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李家に生まれて

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「三木才代」という人間がどんなルーツを持ち、どんなことを想い、どう生きるかを決めたか、を記憶を掘り起こして書いています。 自分の過去を大事にお伝えすることで、同じような経験や感覚…
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#日本人

李家に生まれて #15

李家に生まれて #15

台湾大学日本人学生会

字面で見ると、仰々しいが、
ただの学生の集まりである。

調べたら今でも脈々と?会は続いているようだ。

当時は日本人で台湾に留学し、なおかつ正式な学部生として
在籍している学生の数はかなり少なかった。
日本の大学の提携で語学留学や短期留学に来ていた学生のほうが多かった。

つまり、会の幹事になる順番はいつかは回ってくる。。。

入学した当初に参加した食事会で、私は悟った。

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李家に生まれて #12

李家に生まれて #12

本格的な中国語学習が始まった。
19から台湾に行き、語学学習から始まり
あれよあれよと約7年ほど留学していた。
この期間中、「ことば」の学習はゴールの見えない道のようだった。
語学学習は知識だけではなく自分との向き合うポイントもくれた。
「未知の言語」ではなかったので、より自分と向き合うことになったのだ。

台湾での中国語学習は私が3歳くらいまで家で学習していた
「注音記号」という発音記号を使う。

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李家に生まれて #4

李家に生まれて #4

帰化すること、とはどういうことなのだろうか?
当時の幼い私はただ単純に「日本人の名前になれる」と無邪気だった。

では、私の両親は?祖父母はどうとらえたのだろう?
「国」に対する個人の気持ちを慮れるようになったとき
帰化の動機があまりにも複雑だったのではないか、
と向き合うことが怖くなってしまい、本当のことを訊くのに
私は約30年もかかってしまった。

私のおぼろげな記憶や家族の言動を照らし合わせ

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