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第230回往復書簡 はちみつ、11時

 石田千 →   牧野伊三夫さんへ 

 ことしも、東北の養蜂園より、1年ぶんの蜂蜜が届いた。
 みつばちが、すくなくなっている。養蜂園のご夫妻は、高齢になられて、お仕事を縮小された。養蜂と、果樹園、重労働を案じている。
 毎年2月に、1年ぶんを注文する。まえに3月に電話をしたら、売切れてしまっていた。
 さくらんぼの花の蜜は、こっくり黄金いろ。甘さのあとに、桜餅のような香が、鼻をぬける。
 この蜂蜜のことは、もうなんども書いたと思う。毎朝、はちみつトーストか、はちみつヨーグルトを食べる。毎日ありがたくいただいて、あちこちよれよれなのに、風邪をひかない。巣ごもりいらい、熱をだしたのは、ワクチン接種の晩だけ。ひとえに、この蜂蜜のおかげです。
 おおきな瓶を6本。あいかわらずの厳戒態勢で部屋にいれて、荷造りの重さを申し訳なく思いながら、除菌をして、棚にならべた。
 それにしても、宅配便のかたがインターホンを鳴らしてくださるとき、トイレにはいっていて、大慌てになるのは、なぜかしら。当日の朝は、インターホンが鳴るまで、びくびくしている。
 まえのアパートは、玄関のまえまで来てくださっていたから、ドアまえに置いてくださーいと大声をだしていた。いまのアパートは、オートロックで、宅配便のかたは、1階で押されている。ドアを解除しないと、不在になって、再配達のご迷惑がかかる。やむをえずトイレにいくときは、どうか、いま鳴りませんように。必死で祈る。ひとりぐらし、オートロックのかたには、きっとうなずいてもらえる。
 ああ、これで、ひと安心。ほっとして、母に電話をした。
 蜂蜜、一年ぶん無事に届いて、安心した。そういったら、そういう買いものは、若いからできるのよといわれた。
 高齢者は、明日どうなるかもわからない。一年さきのぶんまでは、買いたくても買えないといわれた。
 そういえば、近所のパンやさんに、母の好きなチーズのパンがある。人気があって、お昼ごろお店にならぶと、すぐに売り切れる。予約ができるのだから、電話をしておけばいいのにといったら、やっぱりおんなじようにいわれたことがあった。買い占めたら申し訳ないともいっていた。
 明日どうなるかわからない。
 へんてこ、へろへろの身にとっては、よくわかる。けれど、やっぱり、56歳と、84歳は、ぜんぜんちがう。八十路のきびしさは、なってみないとわからない。

 果樹園に桜若葉の風わたる   金町
 (6月28日金曜日)


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