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    小説家石田千さんと画家牧野伊三夫さんの往復書簡

記事一覧

第239回往復書簡 あとはあした、19時半

石田千 →  牧野伊三夫さんへ  秋の雨がつづく。しとしと、朝は傘をさしたけど、帰りはささない。はんたいの日もある。  よく食べ、よく眠り、よく歩いている。元気は…

港の人
7時間前
4

第238回往復書簡 盛岡へ

牧野伊三夫 →  石田千さんへ  十一月、盛岡で行なう個展の案内状が刷りあがった。デザインは盛岡在住の伊瀬谷美貴さん。繊細で丁寧なデザインをされる方だ。昨年、「…

港の人
10日前
14

第237回往復書簡 しばらくお待ちください、10時

石田千 →  牧野伊三夫さんへ 東京に戻り、用事が滞る。暑い。くたびれた。からだがのろまになる。 遅れてごめんなさい。 ほうぼうに、お詫び申し上げるうちに、息が苦…

港の人
11日前
18

第236回往復書簡

牧野伊三夫 →  石田千さんへ  38年前にアンデスの高原列車に乗ったときの記憶を描いている。あの日、僕は列車の電灯が消され、月明りだけになったうす暗い座席で流し…

港の人
3週間前
18

第235回往復書簡 文庫本、16時20分

石田千 →  牧野伊三夫さんへ  牧野さん、目のぐあいは、いかがですか。  夏場は、汗が目に入ったり、不調はおつらいことと思います。泳ぐときにも支障があるかもしれ…

港の人
4週間前
25

第234回往復書簡

牧野伊三夫 →  石田千さんへ  暗い森の向こう、薄めたような淡い水色の空に珊瑚色の雲がたなびく夜明けの散歩道。  夜通しなく虫の声に混ざって蝉が鳴きはじめる。今…

港の人
1か月前
18

第233回往復書簡 還暦、7月4日

石田千 →  牧野伊三夫さんへ  牧野伊三夫さん、還暦のお祝いを申し上げます。  60年まえ、7月に臨月をむかえられたお母さまは、暑さを乗り越え、辰年うまれの男の子…

港の人
1か月前
34

第232回往復書簡

牧野伊三夫 →  石田千さんへ  結膜炎で視界がボンヤリしている。このまま失明してしまったら、僕はもう絶望だ。  セーヌ川に浮かぶ船の上で、ゆらゆら揺れながら行進…

港の人
2か月前
22

第231回 ワンピースにカーディガン、11時

石田千 →  牧野伊三夫さんへ  月にいちどの11時、メンタルクリニックの診察がある。  まえは、朝いちばんにしていた。いまは、前日に遠出しているので、11時になった…

港の人
2か月前
38

第230回往復書簡 はちみつ、11時

 石田千 →   牧野伊三夫さんへ   ことしも、東北の養蜂園より、1年ぶんの蜂蜜が届いた。  みつばちが、すくなくなっている。養蜂園のご夫妻は、高齢になられて、…

港の人
3か月前
29

第229回

牧野伊三夫 →  石田千さんへ  寝ころんで、ネナ・ベネッサノウを聴いている。もうずっと。  あの日、車にガソリンと水、それにフランスパンとイワシの缶詰めなどの…

港の人
3か月前
12

第228回往復書簡 昼顔、9時20分

石田千 →  牧野伊三夫さんへ  遠出の仕事は、週に3日。2か月すぎて、車窓にながれる木々のみどりも、勢いを増している。手入れのされている林とそうでないところのち…

港の人
4か月前
21

第227回往復書簡

牧野伊三夫 →  石田千さんへ  十一月に盛岡の公会堂で、はるか君と即興制作をやることになって、その準備をはじめた。  音楽家との公開即興制作は何年ぶりだろう。も…

港の人
4か月前
14

第226回往復書簡 音読、19時

石田千 →  牧野伊三夫さんへ  夕食は、パン。冷凍してあるので、焼きあがりまで、16分かかる。  アルミホイルでくるんであるのを、焼き網にのせて、表裏4分ずつ。…

港の人
4か月前
30

第225回往復書簡 初夏の風

牧野伊三夫 →  石田千さんへ  博多の「メゾンはこしま」での個展のはじまりの会を終えて、十日ぶりに戻った。家をながくあけて帰ると、窓を全部開けて風を入れ、台所…

港の人
4か月前
24

第224回往復書簡 いちご、19時

石田千 →  牧野伊三夫さんへ  連休のあいだの平日、帰省をしてきました。 羽田空港では、いつもバスターミナルから、飛行機へと移動しますが、今回は、バスに乗って、…

港の人
5か月前
22
第239回往復書簡 あとはあした、19時半

第239回往復書簡 あとはあした、19時半

石田千 →  牧野伊三夫さんへ

 秋の雨がつづく。しとしと、朝は傘をさしたけど、帰りはささない。はんたいの日もある。
 よく食べ、よく眠り、よく歩いている。元気はあんまりないけど、からだは、だいじょうぶのようす。
 遠出の前日は、早寝。うまくいけば。19時半、遅くとも20時にはふとんにはいる。そして、2時半に起きる。
 読書の時間は、夕食のとき、冷凍したパンが焼けるまでの15分。それでも、ぽつぽ

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第238回往復書簡 盛岡へ

第238回往復書簡 盛岡へ

牧野伊三夫 →  石田千さんへ

 十一月、盛岡で行なう個展の案内状が刷りあがった。デザインは盛岡在住の伊瀬谷美貴さん。繊細で丁寧なデザインをされる方だ。昨年、「ひめくり」の菊池美帆さんから個展の依頼があって、今年の初め、大雪の日に盛岡へその打ち合わせを兼ねて遊びに行ったとき久しぶりにお会いして、デザインのお願いをした。その後はメールでのやりとりだったが、こんなに離れて仕事ができるのだから、35年

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第237回往復書簡 しばらくお待ちください、10時

第237回往復書簡 しばらくお待ちください、10時

石田千 →  牧野伊三夫さんへ

東京に戻り、用事が滞る。暑い。くたびれた。からだがのろまになる。
遅れてごめんなさい。
ほうぼうに、お詫び申し上げるうちに、息が苦しくなる。
しばらくお待ちください。
子どものころ、テレビの画面がそんなふうになった。
グレーの画面だったから、白黒テレビのころかなあ。
ゆっくり進むといいきかせても、ざわざわしている。

  過呼吸と二人三脚秋来たる  金町
  (9

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第236回往復書簡

第236回往復書簡

牧野伊三夫 →  石田千さんへ

 38年前にアンデスの高原列車に乗ったときの記憶を描いている。あの日、僕は列車の電灯が消され、月明りだけになったうす暗い座席で流しのチャランゴを聴いてクスコの街へ向かっていた。古い記憶は輪郭がボンヤリとしていて、河原で丸くなって転がる石のようになって残っている。
 (9月16日月曜日)

第235回往復書簡 文庫本、16時20分

第235回往復書簡 文庫本、16時20分

石田千 →  牧野伊三夫さんへ

 牧野さん、目のぐあいは、いかがですか。
 夏場は、汗が目に入ったり、不調はおつらいことと思います。泳ぐときにも支障があるかもしれませんね。くれぐれも、お大事になさってください。
 こちらは、お盆の帰省をしました。すこしでも長くと思いながら、2週間しかいられませんでした。お墓参り、5年ぶりに親戚をたずねたり、あっというまでした。母とはけんかばかりでしたが、ワインバ

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第234回往復書簡

第234回往復書簡

牧野伊三夫 →  石田千さんへ

 暗い森の向こう、薄めたような淡い水色の空に珊瑚色の雲がたなびく夜明けの散歩道。
 夜通しなく虫の声に混ざって蝉が鳴きはじめる。今年の秋は盛岡で個展だ。その案内状に載せる絵のことを考えながらボンヤリと歩いている。
  (9月2日月曜日)

第233回往復書簡 還暦、7月4日

第233回往復書簡 還暦、7月4日

石田千 →  牧野伊三夫さんへ

 牧野伊三夫さん、還暦のお祝いを申し上げます。
 60年まえ、7月に臨月をむかえられたお母さまは、暑さを乗り越え、辰年うまれの男の子をご出産されたのですね。
 ご家族で、お祝いをなさいましたか。交友のひろい、牧野さん。お誘いも、たくさんなのかもしれませんね。還暦のあかい装束、きっとお似合いになられますね。
 夏がお好きな牧野さんですが、くれぐれも、おからだ大切にな

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第232回往復書簡

第232回往復書簡

牧野伊三夫 →  石田千さんへ

 結膜炎で視界がボンヤリしている。このまま失明してしまったら、僕はもう絶望だ。
 セーヌ川に浮かぶ船の上で、ゆらゆら揺れながら行進する選手団の衣装と国旗のデザインをずっと見ていた。パリの街を舞台にした斬新で、芸術的な演出に、フランスという国があらためて好きになった。ずっと遠いところに、自由、平等、友愛のこんな国あるのだ。だから僕は絵描きになった。やがて日暮れて赤々

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第231回 ワンピースにカーディガン、11時

第231回 ワンピースにカーディガン、11時

石田千 →  牧野伊三夫さんへ

 月にいちどの11時、メンタルクリニックの診察がある。
 まえは、朝いちばんにしていた。いまは、前日に遠出しているので、11時になった。
 先月は、いまいちばん以前のようにしたいのは、おしゃれです。ふんわりしたスカート、長いスカートがあちこち、ことに地面に触れるのは、おそろしい。半袖でも外出できない。極力肌を出さず、首にはストール、帽子をかぶり、つるつるした素材の

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第230回往復書簡 はちみつ、11時

第230回往復書簡 はちみつ、11時

 石田千 →   牧野伊三夫さんへ 

 ことしも、東北の養蜂園より、1年ぶんの蜂蜜が届いた。
 みつばちが、すくなくなっている。養蜂園のご夫妻は、高齢になられて、お仕事を縮小された。養蜂と、果樹園、重労働を案じている。
 毎年2月に、1年ぶんを注文する。まえに3月に電話をしたら、売切れてしまっていた。
 さくらんぼの花の蜜は、こっくり黄金いろ。甘さのあとに、桜餅のような香が、鼻をぬける。
 この

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第229回

第229回

牧野伊三夫 →  石田千さんへ

 寝ころんで、ネナ・ベネッサノウを聴いている。もうずっと。

 あの日、車にガソリンと水、それにフランスパンとイワシの缶詰めなどの食料を積んで、トゥリアラからフォールドーファンへ向かっていた。僕は画材を入れたカバンにマルティニックのラムをしのばせて、堀内君と後部座席に身を沈めていたが、その飲料用のペットボトルに入れたガソリンが燃えるのではないかと案じていた。
 彼

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第228回往復書簡 昼顔、9時20分

第228回往復書簡 昼顔、9時20分

石田千 →  牧野伊三夫さんへ

 遠出の仕事は、週に3日。2か月すぎて、車窓にながれる木々のみどりも、勢いを増している。手入れのされている林とそうでないところのちがいも、わかってくる。
 行きも帰りも座席にすわれるようになったので、眠っていることも増えた。眠りこけ、ふと目がさめる駅は、たいていおんなじところ。うたたねにもリズムがあるみたい。
 きのうも、ねぼけた目で、あとひと駅。電車が動くと、フ

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第227回往復書簡

第227回往復書簡

牧野伊三夫 →  石田千さんへ

 十一月に盛岡の公会堂で、はるか君と即興制作をやることになって、その準備をはじめた。
 音楽家との公開即興制作は何年ぶりだろう。もう十年近くやっていない気がする。
 ピアノの三浦陽子、ギターの青木隼人、サックスの坂田明、パリのコントラバスのジャンボㇽデなど、三十代のおわりからやるようになったが、音楽の力でヨーロッパの伝統的な絵画の法則から解放されていくのが、面白く

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第226回往復書簡 音読、19時

第226回往復書簡 音読、19時

石田千 →  牧野伊三夫さんへ

 夕食は、パン。冷凍してあるので、焼きあがりまで、16分かかる。
 アルミホイルでくるんであるのを、焼き網にのせて、表裏4分ずつ。ホイルをはがして、おなじように4分ずつ。4分ごとに、キッチンタイマーに呼ばれている。
 焼きあがるまでは、おつまみタイム。みぎ手にはちいさな匙、ミックスナッツをすくって、ぽりぽり。左手は文庫本をもって、毎日16分のみじかい読書。声をだし

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第225回往復書簡 初夏の風

第225回往復書簡 初夏の風

牧野伊三夫 →  石田千さんへ

 博多の「メゾンはこしま」での個展のはじまりの会を終えて、十日ぶりに戻った。家をながくあけて帰ると、窓を全部開けて風を入れ、台所や風呂場の水道の蛇口も開いて水を流しっぱなしにする。それから掃除機をかけ、神棚に手を合わせ、一段落すると、ビールが飲みたくなる。それがわかっているから、出がけに冷蔵庫で冷やしておくのだ。よく冷えたのを抜いて、一気に飲む。そうすると家も体も

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第224回往復書簡 いちご、19時

第224回往復書簡 いちご、19時

石田千 →  牧野伊三夫さんへ

 連休のあいだの平日、帰省をしてきました。
羽田空港では、いつもバスターミナルから、飛行機へと移動しますが、今回は、バスに乗って、あたらしいバスターミナルに移動して、またバスに乗って飛行機へ。なんだか空港のバスツアーのようで、おもしろかった。
 日本一のバスターミナルは、なんといっても、日田の駅前。毎回、おみやげ、おむすび、菓子パンを買ったりできる。なにより、寶屋

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