📖「ハンチバック」を読んで、考えたこと📖

市川沙央さんの「ハンチバック」を読んだ。
どうしても読みたくて、発売前からアマゾンで、文芸春秋9月号を予約していた。冒頭を読み始めて、「あれ？作品を間違えたかな？」と思った。

『都内最大級のハプバに潜入したら港区女子と即ハメ3Pできた話（前編）』と書かれている。アラフォーの田舎民には、まず「ハプバ」が分からない。
頭の中に「？？？」を浮かべたまま読み進めていくと、ハプニングバーでの件くだりのあとにようやく、人工呼吸器を着けた書き手「井沢釈華」が現れた。

そして書き手は、人工呼吸器（トリロジー）とiPhoneとiPad miniを使いこなし、SNSとネット文芸の海を縦横無尽に渡り歩く。

そこまで読んで、

私、めっちゃ遅れてるやん。。。

と、思った。

え、iPadでWordPressなんかやってないんですけど？てか、WordPressとかMoodleって何ですのん？

凄いことになった、と思った。

こんな状況でこういうことを書くのは非常に恥ずかしい限りだけども、私は結婚するまで、都内の病院で作業療法士をしていた。その際、人工呼吸器を装着した患者さんのリハビリテーションや、退院後の訪問リハビリテーションに関わったこともあった。子育てが落ち着いたら、どこかのタイミングで訪問リハビリテーションへ戻りたい、と思っていたりもした。

けれども、である。

私が関わった患者さんは、人工呼吸器をつけて病院にいる方、もしくはいた方ばかりで、「その後の長い人生」にふれる機会がなかった。

つまり、早くに亡くなる方が多く、「人生の大半を人工呼吸器を装着して過ごし、40代を過ぎた方」がこの社会で生活している事実を知らなかった。

要するに、私の中で「人工呼吸器の装着」は「短命」「寝たきり」とほぼイコールだったと言っても過言ではない。

それが、この作品と作者の存在を知って180度違う固定観念を持っていたことを思い知った。

「ハンチバック」の主人公「井沢釈華」は、1979年に生まれ、10代で人工呼吸器を利用し始め、「歩道に靴底を引き摺って歩くことをしなくなって、もうすぐ30年」になる。普段はベッド上で過ごしているが、トイレなど室内なら歩くこともできる。筋肉が体の重さを支えきれないために体は変形し、自らを「ハンチバック＝背むし＝背中が曲がった猫背状態」と呼び、「私の身体は生きるために壊れてきた」と語り、人工呼吸器や吸引器の電源が落ちれば急速に死に至る可能性がありつつも、

私なんかよりよほど「ハイテクを使いこなし、膨大な量の文献を読み、文章を書き続けた30年」を送っている。

そんな釈華や市川さんの、生活と人生を支えてきたのは「医療とデジタル機器の進歩」で、そこに携わってきた人々の果てしない試行錯誤の蓄積と成果が、今の市川さんと「ハンチバック」を生み出したのだと思うと、誰に感謝していいのか分からないけれど、人類の歩みにとても感謝したくなった。

だって、人工呼吸器やデジタル機器がヘッポコなままだったら、市川さんがiPad miniを駆使して、「ハンチバック」を書き上げることはできなかったと思うから。

ただ、それに比べて、私を代表にするわけではないけれど、釈華や市川さんのような生活を送っている方の実像は、ほとんど知られていないように思う。

例えば、「風邪」がどんな症状か、「骨折」がどんな怪我かは、日本人100人にきいたら100人中90人近くが、だいたい同じような答えを返してくるのではないだろうか。理由は、自分でも経験していたり、身近に経験したことのある人がいたり、街中で咳をする人やギプスを巻いている人を見たことがあるからだ。

けれども、「人工呼吸器をつけている方がどんな生活を送っているか」は、100人にきいても100人100様の答えが返ってくる気がする。そして、その多くは私が抱いていたような「寝たきりで意識もほとんどない人」と答えそうに思える。
身近な人が、あるいは自分が、人工呼吸器をつけたことがあったり、ましてや街中で人工呼吸器をつけて出歩いている人を見たことがないからだ。

そうなると、「人工呼吸器をつけている方が、どんな思いでどんな生活を送っているか」を知らないまま、年をとっていく。そして、今回の私のように、盛大な浦島太郎状態の発言をかますことになる。

🔴🔵🔴

芥川賞の会見で、市川さんは言った。
「重度障害者の受賞者も作品もあまりなかった。今回、初だと書かれるんでしょうが、どうしてそれが2023年にもなって初めてなのか、みんなに考えてもらいたい」と。

私は、それには当事者側と社会側とで、二つの理由があると思っている。

当事者側としては、まず前提として「重度の障害を抱えつつも、読書や創作に対する意欲や理解力が保たれており、生活や創作をサポートしてもらえる環境にあり、成人へ達する程度の期間生存できている方」でないと、芥川賞を受賞できるほどの作品を創り出すことは難しいと思われる。
しかし、そもそも重度の障害を持っている方たちの場合、支える家族が日々の介護サポートに疲れ果て「教育ネグレクト」を起こしている可能性がある。市川さんも、誌面の受賞者インタビューで「両親含めて教育ネグレクトだった気がします」と言っているが、市川さんでさえそうだったのだ。重度障害の子をもつ親が、生命維持や衣食住のサポートに精一杯で、本を読むためや文章を書くための「教育的サポート」を後回しにすると、本人は成人できたとしても、重度障害者であるために「本を読めない」「文章が書けない」「自分を表現する手段が持てない」というループに陥りやすい。

また、これはあくまでも推測だが、当事者側も一種の「あきらめ」があるのかもしれない。仮に環境を手に入れることができたとしても「自分はこんな体だから、社会に出る術はない」「誰に何を発信しても無駄だ」という絶望を抱き、読書や創作に体力を使うよりは、ネットの海に埋もれることを選んでいる当事者もいるかもしれない。

社会側としては、田舎に住む私の周りを考えてみたとき、「あえて距離を取ろうとする」雰囲気を感じる。
我が家の近所にも、ダウン症や精神疾患を抱えた人、20年近く引きこもり生活を送る人などがいるが、そうした家族はおおむね「気の毒」な目を向けられることになる。言い換えれば、「気の毒だねえ」で一括りにされてしまい、本人はもちろん、家族も自ら語ることはない。自分から外に出て関わらない限り、その人の存在は「いないもの」にされてしまう。遠ざけられ、蓋をされてしまう。

「お盆の時期に海へ行くと、あの世に連れていかれるから近づくな」ではないけれど、日本人は「死」に近いものに敏感で、口を合わせて遠ざけることで「大丈夫」「もう安心」とやり過ごしてきたところがあるように思う。
共同体を守る上で必要なことではあったのだろうが、そのぶん、障害を持っていたり何か周りと違う行動をとる人を、理解しようとせず、ただただ排除する文化が、根強く養われてしまっているように思える。

それに加えて、ネットニュースやユーチューブが、アルゴリズムで自動的に選ばれ、表示されるようになった時代において、アルゴリズムの「壁」を越えるのは、思った以上に難しくなった。それこそ「進撃の巨人」のように、強引に割り込んででもこない限り。

気がつけば私も、ユーチューブのオススメはK-Popだらけ。時折子どもの見るヒカキンやマイクラが入り込むものの、似たような情報しか摂取していない。

テレビをつけても、その日のニュースや天気以外に、美味しいものや旅、安くて便利なもの、芸能人のバラエティに混ざり、たまに一般の人をインタビューするような番組はあるものの、

人工呼吸器をつけ、ベッドで人生を送るような方の生活や人生をテレビで取り上げるのは、24時間テレビやNHKのドキュメンタリー番組くらいしか機会がないように思う。

目の見えない、あるいは耳の聞こえない、もしくは車椅子に乗った主人公が出てくるドラマはあったが、人工呼吸器を利用している主人公のドラマはあっただろうか？少なくとも私は記憶にない。

余談だが、2000年に日本で公開された映画「ボーン・コレクター」で、デンゼル・ワシントンが脊髄損傷の「ベッド上／車椅子上探偵」リンカーン・ライムを演じているのを見て、私は衝撃を受けた。ジェフリー・ディーヴァーが作り上げたこの探偵のシリーズは、昨年15作目が発表されている。

そろそろ日本でも、池井戸潤原作の人工呼吸器につながれた電動アームチェア探偵の小説を、堺雅人主演で福澤克雄監督あたりがドラマ化してくれないかなぁと思っている
（👆制作陣が丸パクリすぎる🤣）
（そして📺”VIVANT”の時間、寝オチしてまだ見られてない🤣）

🔴🔵🔴

今更だが、「障害者」と書くとき、今の世の中では「障がい者」と書くほうが望ましいとされている。ただ、「ハンチバック」の文中や市川さんのインタビュー記事では「害」のほうで表記されていたので、私もこの文中でそちらに倣った。

「ハンチバック」はともすると、「障害者と性」という側面から語られ、「描写の過激さ」「障害者の生活や人生の壮絶さ」という観点で評価する方もいるかもしれないが、私はこの作品の核はそこではないと思う。

市川さんが訴えたいのは「背骨の曲がらない正しい設計図に則った人生」を送っている人たちに「なぜこんな世の中なのか」を考えてもらうことだと思う。そして、「重度障害者という存在について、知ってもらう」こと。

誰でも、交通事故や病気で、いきなり「障害者」になる可能性がある。

けれども、そうなりたくないし、ならないと思っているから、皆なるべくその話題に触れないようにして生きている。人数も少ないから、国の支援としても十分でないかもしれない。

でも、そうじゃないと思う。

「終活」という言葉が当たり前になってきたように、障害者のことを知る「障活」があってもいいんじゃないだろうか。

母語でない言語を勉強するように、当たり前に「障害者」について学ぶ。
そんな世の中が来れば、体が動かなくなったり、心や頭の働きが思うようにいかなくなっても、みんな理解があるから、もっと生きやすくなるんじゃないかな。

なんてことを思いました。

さー、明日も仕事だし、寝よっと。。。

あ～あ、これ、子どもの夏休みの宿題に出せんかなぁ・・（イヤ無理でしょ🤣💣）

※8/15 21:30に再掲しました

※めろさんの「おすすめ」フォルダへ入れていただきました😲めろさん、ありがとうございます💓

めろのおすすめ2023｜めろ｜note

※先週の「#読書感想文」タグで最もスキが多かったそうです！スキして下さった皆さま、ありがとうございます！（8/21）

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