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第231回 ワンピースにカーディガン、11時

石田千 →  牧野伊三夫さんへ

 月にいちどの11時、メンタルクリニックの診察がある。
 まえは、朝いちばんにしていた。いまは、前日に遠出しているので、11時になった。
 先月は、いまいちばん以前のようにしたいのは、おしゃれです。ふんわりしたスカート、長いスカートがあちこち、ことに地面に触れるのは、おそろしい。半袖でも外出できない。極力肌を出さず、首にはストール、帽子をかぶり、つるつるした素材のパーカー、ひざ丈でポケットのおおきいタイトスカート。こればっかりなので、スカートはあちこちほころびてしまった。
 たとえば、地面にはどのくらいウィルスがいるのかなんてわからない。ウィルスの鮮度ならば、テーブルやいすのほうがあたらしいから、地面より不潔となってしまうかもしれない。けっきょくわからないことですね。
そういう会話をするうち、それでは来月は、もうすこしおしゃれをしてうかがいます。くちから、つるりと決意が出ていた。無理はしないように。先生は、にっこりおっしゃった。
 けれども、つぎの日からのひと月、用事に追われてしまった。耳のぐあいも悪くなって、こころぼそい。遠出の日、うぐいすの声がきけるのを励みに、日を送っていた。
 つぎの診察の日が近くなって、友人が、そのあとで食事をいっしょにしてくれることになった。お洋服のデザインをしていて、ごじしんのブランドをもって、活動されている。職人かたぎで、動くべきときに動ける。そうして、そっと、やさしい。とても尊敬している。
 巣ごもりで会えなくなるまえに、ブランドの展示会があって、麻のカーディガンを買っていた。いちども、着ていない。
すこしは、前進しているよ。ながく心配をかけているから、着ているところを見てほしかった。
 まえの夜、へろへろと帰って、これはだめかもしれないな。ふとんにもぐりこみ、ばったりと寝た。
 そうして、目覚まし時計が鳴った。
 先生にいってしまったのだから。せっかく、わざわざ会いにきてくれるのだから。そうして、世のなかのみなさん、なんともなく、だいじょうぶにしているのだから。きゅうに、スイッチが入った。
 前回の診察のあと、これなら外出できそう。夏服をいくつか選んでおいた。丈が長すぎない、ベージュの半袖のワンピースは、左右のポケットもおおきい。そうして、紺のカーディガンをかさねる。水いろのハイソックス、シルバーの靴。帽子はスソさんが作ってくれた水いろのコットン。これなら、だいじょうぶ。
 むくむく元気がわいて、その勢いのまま、したくをして、ぴょんと出かけた。
 かろやかで、風とおしがよくて、きもちがいいなあ。あたらしいカーディガン、好きなワンピース、うれしいなあ。
 診察のときは、はじめて帽子も脱いだ。
 ドアをあけたとき、きょうはちがうと思いました。先生もよろこんでくださって、うれしかった。
 診察を終えて、会計を待っていると、おおきな画面のテレビに日田の町がうつった。笑福亭鶴瓶さんが日田を訪ねていて、小鹿田焼のお店のおくさんがお皿の説明をされているところを見られたのだった。きょうは、いい日だなあ。
 約束のお店は、病院の近くにあって、とてもおいしいイタリアン。
 いつもは、ひとりでカウンター。きょうは、テーブル席。
 会うのは、春いらいだった。スパークリングワインで乾杯して、そのあいだの、たのしいこと、かなしいこと、おもしろかったこと。ワインをのみ、週末のスペシャルコース、デザートまでしっかり食べて、たくさん話した。
来てくれてありがとう。
 駅の改札で、近所の和菓子やさんのおみやげをわたした。
 じゃあね、またね。改札をぬけて、友人は、ふりむいた。
 すこしはなれて、ながめて、かわいいかわいいといってくれた。
 ほんとうに、ありがとう。べそをかいて、スーパーマーケットに歩く。

  昼下がりストローハットの友来たる   金町
  (7月26日金曜日)

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