[1分小説] 配給制(下)
昼食の匂いがまだ教室に残る、昼休みの終わり頃。
美月は一人、自分の席で読書をしながら、周りのクラスメイト達のお喋りを聞くともなく聞いていた。
「おい、クラスの女子、上から並べてこうぜ」
教室に残っていた男子の群れのリーダー格・野々村の鶴の一声である。
地獄耳の美月は、なんだって聞き逃さない。
耳の良さは、人間観察を趣味とする人間にとって重要なアイテムである。
机の下で隠れながらスマートフォンを弄っていた周囲の5,6人の男子らが、次々に顔を上げた。
ニヤニヤして声を潜めながら、女子生徒の名前を挙げ始める。
最初に名前が出るのは決まっている。
「学年で一番可愛い」と囁かれる佐山と、彼女を取り巻く女子たちだ。この学級の中心的なグループである。
そこでクラスの女子生徒18人中、上位5人が埋まる。続く3,4人を彼らはあーだこーだと優劣をつけ、残りは消去法らしかった。男子たちの挙げた最下位は、「アイツしかいねーだろ」だそうだ。
(クラスメイトの女子のランク付け・・・くだらない。)
美月は「上位に続く3,4人」に挙げられていたが、そんなことに興味は無い。
所詮、ルックスの良し悪しと男子側の一方的な好感度だけを反映した、人気投票でしかない。
そうは思いつつ、
(女子が男子のランキングを作ったら、どんな順番になるだろう)と考えずにはいられないのは、負けず嫌いな美月の報復精神のせいだろうか。
しかしー、
何かが彼女の頭の中で引っ掛かった。
同じことをしても、何かが対等では無い気がしたのだ。
何かが。なんとなく―。
・
そこで始業のチャイムが鳴り、彼女の逡巡は遮断された。
だが今、社会の授業で「配給制」という言葉を聞いて、ふいに思考が繋がった。
(配給制――。)
次第に、先生の説明がBGMと化してゆく。
空を見つめ、美月はふいに浮かんだ思考の糸口を手繰り寄せた。
(たぶん、対等ではないものって、人気投票の、実効力。)
"実効力" なんて難しい言葉使っちゃった、
と少し自惚れながら、思考を先へと進める。
(今はいいけれど、オトナの社会では、
男女の在り方が平等ではないって・・・そうニュースでやっていたっけ)
居眠りこそしないが、もはや教壇に立つ先生の言葉は、まったく彼女の頭に届かなくなっていた。
(お母さんが、「男の人の権限は強いのよって、
だから女の子は受け身で、選ばれる人生が幸せなのよ」って・・・)
だからもっと可愛い顔してなさいって、私に言ってくるのだ、と美月は考える。
(女は、よそから割り当てられるしかない・・・)
そして彼女の頭の中に、
今しがた先生の発した「重要事項」がすっぽりとはまった。
(それってつまり、
”女の生きやすさ”って、まるで
男から女への「配給制」みたいじゃないー。)
・
突如、左側からガタッと大きな音がした。
すっかり眠りについていた男子が、急に体をびくつかせ覚醒し、机もろとも浮き上がったようだった。
その音の大きさに、教室内で寝ていた他の生徒たちも次々と目を覚ます。視線を浴びた男子生徒は、寝ぼけた締りのない顔を、少しあからめて俯いた。
美月は、チラリとこの男子に目を遣った。
(彼は昼休み、あのメンバーには入っていなかった。でも、いつか彼も大人になったら、会社やどこかの場所で、女子に対する権限を使うようになるのだろうか)と考える。
(そして私もいつか、世の中の男子からの「配給制」を目の当たりにする日が来るんだろうか――。)
・
キーンコーン・・・
授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。
もう少し先まで単元を進めておきたかったと見える先生が、苦渋の表情で、慌てて今日のまとめをしている。
太陽がゆっくりとその位置を変え、
教室の窓際から廊下に向かって、出来たばかりの影を伸ばしはじめた。
(「配給制」の答え合わせは、オトナになった私に任せることにしよう。)
そう思いながら、美月は静かに、教科書を閉じた。
いつもの冷めた瞳には、わずかに、好奇の色が差していた。
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