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[1分小説] 営業(1/2)

はぁ。

ため息とともに受話器をガチャリと置いた。


お昼の休憩から戻ってきて、もうこれで5件目だった。
今日は、どうでもいい営業の電話ばかり掛かってくる。


店舗の奥にある事務所の、手狭なデスクに向かいながら、  実里みのりはうなだれた。



湿っぽい月曜日の午後2時過ぎ。
太い通りの脇道に居を構える、小さな不動産販売店。週末から断続的に降り続く雨が、通りのアスファルトを黒く濡らしていた。


実里の勤めるそこは、「町の不動産や」といった風情の、昔ながらの小規模な店舗だった。現社長はもう高齢だ。
去年、扱いずらい物件はかなり整理し、息子の代への移行準備が進められていた。ゆえに今この状況で新たな物件に手を広げたり、知りもしない管理会社と手を組んだりする必要はないのであった。



何をしていたんだっけ。
デスクの上に広げられた書類を、見るともなく眺めながら、実里は椅子の背もたれに寄りかかった。


ガラス張りになった店舗の入り口の扉から、通りの反対側で、雨の中タクシーから降りてくる背広姿の男性が見えた。
後部座席のドアに回り、客の為に傘を広げていた運転手が、ペコリとお辞儀をしながらその男性を見送っている。



今降りた男性は40代後半くらいだろうか。
実里は、ふいに  松島まつしまさんのことを思い出した。

「6月って、営業に配属された新入社員の子たちが、一斉に挨拶回りをするんだよね。僕のところにも毎年来るよ、この時期連日、日に何度も。
小さい会社だし、まともに相手してたらこっちの仕事が回らないよ。
だから社員には、『断るのも業務の一つ』って言ってるんだ」

土曜日に会った時、彼は、ベッドの中で苦笑しながらそう言っていたっけ。




断るのも業務の一つ。

裏を返せば、「断られる」のも仕事の一つだということか。
営業を仕事にする人間にとっては、新規開拓なんて、断られるのが仕事の半分なのだろう。



ただ―、実里は思う。

必要とされていないところに出向くから、邪険にされたり、冷たくあしらわれたりするのではないか。
自分が提供しようとするサービスを、本当に求められている場所で開拓するならば、話は違う。



私がやっているのも同じようなものかもしれない。



実里はクスリ、と小さく笑った。


全然知りもしないひとりの人間にそっと近づき、それと知られず取り入って蜜を吸う。


それは、彼女のもう一つの「仕事・・」だった。



*

>>2 へ続く。



《第13日目/100日チャレンジ》

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