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「怒り」は人を変える

怒りはバズる。

バズるは言い過ぎだろうか。

「バズりやすい」くらいにしておこうか。

「怒り」は人の無知を露呈させる。

「怒り」に任せた発言は、失言につながる。

結局自分にかえってくる。

「怒り」ながら発言しても、良いことはない。



「怒り」任せに意見を言う人がいる。

いやいやそれは間違ってるでしょ、

何言ってるのあなた、

怒りに任せて自論を展開する人がいる。

こういうとき、「無知は露呈しやすい」と私は思う。

口から出まかせ、とまでは言わないが

冷静さを失うと自分でも予想していなかった言葉が口から飛び出ることがある。

時にそれは相手を蝕み

時にそれは自分をも蝕む。

そういうところが「怒り」という感情の恐ろしさだ。


私も誰かに反発をして、相手への発言を口に出してから

「しまった、あぁ言わなきゃよかった」

と思うことがある。

言ってからでは遅いのだ。

いつもいつも謝れば済むという話でもないだろう。



よく対面での会話だけでなく、Twitterや掲示板のような

不特定多数の人の目に触れる場所で不毛な争いをしている人がいる。

「怒り」は人を変える。

冷静さを奪う。

思考の柔軟さを奪う。

そういう場面で大事にされるのは、

いつの間にか

「自分の意見を主張すること」ではなく

「相手の意見をとことん否定し自分の正義を振りかざすこと」

になっている。





もう1度言う。


「怒り」は、人を変える。




(今日読み返したブログ)