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プラス5cmの世界

今年の春ぶりに、ブーツを履いた。

少しヒールのあるものだ。

春になってからは毎日、ヒールのない、ぺたんこのパンプスを履いていた。
そのため、少しヒールがあるだけで、歩くのに緊張感がある。


春ぶり、ブーツ


エスカレーター。
階段。
坂道。
アスファルトの凸凹。
車道と歩道の間の段差など…。

転ばないように、足を挫かないように…
久々にヒールのある靴を履いて歩いていると、なんと注意深く歩く必要のある道の多いことだろう、と改めて感じる。
当たり前のように歩いていたいつもの道が、障害物競走のレースのようだった。


そして、何よりも。

ヒールの高さ、5センチほど。目線が高くなった。
それだけで


世界が違って見えた。


たった、5センチ。
されど、5センチ。


いつもと同じ道を歩いていると、その差はよくわかった。

なんだか見晴らしが良い。
いろいろな建物やすれ違う人々のことが、よく見える。
「こんな所に、こんなお店あったっけ?」
と、興味深いお店を2、3軒発見してしまったほどだ。

足元に緊張感があるからか、
背筋もすっと伸びて、自然と姿勢にも気を配るようになる。

着ていた服は、パーカーにロングスカート。
スカートの丈が長く、いつもはひとつかふたつ、腰でウエストの部分を折って履いているけれど、今回は折らずに本来の長さで履き、歩くことができる。
歩いていたら、ふと、外のショーケースに映った自分を見て、足が普段よりも少しだけ長くなったような気がした。


なんて気分がいいのだろう。

もうすでにいい大人なのだけれど、
小さい頃に憧れていた、スラリとして街を颯爽と歩く素敵な大人の女性になった気分だ。


ヒールと私。


初めてヒールに憧れたのは、小学校に入るよりもさらに前のこと。
アニメか何かで、ヒールを履いた登場人物を見たのだろう。

カツ、カツ。
コツ、コツ。

この音が、とにかくカッコいいと感じていた。
歩く時にその音を鳴らしながら歩きたいと、強く憧れた。

そして母と相談し、
“即席ハイヒール”を完成させた。

まずは100円ショップで、好きなデザインのスリッパを購入。
薄紫色に、小さな星が散りばめられたデザインだった。
…この時点で、もはや素敵なハイヒールになる可能性はついえている。

その下の踵の部分に、カメラのフィルムケースを装着する。

今はデジタルカメラが普及しているけれど、
当時はフィルムカメラがまだ普及していたため、家にはフィルムを入れるための、半透明の円筒形のフィルムケースがいくつかあった。

それを、スリッパの底に、セロハンテープで固定する。

その見た目は…
とてもじゃないけど褒められたものではない。

しかし、“音”が最高だったのだ。

カツ、カツ。
コツ、コツ。

見た目はともかく、最高にいい音を奏でた。
床のフローリングと、カメラのフィルムケースが奏でる絶妙なハーモニーだ。

外も歩いてみたくなったけれど、一度外を歩いたら、かかとが汚れてしまって家の中を歩けない。
何よりも、恥ずかしさがある。
見た目が残念なことは、幼いながらも理解していたらしい。

こうして
“ハイヒール風スリッパ”を履いた私は
大人の女性になった気分で、家の中を颯爽と歩いていた。

そして。

バキバキッ。


ものの数時間で、
体重にフィルムケースが耐えられず、ヒールは破損。
あっという間に粉々になった、半透明のカケラたち。

しかし幼少期の私に、ハイヒールを履くという夢を見させてくれた。
あれからずっと、本物のヒールのある靴を履くのに憧れ続けていた。

…という気持ちがあったことを、今日思い出した。


学生時代は毎日のようにハイヒールを履いていた時期もあった。
しかし、花屋のアルバイトではスニーカーが必須だったり、
学校へ行く道中の坂道がきつくて、少しずつヒールの高さは“ハイ”から“ロー”へと移り変わり…
今はぺたんこパンプス、スニーカー、ブーツ。あっても5センチ程度のヒールの靴がメインだ。

ヒールがあまり高すぎない方が、生活しやすいという結論に落ち着いている。


しかし、あれほど憧れていたのだ。

“ハイヒール風スリッパ”と違い、
堂々と外を歩ける可愛らしいハイヒールもあるはず…。


ブーツで冬を乗り切ったら、

たまには素敵なハイヒールを履き
あの頃の自分が憧れるような大人でいる日があってもいいのかもしれない。

また来年の春が楽しみだ。


2023.11.14

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