高かった。が、愛は盲目。今日、僕はこれを巻いて雪のなかで絵を描きにいく。あたたかいよ。
(2月26日 月曜日)