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川口加奈『14歳で“おっちゃん”と出会ってから、15年考えつづけてやっと見つけた「働く意味」』(Kindle版 ) ダイヤモンド社(2020/09/01)

大阪を拠点にして「ホームレスの人をはじめとする生活困窮者への就労支援、生活支援;ホームレス化予防事業;ホームレス問題に関する啓蒙活動」を行っている認定NPO法人Homedoor 理事長さんの著作。川口加奈さんは19歳でHomedoor を立ち上げた凄い方です。

こう書くと「なんて奴だ!」と呆れてしまうかもしれませんが、著者のかなちゃんは大学2年生になるまではまだまっとうに、「大学時代に知見を広め、社会人も経験して、能力を身に着けて30歳くらいになったら再びホームレス問題に取り組みたいなと考えていた」のでした。

ところが実は口先だけだったことが後に判明するKくん(まあ、人には得手不得手がある)にたぶらかされて、NPO法人ETICの社会起業塾へ応募してしまったのが運のつき。

「緊張でトイレに行きたいんですけれども、我慢しながらプレゼンします」とキラーフレーズを使い、史上最年少で社会起業塾に合格してしまったのです。(ほんま呆れるで)

もうこうなると活動も本格的にならざるをえません。まず朝5時に起きて1時間半もかけて通勤しなければならないブラック・モーニング喫茶の辛さに耐えかねて言い出しっぺのKくんがリタイヤ。(寝坊しちゃった)

続いてかなちゃんと同じくKくんの口車に乗せられてチームに加わっていた「すごいふんわり系」のAちゃんも、シェアサイクル事業の「営業に奔走するなかで、自分の力のなさを痛感し、一度、会社に就職したい」と離脱してしまいます。

Aちゃんは遅刻を繰り返すKくんにブチギレて(ふんわり系です)追い出してしまった責任を感じ、「私が2倍、モーニング喫茶するから」と頑張っていたのですが、Kくんの労働条件がブラックだったとしたら、Aちゃんの場合はどブラックだったわけで、これでは続かないのも無理はありません。うまく息抜きすることを覚えて元気でやってくれているといいんだけど。

こうしてかなちゃんはとうとう一人ぼっちになってしまい、と言ってもまったくの一人というわけではなく、「モーニング喫茶を手伝ってくれた元ホームレスのおっちゃんと、釜ヶ崎で飲み歩く日々」を過ごしていたのですが、そこへある日とつぜん一本の電話が…

ちなみのこの本には、ほかにも起業の深い闇を感じさせる記述があります。

…3坪で月3万円のシェアオフィスを、イベントで知り合った同時期に起業しようとしていた仲間2人とシェアし、月1万円で借りていたのだ。しかし、他の2人は途中から「失踪」し、…

なぜか黒歴史の紹介が先になってしまいましたが、著者はそんなにひどい人じゃあないんです。パートナーやアルバイトをこき使ってしまったのはアクシデントで、悪気があってやっていたわけではありません。(たぶん)

14歳で「おっちゃん」たちとふれ合ったかなちゃんの心の中には、ほかのメンバーとは次元の違う気持ちが育まれていました。かなちゃんはホームレスの人たちを「近所にいるおっちゃんのように感じ」、「かつては他人事だったその状況は、自分事になったとまでは言わないけど、『友達事』のようには感じ」ていたのです。

「あそこは危ないから近づいたらあかん!」というお母さんの言いつけを無視し、たった一人ではじめて釜ヶ崎の炊き出しに出かけたかなちゃん。(良い子はマネしないでね)そこでのおっちゃんたちとの出会いは…

一年後、ボランティア部が夜回り活動に参加すると聞いて、「バスケ部をあっさり辞め、ボランティア部に入部」して保護者の同意書を「もちろん私は自分で書い」て参加したかなちゃん…(なんで「もちろん」やねん)

この後も親に内緒でいろいろやらかしますが、高校生になって夜回りで知り合ったおっちゃんに「せやな……とりあえず、もう一度ちゃんとした仕事で働きたい。わしにもできる仕事ないかな」と言われ、「おっちゃんに内緒で、63歳の男性が働ける仕事はないだろうかと探しはじめた」かなちゃん。けれどその一か月後…(優しい子なんです!涙)

かなちゃんの奮戦記と共に、日雇い労働者が使い捨てられ野宿を強いられていた時代から、近頃の多様化し複雑化した、そしてこれまで見過ごされていたホームレス問題の状況まで、さまざまな現実が語られています。

どうしてホームレスになってしまうのか、そこから抜け出すにはどうすればいいのかを、実例に即してわかりやすく説明していますので、ホームレス問題について詳しくない方でも大丈夫です。とは言っても厳しい場面の描写もありますから、まったく知らない方にとっては衝撃かもしれません。

もちろんこれですべて問題解決というわけにはいきませんが、ホームレス問題についてこれだけは押さえておきたい基本的なポイントが詰め込まれていてとても勉強になります。

著者とHomedoor の皆さまが「誰もが何度でも、やり直せる社会をつくりたい」という思いを実現するために積み重ねてきた努力にはほんとうに頭が下がります。なにより「現場や当事者の声」を最優先し、一人ひとりの多種多様なニーズにケースバイケースで応えようとする姿勢が素晴らしい!

弱点は「ホームドア」でネット検索すると「線路への転落防止用ホームドア」のページばかりが表示されること。カタカナ表記する場合には「NPOホームドア」と必ず「NPO」をつけるとか対策が必要なんじゃ…

ホームレス問題・貧困問題についてさらに踏み込んだ実情を知りたいという方には下記のような本があります。

稲葉剛・小林美穂子・和田靜香(編)『コロナ禍の東京を駆ける ― 緊急事態宣言下の困窮者支援日記』岩波書店(2020年)
稲葉剛『閉ざされた扉をこじ開ける ― 排除と貧困に抗うソーシャルアクション』(Kindle版)朝日新聞出版 (2020/3/13)
大西連『絶望しないための貧困学 ― ルポ 自己責任と向き合う支援の現場』ポプラ社(2019年)
(大西連『すぐそばにある「貧困」』ポプラ社(2015年)の改題改訂)
丸山里美(編)『貧困問題の新地平 ― もやいの相談活動の軌跡』旬報社(2018年)
森川すいめい『漂流老人ホームレス社会』(Kindle版)朝日新聞出版(2015/7/7)
山田壮志郎(編)『ホームレス経験者が地域で定着できる条件は何か ― パネル調査からみた生活困窮者支援の課題』ミネルヴァ書房(2020年)

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