港の人
小説家石田千さんと画家牧野伊三夫さんの往復書簡
牧野伊三夫 → 石田千さんへ 38年前にアンデスの高原列車に乗ったときの記憶を描いている。あの日、僕は列車の電灯が消され、月明りだけになったうす暗い座席で流しのチャランゴを聴いてクスコの街へ向かっていた。古い記憶は輪郭がボンヤリとしていて、河原で丸くなって転がる石のようになって残っている。 (9月16日月曜日)
石田千 → 牧野伊三夫さんへ 牧野さん、目のぐあいは、いかがですか。 夏場は、汗が目に入ったり、不調はおつらいことと思います。泳ぐときにも支障があるかもしれませんね。くれぐれも、お大事になさってください。 こちらは、お盆の帰省をしました。すこしでも長くと思いながら、2週間しかいられませんでした。お墓参り、5年ぶりに親戚をたずねたり、あっというまでした。母とはけんかばかりでしたが、ワインバルや、かっぱ寿司に一緒に行きました。かっぱ寿司、はじめてでした。母が手慣れたよう
牧野伊三夫 → 石田千さんへ 暗い森の向こう、薄めたような淡い水色の空に珊瑚色の雲がたなびく夜明けの散歩道。 夜通しなく虫の声に混ざって蝉が鳴きはじめる。今年の秋は盛岡で個展だ。その案内状に載せる絵のことを考えながらボンヤリと歩いている。 (9月2日月曜日)
石田千 → 牧野伊三夫さんへ 牧野伊三夫さん、還暦のお祝いを申し上げます。 60年まえ、7月に臨月をむかえられたお母さまは、暑さを乗り越え、辰年うまれの男の子をご出産されたのですね。 ご家族で、お祝いをなさいましたか。交友のひろい、牧野さん。お誘いも、たくさんなのかもしれませんね。還暦のあかい装束、きっとお似合いになられますね。 夏がお好きな牧野さんですが、くれぐれも、おからだ大切になさってください。 雲のうえのお仕事にお誘いいただいていらい、ことあるごとに、気
牧野伊三夫 → 石田千さんへ 結膜炎で視界がボンヤリしている。このまま失明してしまったら、僕はもう絶望だ。 セーヌ川に浮かぶ船の上で、ゆらゆら揺れながら行進する選手団の衣装と国旗のデザインをずっと見ていた。パリの街を舞台にした斬新で、芸術的な演出に、フランスという国があらためて好きになった。ずっと遠いところに、自由、平等、友愛のこんな国あるのだ。だから僕は絵描きになった。やがて日暮れて赤々と聖火を灯した気球が、愛の讃歌の歌声とともに夜空に浮かんだとき、僕は思わず涙した
石田千 → 牧野伊三夫さんへ 月にいちどの11時、メンタルクリニックの診察がある。 まえは、朝いちばんにしていた。いまは、前日に遠出しているので、11時になった。 先月は、いまいちばん以前のようにしたいのは、おしゃれです。ふんわりしたスカート、長いスカートがあちこち、ことに地面に触れるのは、おそろしい。半袖でも外出できない。極力肌を出さず、首にはストール、帽子をかぶり、つるつるした素材のパーカー、ひざ丈でポケットのおおきいタイトスカート。こればっかりなので、スカート
石田千 → 牧野伊三夫さんへ ことしも、東北の養蜂園より、1年ぶんの蜂蜜が届いた。 みつばちが、すくなくなっている。養蜂園のご夫妻は、高齢になられて、お仕事を縮小された。養蜂と、果樹園、重労働を案じている。 毎年2月に、1年ぶんを注文する。まえに3月に電話をしたら、売切れてしまっていた。 さくらんぼの花の蜜は、こっくり黄金いろ。甘さのあとに、桜餅のような香が、鼻をぬける。 この蜂蜜のことは、もうなんども書いたと思う。毎朝、はちみつトーストか、はちみつヨーグ
牧野伊三夫 → 石田千さんへ 寝ころんで、ネナ・ベネッサノウを聴いている。もうずっと。 あの日、車にガソリンと水、それにフランスパンとイワシの缶詰めなどの食料を積んで、トゥリアラからフォールドーファンへ向かっていた。僕は画材を入れたカバンにマルティニックのラムをしのばせて、堀内君と後部座席に身を沈めていたが、その飲料用のペットボトルに入れたガソリンが燃えるのではないかと案じていた。 彼らは、森のなかで迷ったが、地図はおろか、磁石も星座も頼りにせずに、ベヘルカの浜ま
石田千 → 牧野伊三夫さんへ 遠出の仕事は、週に3日。2か月すぎて、車窓にながれる木々のみどりも、勢いを増している。手入れのされている林とそうでないところのちがいも、わかってくる。 行きも帰りも座席にすわれるようになったので、眠っていることも増えた。眠りこけ、ふと目がさめる駅は、たいていおんなじところ。うたたねにもリズムがあるみたい。 きのうも、ねぼけた目で、あとひと駅。電車が動くと、フェンスいっぱいに、昼顔のつるがからまっている。9時すぎで、もうずいぶん咲いていた
牧野伊三夫 → 石田千さんへ 十一月に盛岡の公会堂で、はるか君と即興制作をやることになって、その準備をはじめた。 音楽家との公開即興制作は何年ぶりだろう。もう十年近くやっていない気がする。 ピアノの三浦陽子、ギターの青木隼人、サックスの坂田明、パリのコントラバスのジャンボㇽデなど、三十代のおわりからやるようになったが、音楽の力でヨーロッパの伝統的な絵画の法則から解放されていくのが、面白くてしかたなかった。しかし、やがて、短時間に次々と展開していく音楽の時間に束縛され
石田千 → 牧野伊三夫さんへ 夕食は、パン。冷凍してあるので、焼きあがりまで、16分かかる。 アルミホイルでくるんであるのを、焼き網にのせて、表裏4分ずつ。ホイルをはがして、おなじように4分ずつ。4分ごとに、キッチンタイマーに呼ばれている。 焼きあがるまでは、おつまみタイム。みぎ手にはちいさな匙、ミックスナッツをすくって、ぽりぽり。左手は文庫本をもって、毎日16分のみじかい読書。声をだして読む。 3月、4月は、三四郎を読んでいた。なんども読んで、そのたびに、いいな
牧野伊三夫 → 石田千さんへ 博多の「メゾンはこしま」での個展のはじまりの会を終えて、十日ぶりに戻った。家をながくあけて帰ると、窓を全部開けて風を入れ、台所や風呂場の水道の蛇口も開いて水を流しっぱなしにする。それから掃除機をかけ、神棚に手を合わせ、一段落すると、ビールが飲みたくなる。それがわかっているから、出がけに冷蔵庫で冷やしておくのだ。よく冷えたのを抜いて、一気に飲む。そうすると家も体も、なにかすっきりとした気分になる。 先週から盛岡の「ひめくり」で毎年恒例のTシ
石田千 → 牧野伊三夫さんへ 連休のあいだの平日、帰省をしてきました。 羽田空港では、いつもバスターミナルから、飛行機へと移動しますが、今回は、バスに乗って、あたらしいバスターミナルに移動して、またバスに乗って飛行機へ。なんだか空港のバスツアーのようで、おもしろかった。 日本一のバスターミナルは、なんといっても、日田の駅前。毎回、おみやげ、おむすび、菓子パンを買ったりできる。なにより、寶屋のおかみさんが、わざわざ見送りにきてくださる。毎回、かならず、きてくださる。日本
牧野伊三夫 → 石田千さんへ 玉川上水の雑木の春、桜にの花びらに混ざって、クヌギやコナラの花が雪のように降ってきて、ラクダの毛布のように地面につもっていく。 朝の散歩のとき、空中で小さな葉が風にゆられてくるくる回っているのをしばらく見ていると、隣で一緒に見ていた息子が「クモの糸、くるくる劇場」と言う。いいこというな、と感心する。 来週から博多の「メゾンはこしま」で個展だ。搬入が近くなると、なぜか甘い菓子が食べたくなる。今朝はアトリエで、バナナにハチミツとマーマレー
石田千 → 牧野伊三夫さんへ あたらしい時間割での生活。週に3日、2時半に起きます。 掃除、洗たく。家に帰ったら、お風呂にはいって寝るだけにして、かんたんな朝食をすませて、7時半に家を出ます。 いくつも電車を乗りついで、最寄りの駅につくのは、9時半ごろ。第1週は、長い道中、ずっとお花見をしていました。 お寺さん、小学校、公園。団地には、並木。畑には、大木がいっぽん。 そうして、つぎのつぎ。駅をたしかめると、ホームに若い、細い桜がありました。 どんなに頼りない若い
牧野伊三夫 → 石田千さんへ ハルカ君とつくった歌を牛窓中学校の生徒たちが卒業式に歌った映像が公開される。あの生徒たちの合唱が、とうとう飛び立っていったのだ。もう何度繰り返しみたことか。 https://youtu.be/s5DgfGfQ_P8?si=laeXamEO6A8Hi5Zt 一昨日は、中野の桃園会館で、『四月と十月』の創刊25周年を祝う会を行った。梅家の仕出しの弁当を用意し、墨書きした横断幕を紅白の飾り花で囲った同人たちとの手作りの会。舞台では、加藤休ミ