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小説「15歳の傷痕」-40

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- 夢をあきらめないで -

「ミエハル先輩、やっと見付けた!」

そこにいたのは、若本だった。息を切らせ、ゼエゼエ言っている。相当アチコチを走り回ったんじゃないだろうか。

「どっ、どうしたの。とりあえず、どっか座ろうか。屋上に出る?」

「は、はい…」

俺は降りかけた階段を再び上がり、屋上の出入り口のドアを開けると、さっきまで太田さんと座っていたベンチに、若本を誘導した。ハンカチは1枚しかなかったので、若本のために敷いて上げるハンカチがないのが申し訳なかった。

「ハア、ハア…」

「そんなに息を切らしてまで、俺の事を探しとったん?」

「ええ、先輩の…、姿を…、見掛け…、たのに…」

「ちょっと落ち着いてからでいいよ。何か飲む?自販機で買ってきてあげるよ」

「スイ…マセン」

俺は購買部の前にある自販機でアクエリアスを2本買い、屋上へ戻った。

「はい、アクエリ」

「ありがとう、ございます」

「ちょっと息は整ってきた?」

「はい、すいません」

それでも俺は、若本の息が整うのをしばらく待った。若本もよっぽどアチコチ走り回って汗をかいたのか、大胆にも足を広げて、スカートをパタパタさせている。

「…ミエハル先輩、すいません、やっと喋れそうです」

「落ち着いた?」

「こんなに、心臓を酷使したのは、体育の持久走でも無いです…」

「そこまでして俺を捕まえたかったのは、なんで?」

「先輩!」

「は、はいっ?」

「コンクール、バリサクで出て下さい!お願いですっ!」

「うっ…」

太田さんと話をして、打楽器でのコンクール出場に決めようと思っていた矢先に、若本が全力で俺を探して、バリサクに戻ってほしいと説得に来たのだった。

「今日の部活の雰囲気は、なんかミエハル先輩はコンクールには、打楽器、ティンパニで出るって感じになってて…。いやいや、アタシがミエハル先輩に、バリサクに戻って、最後のコンクールに出ませんか?って総文の時にお願いしたのに、アタシになんのお返事もなく、ティンパニで出ることが既成事実になってるのは、おかしいと思ったんです」

「……」

「万一、ミエハル先輩がティンパニでコンクールに出るとしても、せめてアタシには事前に教えて下さい…。じゃないと…アタシ…」

若本は目に涙を溜めて、必死に話し始めた。

「アタシは、先輩に恩返し出来ないまま、サヨナラになっちゃうから…」

「恩返し?」

「だって、アタシはバリサク吹きたくてこの高校に入ったんだよ、先輩。でもミエハル先輩っていう存在がいたから、最初はテナーで諦めてた。だけどミエハル先輩が吹くバリサクは、物凄く熱量があって、重厚感があって、アタシはとても勝てないって思った」

「……」

「そしたら去年、事件が起きて、ミエハル先輩は部長として責任があるって言って、アタシにバリサクを譲って打楽器へ移られて。思わぬ形でバリサク吹けるようになって、最初は嬉しかったけど、よく考えたらミエハル先輩の気持ちを全然考えてなくて。絶対に本意じゃないのに、イチから宮田のアネゴに基礎打ち習ってる先輩の姿、アタシにはグサグサと突き刺さったの」

「……」

「なのにアタシは、ミエハル先輩が帰り道にアタシや桧山に、変わらず接してくれて、明るく楽しく振る舞ってくれて…」

「……」

「感謝しなきゃいけないのに、それなのにアタシはミエハル先輩に何も言わずに、村山先輩に告白して、コッソリ付き合っちゃって…」

若本は堪えていた涙が溢れ、涙声になっていた。

「流石にそんなの、先輩も怒るよね。だからアタシはアンコンで先輩が一旦サックスに戻ってきた時も、申し訳なくて全然目を合わせられなかった…。なのに、アタシが村山先輩と別れた後に、先輩にごめんなさいって言ったら、何も無かったように、以前と変わらずに接してくれて…」

「……」

「ねえミエハル先輩、アタシは先輩には迷惑しか掛けてない。だから去年の今頃、不本意に移らざるを得なかった打楽器だけど、今年は1年生が沢山入って、十分人数がいるじゃない?自由曲では余ってるほどって聞くし。だから、ミエハル先輩の原点、バリサクで、高校の吹奏楽を締め括って、いい思い出にしてほしいの。それが、アタシなりの恩返しなの…」

若本は一気にそう言うと、泣きながら俺の左肩に、頭を乗せてきた。俺は何も言葉を返せなかったが、そっと若本の左肩を抱いた。若本は、流れる涙を拭いながら、静かに俺の左肩で目を瞑っている。
若本の左肩をトントンと軽く叩いてやると、安心するのか、少しずつ落ち着いてきたようだ。

俺の左太腿と、若本の右太腿が、互いの制服越しにピッタリとくっ付く。若本とこんなに接近したのは初めてだ。だが若本は嫌がって離れようとはせず、太腿同士がくっ付いた状態で、安心感を抱いているようだった。傍から見たら、まるで恋人のようだ。

(その気になれば、キス出来ちゃうよ、この距離だと…)

俺はそんな余計な雑念が沸いてくるのを、必死に振り払った。大体、一度フラれてるじゃないか。

「…ミエハル先輩…」

「…ん?どうした?」

「アタシが今考えてる事、分かる?」

「今?うーん、俺がバリサクに戻るのかどうか、じゃない?」

「ブーッ、残念でした。正解はね…」

「正解は?」

「ミエハル先輩となら、キスしてもいいかな?って思ってたの」

「えぇっ?ちょっ、ちょっと、そ、それは、あの、順番が…」

思わず俺は、沸いていた雑念を読み取られたのかと思った。もちろん、一気に顔は真っ赤になっている。女の子のほうが成熟が早いというが、それをまざまざと見せ付けられた気分だ。

「きっ、キスは、本当に好きな人としなきゃ。村山とはキスしたの?」

「ううん。村山先輩がそういうムード作りしなかったから、全然」

その答えを聞いて、なぜか安心している俺がいる。

「だから、アタシのファーストキスは、まだなんだよ、ミエハル先輩」

「おっ、俺みたいな男がファーストキスの相手じゃ、後悔するよ?」

俺自身、キスなんてしたことがないから、慌てふためいていた。しいて言えば土曜日の夜、山神さんに不意打ちで頬にキスされただけだ。

「アタシは後悔しないよ」

若本は俺に体を密着させたまま、そう言った。俺の心拍数が上がる。

「えっ、なんで?」

「…だってアタシ、ミエハル先輩のこと…」

と若本が言い掛けた所で、マンガのごとく見回りの先生が見計らったようにタイミングよく屋上に現れた。

「おい、コラーッ!ここはそういう場所じゃない!他でやれ!」

俺達は慌てて体を離すと、

「すいませーん!今、降りまーす!」

と叫んだ。俺はちょっとホッとしたような、しかし残念なような、複雑な気持ちだった。

若本を見ると、苦笑いしていた。

「先輩、色々なアタシの気持ちは全部ぶつけたから。あとは、先輩が決めてね。でも、その答えは、アタシに一番最初に教えてね。じゃあ、またね」

若本はそう言い、階段を駆け下りていった。


帰宅し、風呂と夕飯を済ませて自分の部屋に入った後も、俺はコンクールにバリサクで出るべきか、打楽器で出るべきか、結論を出せずにいた。

練習自体は打楽器で始めているが、バリサクに今移れば、まだまだ十分に追い付ける。

しかしコンクール課題曲でのティンパニの一番の難所を繰り返し練習していた俺には、その部分だけはティンパニを叩きたいという思いがある。

決められずにいる背景には、宮田と若本という後輩女子による泣きながらの説得もある。

(2人も女の子に涙を流させて、どう責任とるんだよ、俺は)

第三者の意見は、今日同期の太田さんに聞いた。太田さんは打楽器を勧めてくれた。

だが聞く人によって、意見はバラバラだろう。

(課題曲はティンパニ、自由曲はバリサクとか、出来ないかなぁ…)

掛け持ちとか出来ないかと、ふと思ったのだが、今までの体験上、例のないことだ。他校がやっているのを見たことはあるが、上井はカッコ付けてる気がして、いい気分にはならなかった。

そう思うと、矛盾してしまう。

「あーっ、どうすりゃいいんだ!」

と思わず声を上げたら、

「うるさいわよ!さっきから電話って呼んでるのに気付かないほど、何考えてんの?村山君から電話!」

と母から叱られた。とりあえず村山から電話が掛かってくるのは珍しいので、慌てて受話器を取りに行った。

「はい、もしもし」

「久しぶりじゃのぉ。元気にしよるか?」

「とりあえず文化祭後遺症は取れつつあるよ」

「そうか。お前、文化祭じゃ大人気じゃったの~。羨ましいよ」

「いや~、今日何か言われるかと思ったけど、何処からも誰からも何の反応もなかったよ。寂しいもんだよ」

「そんなもんかの~。まあいいや。今日は別の用事で電話したんよ」

「コンクールに復帰する件?」

「それは今はお前じゃなくて、新村か福崎先生に言わにゃいけんじゃろ」

「まあそうやね。俺は隠居爺だったのを忘れてた」

「ハハッ、それよりさ、今度の週末空いとるか?」

「週末?まあ部活があるかもしれんけど、基本的には空いとるよ」

「ほうか。じゃあ、松下弓子が帰国したのは知っとる?」

「えっ?そうなん?」

松下弓子とは、中学の同級生で、俺や村山と同じ高校に進み、吹奏楽部にも入ったものの、高2の文化祭後、かねてからの夢だった海外留学のために休学していた女子だ。もう1年の留学が終わって帰国していたのか…。

「そうなんよ。じゃけぇ、帰国祝いをしようってなって、会場はなんと竹吉先生の家なんじゃ」

「なんか凄いね。誰の主催なん?」

「しいて言えば、帰国者本人かのぉ。帰国して一番最初に会いたいと思ったのは、家族以外では竹吉先生らしいんよ」

「へぇ。卒業して何年経っても慕われるなんて、さすが竹吉先生じゃね」

「で、もっと凄いのは、土日で1泊2日でこのパーティーをやるんよ」

「1泊2日!?泊まるの?」

「…ここだけの話じゃけど、松下弓子が竹吉先生に連絡したら、先生が、お前らもう高3なんじゃけぇ、飲んでもええじゃろって話になって、ちょっとアルコールも出してくれるんだって。で、飲む代わりに、寝る部屋を用意してやるよってことらしい。もちろん、男女別じゃけど」

「なんだか、大学生の合コンみたいで、憧れるなぁ」

「どう?行くか?」

「もちろん!松下さんにもじゃけど、竹吉先生にも会いたいし」

「じゃあ、上井は確定でいいな?」

「あっ、ああ。確定でいいよ」

「もう一度聞くけど、確定でいいな?」

「しつこいな、大丈夫だよ。絶対行くよ!入院でもしない限り」

「よし、OK。じゃあ後のメンバーは、俺に任せといてくれるか?」

「え?ま、まあ、いいよ。俺、そういう幹事的なこと、苦手じゃけぇ、頼むよ」

「じゃあ俺に一任しといてくれ。土曜日の集合時間とか場所とかは、正式に決まったらまた教えるけぇ」

「ああ、頼むよ」

「ほいじゃあ、また」

と言って、村山から電話を切った。

久々に会えるメンバーがいるだけで、嬉しくなる。特に竹吉先生には中学卒業以来会っていないから、超久々だ。

ただ気になったのは、村山が何度も俺に参加の念押しをしたことだ。

誰か、俺がいたらまずいメンバーでもいるのか?

(次回へ続く)







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