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第228回往復書簡 昼顔、9時20分

石田千 →  牧野伊三夫さんへ

 遠出の仕事は、週に3日。2か月すぎて、車窓にながれる木々のみどりも、勢いを増している。手入れのされている林とそうでないところのちがいも、わかってくる。
 行きも帰りも座席にすわれるようになったので、眠っていることも増えた。眠りこけ、ふと目がさめる駅は、たいていおんなじところ。うたたねにもリズムがあるみたい。
 きのうも、ねぼけた目で、あとひと駅。電車が動くと、フェンスいっぱいに、昼顔のつるがからまっている。9時すぎで、もうずいぶん咲いていた。
 昼顔の、はかないピンクは、すこし水いろがかっていて、快晴にも雨の気配がある。フェンス一面、たくさん花がついていても、群れていてもさびそうで、一輪ずつ、花どうし、かかわらないように咲いているようにみえる。
 駅についたら、コンビニエンスストアに寄って、麦茶とスポーツドリンクとちいさめのお弁当を買う。いろいろ試して、このお弁当がいちばんいい。
 仕事場には、ありがたいことに、ひとりになれる部屋がある。着いたら、母に電話をして、おたがいの無事をたしかめる。それから、スポーツドリンクをのみながら、パソコンをつけて、青木隼人さんのCDをかける。
 5分、10分、ぼんやりできるときには、漱石の行人をちょびっと読む。さいしょから、湿度たかめの、不穏な気配。
 お弁当の時間をはさんで、3時すぎまで。帰りも、母に電話をしてから駅にむかう。
 朝には、帰りの昼顔は、もっと咲いていると思った。けれど、ひと駅着くまえに、あっけなく眠ってしまった。
 昼顔の花は、閉じているすがたもきれい。几帳面なひとの、まとめた傘みたいにすぼまる。
 2回乗り換えて、もよりの駅についたら、バルに寄って、カヴァと白ワインをのむ。バルのお料理は、小皿で食べきれる。サラダ、お肉、パスタかリゾットかパン。デザート、コーヒー。コースを組みたてて、食べる。週に3日かよって、ちっともあきない。ゆっくりさせてくださるので、申し訳なく、ありがたい。
 きのうは、カヴァをのんでいたら、夕空がきれいで、マスクをしないでおもてに立ってみた。
 空をみて、6月になる。6月は、兄とおなじ誕生日がくる。月末は、父の立日。
きれいなあかるい、ピンクの空だった。
 来週は、ボトルで、ロゼのカヴァをおねがいしよう。
 そうして、お店のかたと、乾杯しよう。

  昼顔や群れてますます静かなり    金町
  (6月7日金曜日)

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