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#極短編小説

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2020年2月の記事一覧

木に語る

木に語る

庭に楓の木がある。実家の事だ。
「この木は高くなるのだよ。毎日の出来事や、おばあちゃんやお父さんにも言えない事をこの楓に話してごらん。この木が2階よりも高くなる頃には、お母さんが帰って来るだろうよ」
祖母が言った事を当時の私は信じた。
秋になれば赤くなり、そして散っていく葉。
1枚落ちる度に、母が帰って来る日が近くなっていると思い込んでいた。
今では5mを越えたこの楓。

結局、母が戻ってくること

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対談

マメだよね。電話するのって、全員にってことでしょ?

やっぱ性格?なのかなぁ。やらなきゃいけないって思っているんだよね

じゃぁ聞いちゃうけど、その髪型も性格ってやつ?

そういう事になるかな。こうしなきゃみんな納得しないんだよね。

それわかる。私もそうだもん。私の場合、階段の降り方がそう。一回やったらまたやってくださいって感じになったわけ。

うわぁ、やっぱそうだったんだ。普通しないもんね。

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飛行機雲

飛行機雲

キャビンアテンダントをしていると人づてに聞いた。
大学生の時、自分の夢などないくせに、彼女に将来の夢を尋ねた事があった。「笑わないでね」と前置きしていたのに、どうせ叶わないと俺は鼻で笑ってしまった。それが今では空の上で働いているというのだ。

俺は卒業してから定職に就いた事がない。その日暮らしの派遣バイトをして、必死に働いている奴らを鼻で笑って過ごしている。

帰り道の交差点、夕空に飛行機雲が見え

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親不孝

親不孝

体調悪いって言うんで、ほら、うちのカミさんあれじゃない?心配症ってやつ。

んで俺さぁ、果物持って車でお見舞いに行ったんよ。そこまでしなきゃいけないって事なかったんだけどね。

まぁ長い間、顔見てなかったし。

そしたらさぁ、何の事ないんだよ。自業自得ってやつさ。

友達と飲み歩いたあと、朝からゴルフコンペ。まぁ付き合いだから大事なんだろうけどさ。でも普通はその日は休むだろ?若くねぇんだし。

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タローが亡くなった日の事

タローが亡くなった日の事

思いだしたことがあるんです。
関係ないことかもしれないけれどね。
私が喋ったって事は誰にも言わないでくださいよ。
あれはね、もう20年近く前かもしれない。
うちの飼い犬が亡くなったんですよ。いや、老衰ですよ。
でね、亡くなった日にあの子が来たんです。
「おばちゃん、タロー見せて」と言ってきたんです。
確かにあの子はうちのタローをたまに見に来ていた。
犬が好きなんだと思っていたんですよ。でね、死んだ

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おばあちゃん

おばあちゃん

私が幼い頃から、どういった血縁関係なのかわからない「おばあちゃん」がいる。
先日の祖父の三回忌にもその「おばあちゃん」は来ていた。
母に聞いても「さぁ。おばあちゃんはおばあちゃんじゃないの」と的を射ない答えが返ってくる。
その「おばあちゃん」がいつもする話がある。
先祖がある城のお姫様だったという話だ。
だが、それが何処でいつの時代かという事はいつ聞いてもわからない。
そのおばあちゃんの事を誰も邪

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独りで山

独りで山

3連休などの、まとまった休みになると山へ出かける。そしてテントで夜を過ごす。
一人。虫の音。漆黒。
この時間が続く程、無心になれる気がする。
夏の終わりでも突然静寂が訪れることがある。
鳴いていた虫が一斉に眠りにつくように、ツッーと静まりかえるのだ。
耳が痛い。そんな感覚だ。
一種、神秘体験に近い。現に不可解な事が起きた。

ある夜。静寂の中、テントの周りを歩く音がした。動物だろうと思い、息を殺し

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暖簾

暖簾

その道を通ると必ず見てしまう。暖簾が見えると暖かい気持ちになった。だが、そのお店に足を運んだのはだいぶ後の話だ。
初めて知ったのはテレビだった。高齢の店主に、そのお孫さんが手作りの暖簾を渡すという企画だった。
住んでいる街の食堂だったので、食い入るように見た事を覚えている。
何年も暖簾が出ていたが、久しぶりにその道を通ると、食堂があった場所がカフェになっていた。あまりの変わりように驚き、確かめる

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彼をどうにかして下さい!

彼をどうにかして下さい!

彼の事は知っている。話を聞くたびにうんざりしてしまう。
日が経つにつれて、看過できない状況になってきた。
彼がオープンキャンパスのスタッフをした時に、見学の高校生につきまとったそうだ。
もう少しで警察沙汰になるところだったそうだ。
それまでも、そのような文化のない国から来ている留学生に、キスやハグをしようとしてトラブルになったこともある。やたらと女子生徒に声をかけ、煙たがられているのだ。

どうに

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墓上無事

墓上無事

墓の話なんて普段周りとしないし、そういう事が普通だと思っていた。
俺の写真はあるし、親父も爺さんもそうやってきたそうだ。
そこから落ちずに15分も維持したと聞かされた。
「これからも強く生きられると認められたのだ」という風に言い聞かせられた。
それを聞いた俺は、自分が選ばれたものだと思えて、子供ながら誇らしく思えた。

だから、自分の息子にも同じことをしただけ。

でも、嫁から言わせたら非常識だと

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なぜ噂を広めたのか?

なぜ噂を広めたのか?

別れは突然だった。
自分に非があったのだろうか?何がいけなかったのだろうか?
そう思う事をやめた。

そして噂が広まった。

俺が暴力をふるった。
前科がある。
学費を滞納している。
教授を脅して単位をとった。

けれども、誰も信じなかった。
俺がそんな人間じゃないとみんな思っているようだ。

むしろ、根も葉もない噂を広めたのではないかと彼女に非難の目が向けられた。

彼女が言ったのは、
「思った

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改札口

改札口

最近来た若いやつらも、俺達と同じなんだよね。
初めは「大変だなぁ」って感じだったのが、「頑張らないと」ってなって、「嫌だ」と思うようになる。けれども逃げる事もせずに、悪い事ばかり考えちゃうんだ。
仕舞いには「辛い」「苦しい」ばかりが頭ん中一杯で、何がそんなに辛いかわからないまま死を選ぶんだよ。
ただ、俺みたいに気がつく奴ばかりじゃないんだよ。
毎朝通勤するために改札口を通るんだ。
最近のやつらはI

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ロン毛の男

ロン毛の男

「こんにちは」

男が予想に反して愛想よく声をかけてきた。顔をみると長い髪で隠れているが、案外若いということがわかった。

「どうも」女はあまりにも自然な挨拶につい返事をした事を少し後悔した。

「ここ座ってもいいかな?」図々しい。でも、ここまで強引なのは嫌いではないかもと彼女は思った。

「ごめんなさい。友達が来るの」

「じゃあ、友達が来るまでここにいるよ」
女は長髪の男は好きじゃない。けれど

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朝の電車

朝の電車

この前会社に行く時に、久しぶりに電車に乗ったわけ。その日は夜、飲み会だったからね。まぁそれはどうでもいいんだけど。
いやぁ、ほんと、朝の電車って混んでいるね。
驚くよ。でね、やっぱそんな感じだから、みんなイライラしちゃうんだね。
押されたら舌打ちなんて普通なんだよ。
そんな中、女子高生ってのは、何人か集まるとうるさいんだよ。
案の定「うるせぇ」って怒鳴るオッサンがいるわけ。
仕方ないよな。
けど、

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