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『オルタネート』 (加藤シゲアキ 作) 2 #読書 #感想

昨日の続き。これで終わり。

2人目の主人公、楤丘(たらおか)尚志(男性)。高校を中退し、単身上京した後に音楽家である若者が集まる自鳴琴荘(じめいきんそう)で暮らしながら、小さなスタジオでバイトをする。そしてかつてのバンド仲間である安辺(あんべ)豊(男性)(元ギタリスト)に再会する。だが安辺は、もうギターをやめてバスケ部で活躍していた。


私はこの主人公の気持ちにあまり寄り添うことができなかった。ただ3人の主人公の中では1番"青い"若者のように感じる。
彼はバンドを続けることを、ドラムを叩き続けることを諦めきれなかったのだろうし、そして何より彼の感情は如実にドラムの音に現れているのだろう。
だからこの音で届いてくる感情を知るためにも、映像化してほしいような....と、また思っている。

この2人の会話が77ページくらいから続いている。

「お前がお前自身を決めんなよ。可能性を見限ることがギターに対しても、自分に対しても、いっちゃん失礼やで」
「尚志はいつも熱狂していたように俺には見えたよ。その熱狂は、こんな言い方してごめん、満ち足りてなさみたいなものが影響してるのかなって」

他の何かが満ち足りていないから、そこから目を背けるために、何か1つのことに熱中する。こういうこと、実は大人になっても少なからずあるんじゃないかなぁと、思っている。これは逃げではないと思っていて、これも1つの"選択"なのだろう。

自鳴琴荘に住むマコさんという女性と尚志との会話が258ページから続いている。

「自分とちゃう誰かになれたら、どれだけ楽なんすかね」
どれだけ振り払おうとしても鎖は離れず、かえって肉に食い込んでいく。
「私、来年卒業なのに、先のことは何も決まっていない。もし次が決まっていたとしても、その先はやっぱりわからないよね。自分で道を選んでいくって、とてもこわいことだと思う」
「俺は大事にしたい今が、あんまりなかったんやと思います。だから漂流物みたいに、ここにおるんやと」
「自信なんてないです。他にできることないから、そう見えるだけやないすか。道に迷わない人に見えるかもしれんけど、他に道ないだけなんですよ」

自分で道を選んで「ドラムを叩き続ける」という選択をした尚志は、みんなに羨ましがられる。自信があると思われている。

はたから見たらそれなりにうまくいっているように見えることがあるような人生を彼はおくってきたのだろうか。バンドマンとして成功する夢を追い続ける苦しさのようなものがあるんだろうなぁと漠然と私は思っている。彼の"今を心のどこかで大切にする"生き方は好きである。

あと一歩で彼の心に触れられそうだけれど、誰もなかなか手が届かない。



3人目の主人公は、新見蓉(いるる)。調理部の部長。「ワンポーション」という料理コンテストに2年連続出場する女の子。彼女はオルタネートを使わないと決めていた。親友は園芸部部長の水島ダイキ(男性)。異性愛者。この彼、出番は少ないようにも思うが印象に残る登場人物である。彼に焦点を当てた物語も読んでみたい。

コンテストでペアを組んだのは山桐えみく(女性)。そしてワンポーションの去年のファイナリストである(別の高校の)三浦栄司(男性)と、いるるは付き合っている。この三浦くんとの恋愛が良くも悪くも蓉を狂わせる。蓉が「オルタネート」と向き合うきっかけを否応無しにつきつけてくる。

「オルタネート」のようなものが私の高校時代に存在していたら、私は確実にそれを使うだろうし、思いがけず出会えた人との会話を楽しむように思う。
だけれどある種の"誰でも自由に書き込みができる掲示板"のようなオルタネートの世界を、嫌になるかもしれない。学校の裏に潜む"知らなければよかった人間関係"を気にして、嫌になるかもしれない。

最後まで必死に料理を作り続ける蓉を支えたのは、えみくだったと私は思う。最初はうまくいかない組み合わせで読んでいる方がやきもきするときもあるけれど、料理のシーンは是非映像化してみてほしいところなのだ。

オルタネートをやっていなくても、恋愛1つでここまで揺さぶられるのならオルタネートをやっていても同じではなかったのだろうか....と思うけれど、時々感情を爆発させる蓉を嫌いになることはできない。

ただ蓉が見ている世界を、私は見ることができない。どんなにこの物語の世界の奥底までのめり込んだとしても、私には蓉の気持ちは100%わからないだろう....そんな風に思わせる描写なのだ。この作品は "高校生のエモーショナルな部分が煌めいて見えるように" 描かれている本では決してないような感じがしている。

そこは映像で脚色されればまた変わるかもしれないけれど。

繊細とか煌めきとかそういうんじゃなくて、うまく言えないけれど"綺麗だけれど透き通ってはいない世界"がここには描かれているように感じてしまうのだ。



多分もう1度読み返しても、この事実は変わらないのだろう。




さて、東京に戻りますか。

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