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『横道世之介』 written by 吉田修一

横道世之介。東京に上京してきた大学生。
私には彼の気持ちがよく分かる。
同じ「地方出身で東京都内の大学に進学し一人暮らしを始めた」私だからこそ、
世之介の気持ちがよく分かる。

何気ない日常の中で感じるやるせなさとか、空虚感とか、ちょっとしたことに自分でも驚くほどに動揺したりとか、1つの恋でワクワクしたりとか、「あぁやっぱり都会は違うんだなぁ」って感じる瞬間とか。
1人でいるときにふと感じる孤独さとか。勉強に追われつつもあんまりやる気が出ないテスト前とか。お金が欲しくてシフトをたくさんいれるけどバイト直前でめんどくさくなるとか。同級生の結婚・妊娠に年の差を感じたりとか。田舎者の自分なんか何も持ってないんじゃないかって感じる瞬間とか。

私には痛いほどよく分かったからこそ、世之介の青春が儚いけれどかけがえのないものに感じられて、読み耽ったのだった。



29ページより

「.....誰だって、新しい自分になる権利はあるよ。俺だってそうだよ。一緒に変わろうぜ。もう昔の自分なんて忘れてさ。せっかく大学生になったんだもんな」

上京した時には、「自分なんて何も持っていないんじゃないか、自分なんて何者でもないんじゃないか」となんとも言えない空虚さとか焦りを感じる世之介の気持ちがよく分かる。

今までとは違う環境で、なんだか一皮向けたような自分で新たなスタートを切りたいと思っても、なかなか心がうまくついていかない時がある。


それなのに、もっと不思議なことがある。

71ページより

新しい街に暮らし、新しい友達ができ、新しい生活が始まったのだから何もかもが最初からガシッガシッと噛み合うはずもないのだが、それにしても何もかもがつるつると流れていく印象が強い。いろんなものが大きく変化したはずなのに、その印象がとても軽い。

なんだかあっという間に「大学生活」という名の 残された青春の時間は早く過ぎ去っていくのだ。その日々について深く考える間もないうちに。

周りはものすごいスピードで変化しているのにも関わらず、自分がその変化に追いつくことができないからだろうか。
それとも 流れに乗って自分も変化しているが、それをうまく実感できずになんだかふわふわと浮いているような感覚になるのだろうか。


世之介の過ごす日常というのは、ある意味で控えめなのかもしれない。酔っ払って騒ぐわけでもなく、授業はそれなりにきちんと受ける。
世之介の過ごす日常というのは、ある意味で刺激的なのかもしれない。大学ではサンバサークルに入ったこと。友達の妊娠と結婚。恋愛対象が男だという男友達ができたこと。黒塗りの車で運転手が送り迎えしてくれるようなお嬢様を彼女にしたこと。

読んでいるうちに感じるのは、間違いなく、「世之介という人間の儚さ」なのである。
そしてこの青春の結末に、心のどこかで切なくなるのだ。

だけれど世之介は、、、なんだか日々を適当に過ごしたり、彼女の言動を不思議に思いながら付き合い続けたり、娼婦といわれる年上女性に恋に落ちたり、
そんな世之介は、、、
確かに、
「青春時代に世之介と出会わなかった人がいると考えると自分が得をした気分になる」と言ってもらえるくらいには、
誰かにとって印象に残る、1人の男だったのだ。

386ページより

誰かを傷つけたことがないんじゃなくて、傷つけるほど誰かに近づいたことがなかったんだと。

そう自分自身で気づいた世之介という1人の大学生の日々を、
何も持っていなかったかもしれない世之介の価値ある日々を、
彼が若くして死んでしまったという事実を知ってからなお一層、
なぜだか自分の記憶の中に留めておきたい気持ちになる。





身の回りに何かが増えてきたと感じるけれど、何なのか分からない。
なんとなくそれが何だか分かっても、それがこの先自分のそばにずっとあるものなのかが分からない。

そんな漠然とした「何か」のことを考え、はっきりとした答えが出せないままなんとなく大学生活を送っている世之介の気持ちは痛いほど分かる。

"東京での大学生活"という新たな大きな1歩を踏み出すことができたからこそ、増えてきたもの全てが自分にとって「良いもの」だとは思えなかったりするのだ。考えれば考えるほどに。

その「何か」はもしかしたら、この先の人生で自分のそばにずっとあるものではないのかもしれない。大学という場所で生活している間しか自分の中に留めておくことができないものなのかもしれない。

それでもなお、それが「何か」と考え、答えを求め続けることをやめられない。

様々な人との出会いの中で、もしかしたらそれがすごく大切な「何か」なのではないかと、考えずにはいられないのだ。





横道世之介。東京に上京してきた大学生。
私には彼の気持ちがよく分かる。

彼の過ごす日々を、彼が大学生活の中で感じたことを、
心のどこかで追い求め続けた「何か」を、
この本を読む、このnoteを読む、
画面の前の誰かにも知ってほしい。