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#短編

『花の娘の園』(短いお話)

『花の娘の園』(短いお話)

 私が越してきた地域には、不思議な土地が存在する。
その土地は私の暮らすアパートのすぐ隣にあり、まわりをフェンスで囲われているわけでもない。ただ、少し小高くなった土地の上に、背の高い花が咲き乱れ、誰の手も入っていないはずはないと思うのに、そこを手入れする人の姿を、私は見たことがなかった。そこはとてもうつくしい場所なのだ。そして、不思議な。
ご近所さんとのお付き合いに苦痛を感じない私は、古くからアパ

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「あたらしい朝に」(ちいさなお話)

「あたらしい朝に」(ちいさなお話)

 おばあちゃんは、毎日何かを書いていた。それはどこにでもあるような薄い青色のノートで、いつもそのノートを使っていたから、私は大きくなるまでおばあちゃんは魔法のノートを持っているのだと思っていた。使っても使っても無くならない、そんなノート。それをおばあちゃんに話すと、おばあちゃんは笑って「そうかもね」と言った。

 おばあちゃんはいつからか、ノートを一冊使い切ると私にくれるようになった。最初にそれを

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「いつか君が恋をして」(ちいさなお話)

「いつか君が恋をして」(ちいさなお話)

 君が好きになったものは、全部覚えているんだ。

それは菫色の雲の棚引く時間。君が好きになった背の高い男の子は、眼鏡が似合っていて、焦げ茶色のベストをよく着ていた。あの公園のベンチは座る部分が木製で、雨が降るたびに弱くなっていくような時期があった。そんなベンチに座って、男の子は文庫本を広げていた。革のブックカバーは使い込まれていて、小さな金色のアルファベットが二つ、くっつけられていた。傾いた日がそ

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【あなたはきれい】(ちいさなお話)

【あなたはきれい】(ちいさなお話)

 

「母さんって、きれいだね」

 かけられた言葉に、私は反応が遅れた。彼はにこにこと笑ったまま、私の表情を楽しんでいる。

「それ、久しぶりに言われた」

「昔はよく言っていたよね」

「よくは言ってないよ。二回くらいだよ」

「世の中の息子の中では、トップクラスに言っているほうじゃないかな」

 たしかに、と思いながら、私はまた目を元の場所に戻した。白い画面の中には、蟻のように列を生す文字の

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【かわいい】〈ちいさなお話〉

【かわいい】〈ちいさなお話〉

 あたしがあの男に出会ったのは偶然だった。初っ端などは、なんて小汚い毛皮だろうと身震いした。それが何を間違えたのか、あたしはあの男から目が離せなくなっていた。それはあれが全く動いていないように見えたからかも知れない。そう、全く動かなかったのだ。胸の上下さえ見えていたら、うっかり近づくこともなかっただろう。高みの見物を決め込んで、黒い奴らが集団でやってくるのを待ったかもしれない。それともすぐに興味を

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