『好きなように人生を送る』ということ~そして、その対義語とは~
こんにちは。Ryosukeです。
今回は「好きなように人生を送るということ」について書いていきたいと思います。
とある末期がんの方の話
とある末期がんの方の取材の内容を読んだのですが、
余命1か月と宣告された後、
言い残したことは無いかと聞かれ、
こう答えたそうです。
「やっぱり、さよならは悲しいな。でも、かわいそうじゃない。
好きなように人生を送れたから幸せだった。
だから、かわいそうじゃないって、みんなが思ってくれたらうれしいな。」
この方は、この取材の翌日容体が急変。
そのまま亡くなられたとのことでした。
好きなように人生を送れたから幸せだった。
私が印象に残ったことは、
記事の中にあった闘病生活についてではなく、
この方が最期に語った、
「好きなように人生を送れたから幸せだった」
その一言でした。
もし私が、余命1か月と、
今宣告をされたら、
そんな素直に言えないと感じています。
どーせ、またあしたが来る。
そんなことを思っているでしょう。
また明日、
仕事に行かなければならない。
学校に行かなければならない。
テストを受けなければならない。
あの人に会わなければならない。
・・・好きなように人生を送っていますか?
「○○ねばならない。」は、「好きなように人生を送る」の対義語
そのように感じています。
誰かに強制されているように思う事は、
「好きなように人生を送ること」から、
遠ざけるような解釈です。
明日が保証されていると思っていると、
“今”の価値に気づきません。
しかし“今”の積み重ねが人生なので、
“今”を好きなように生きていないという事は、
結果的に、人生を好きなように生きていないことだと感じています。
この方が最期に伝えたかったこと
私は、この方が最期に伝えたかったことは、
人生を主体的に生きるということ、
自分の人生を自分で生きることが大切だという事なんじゃないかと感じています。
なので、
「好きなように人生を送る」という事は、
「好き勝手に人生を送る」という事では決してないという事です。
でもこれ、意外と難しいと感じています。
明日も学校に行かなければならない・・・
でも、
新しいことが学べる。
友達と会える。
運動できる。
自分の人生を生きる言葉に変換してきましょう。
今回は「『好きなように人生を送る』ということ~そして、その対義語とは~」について書かせていただきました。
今回の1枚は、inahrsmさんにいただきました。ありがとうございました(^_-)-☆
それでは今回もご覧いただきありがとうございました。
また、あした(^^)/~~~
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