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[1分小説] 配給制(上)

昼休み後の、最初の授業特有の気だるさ。
そんな空気が漂っている教室内。

冬の初め、傾き始めるにはまだ早い太陽が、注ぐように薄い光を窓から投げている。


教壇には初老の社会の先生が、歯切れの悪い話し方で「国家総動員法」について説いていた。

いそいそと黒板に文字を書き連ねる先生の後ろ姿を、美月はぼんやりと眺めた。


大竹美月おおたけ みつき、14歳と8ヶ月。

「せっかく可愛く産んであげたのに、あなたには可愛げがないんだから」。
母親からこぼれるこの口癖を、美月はうるさいなと思う。母親はいつだってうるさい。

色白でハッキリとした二重まぶたと長い睫毛の下に、いささか冷めた瞳を宿した娘である。


今やっているのは社会の歴史分野。
年明けの高校入試に間に合うよう、先生はかなり急ぎ足で近現代史を教えている、ように見える。
「二つの世界大戦」に関する用語が彼女の耳を右から左へと流れてゆく。

先生がチョークを握る手を止めて言った。

「ええと、そのような長引く戦況下においてですね、」
くたびれたニットベストから出た、シャツの袖を捲った腕で、額の汗を拭う。
「お米が配給制・・・になった訳であります」

配給制。このキーワード大事ですからね……

届くあてのない「重要事項」が宙に浮いたまま霧消する。


教室のクラスメイトたちは、この先生の説明を子守唄かなにかと取り違えているようだった。

通路を挟んで右も左も、生徒は教科書とノートを開いたまま眠っている。
右側の女の子は辛うじてシャープペンシルを握っているが、左側の男子は両手を重ねて枕にし、熟睡中である。

周囲の生徒たちを横目に見つつ、
美月は努めて機械的に、無感情に、黒板の文字をノートに書き写す。


(配給制ーー。)

文字を走らせながら、美月は考えた。

(割り当てて配る、ということは、
誰かが管理して持っているということーー)


ふいに、
彼女の思考が、30分前の昼休みへと遡った。



≫(下).


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