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思考集

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日々考えたこと。
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#エッセイ

顔立ちが平凡であること

顔立ちが平凡であること

私は平凡な顔立ちをしている。

とりたてて悪く言われることも、すごくほめられることもない。「友達と似てて親近感わくわ」と言われたことは数知れず。

身長はほとんどのグループ内で一番低いので、覚えてもらうときは、おおかたそこが目印になるのだろうと推察する。

夫の周りに紹介されるとき、「こんなかわいい嫁さんもらって」という類の言葉をかけられることもなかった。友人の結婚式などでは、わりと聞く言葉だ。

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いよいよSFな世の中で濁流に乗り切れずとも呼吸はしている

いよいよSFな世の中で濁流に乗り切れずとも呼吸はしている

ドラえもんこそ出てきてはいないものの、家事は電化製品が肩代わりする。思ったことをLINEで伝えて既読がつけば、それだけで意思の伝達が済んだ証拠となる。古いスマホから新しいスマホへの移行も、あっという間に済むようになった。

何が起こっているか実際には分からないまま、深く考えずとも生活が効率的に回っていく。AI のおすすめにあまのじゃくに抵抗しようとしたって、それすら見透かされているようで怖い。

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最新バージョンとして生きるほかない私たち

最新バージョンとして生きるほかない私たち

3歳の子供がかわいい。

私のおなかに乗り「Oくんね ママのおなかから、うまれたがで」(土佐弁)と喜び、「Oくんはママの宝物で」と一切の疑いもなく断言する。死んだセミを持ってしみじみと「かわいそうやねえ」と言ってみることもある。お迎えの時間の少し前には「はやくママにあいたいよ〜」と愛らしく先生に訴えているらしく、お迎えに行けば「はやくママに あえれたよ〜」とにこにこしている。

5歳の子供もまだ十

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それぞれがたった一人の惑星の住人

それぞれがたった一人の惑星の住人

中学校に進学してかつての親友と何となく離れ、交友関係を広げていっていた頃、私の人間関係をすべて把握している人はもういないことに気づいた。

誰かの話をしようと思ったら、その人の説明から入らないといけないということ。中学の同級生、高校の同級生、バイト先の人。家族とはもうすべてを話さないようになっていたから、どんどんその感覚が強くなる。

わたしは私でしかないし、誰にも完全に把握されていない。至極当た

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本の虫としての学び

本の虫としての学び

図書館の本を前にして、食べきれないごちそうを目の前にするような感覚に襲われる人はどのくらいいるのだろうか。

理解しきれるかどうかは別として、ほとんどの題材に興味をそそられる。そして、今ここで背表紙に人差し指をひっかけ、カードとバーコードを赤い光にかざしさえすれば、なんとお持ち帰りができてしまう。手が届くように、お膳立てされている。

ああ、しかし、すべては読み切れない。生活にはぎっしりとやるべき

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心の筋トレはじめます

心の筋トレはじめます

自分の心の機微を物い上げるには言葉をつづる作業が不可欠で、言葉をつづるには筋トレのような日々の鍛錬が必要だ。

その鍛錬をそろそろ始めないと、年齢とともにもったりとしてくる肉体の輪郭のように、自分という人間性の輪郭までゆるんでしまう切迫感に、ずっと、じわじわと襲われていた。

思い返せば、私にとって一番心地よく日々を文章にまとめることが出来ていたのは、mixiが流行っていた頃だった。日々起こる出来

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