脱クッキー(Cookie)とトラッキング抑止の潮流。アドビジネスの今後と信頼の時代へ
本記事は、脱クッキー(Cookie)とトラッキング抑止の動向に伴う、今後のビジネスの変化に関する考察記事です。
Google の動きとFederated Learning
先日、Google による脱 Cookieに向けた対応に関してのニュースがあった。GoogleがCookieの利用制限に向けた取り組みとして、広告主と協力し、代替技術の試験的な運用を4月に始める方針と伝えている。
記事内では、プライバシー保護の代替技術として、”Federated Learning of Cohort” が紹介されている。Federated Learningに関しては、以前、解説記事を書いている。
Federated Learning は、機械学習の分散実行を可能にする手法だ。これにより、個々人のプライバシーの担保をし、かつ個々の企業のデータを共有することなく、広告プラットフォームの精度向上を行うことができるようになる。技術的には非常に高度な内容になり、Google以外の企業が採用していくには多少時間がかかるかもしれない。とはいえ、脱Cookie 時代における次世代の広告配信におけるコア技術となりうるものと言える。
脱Cookieのトレンドについて
Cookieは、長年、インターネットにおける顧客とのインタラクションの基礎をなしていた技術だ。中でも、3rd Party Cookieは、パーソナライズされた広告の重要な構成要素となっており、広告ネットワークがより詳細なオーディエンスのセグメントと属性を提供し、そのパフォーマンスをトラッキングするのに役立ってきた。しかし、趨勢は着実に変化してきている。これまでも各国におけるユーザーの意識の変化やプライバシー保護の気運の高まりを受けて、ブラウザレベルでのブロック機能や3rd Party の広告ブロックアプリが登場していたが、本格的なレギュレーションの動きが始まり、GDPR(一般データ保護規則)、CCPA(カリフォルニア州消費者プライバシー法)等の新規制の影響も受け、トラッキングツールとしてのCookieの支配が終了しようとしている。2022年末までにCookieの新しい仕様が作られ、順次主要なWebブラウザは3rd Party Cookieをサポートしなくなる。
Cookie を含むデジタルプライバシーにおける今後の主要な方向性は、ユーザーを中心においた価値を基礎とし、ユーザーが「知ることができる(透明性)」「選択することができる」「コントロールすることができる」の3つになる。脱Cookieと、このプライバシー保護の方向性は、様々な企業とブランドにとって、顧客とのつながり方を大きく変える契機となるだろう。
1st Party Cookie と 3rd Party Cookie
そもそも、Cookieとは、Webサイト・サーバーがユーザーのデバイスに配置する小さなテキストデータのことだ。クリックやセッションを介してユーザーの情報・行動を把握するために使われている。Cookieが登場した1994年は、E-Commerceとオンライン広告がまさに始まった黎明期だった。それ以来、ユーザーが直接アクセスしたWebサイトが、Webサイトのログインやコンテンツのパーソナライズ等の情報を1st Party Cookieとして格納し、活用してきた。
対して、3rd Party Cookieとは、ユーザーが直接インタラクションしているWebサイト以外のサイトにセットされる Cookieのことで、通常はページに広告が表示されたときにセットされるが、目に見えないトラッキング・ピクセルやその他の手段を使ってセットされることもある。3rd Party Cookieは、3rd Party のサーバが広告やトラッキングピクセルを配置している複数のサイトをまたがってユーザーの行動を追跡することができる。これによりインターネット上に広告のネットワークを形成することが可能となり、詳細なオーディエンスのセグメントや属性の情報をネットワーク内で共有し、パーソナライズされた広告を実現してきた。
Cookie の主な使われ方と、脱Cookie の影響
顧客とのインタラクションにおいて、Cookieは、主にパーソナライズ、アナリティクストラッキング、広告コンバージョントラッキング、ターゲティング等の用途で活用されている。それぞれが脱 3rd Party Cookieの動きでどのような影響を受けるかについては、以下のように整理される。
パーソナライズ:Webサイト利用にあたってのパーソナライズは例えば、ログイン状態の維持や、ECにおけるショッピングカート内のアイテムの格納、またサイト内検索機能における検索設定条件の保持等として使われている。これは、通常は1st Party Cookie としての活用に留まり、3rd Party Cookie ではないため、直接的な影響は受けない。
アナリティクストラッキング:これは、顧客のサイト内における閲覧やアクションを追跡するためのCookieの利用である。これも 1st Party Cookie としての活用であり、直接的な影響は受けない。
広告コンバージョントラッキング:広告からのコンバージョンを追跡していく用途での活用。従来は、3rd Party Cookie としての活用であったが、Webアナリティクスツール各社が1st Party Cookie に広告情報を載せることで対応してきており、対応できてているところは問題はないといえる。
ターゲティング:これはいわゆるリターゲティングやDMP等の活用による広告のターゲティングにおけるCookie の活用であり、3rd Party Cookie がそのメリットを大いに享受してきたユースケースだ。ここがまさに脱Cookieの動きが直接的な抑止対象としている箇所であり、広告ネットワークにおけるパーソナライズされたターゲティングは今後非常に困難になる。
Appleの動き
Apple は、Tech Giants 企業の中において、従前、ユーザーのプライバシーを保護するために規制強化が必要であることを主張しており、脱Cookie、そしてトラッキング抑止の動きを牽引する存在である。
Apple の3rd Party Cookie 廃止に向けた具体的アクションの一つとして、ブラウザの中ではシェアのトップを誇る Safari に実装された ITPによる、Cookie の制限強化が進められてきている。
ITP(Intelligent Tracking Prevention)は、2017年9月下旬に公開されたSafariに搭載されたサイトトラッキングの抑止機能だ。デバイスで収集したデータの統計に基づいて、3rd Party Cookie の基本的な用途である、ドメインごとにクロスサイトトラッキングの能力があるかを機械学習によって分類し、制限の対象としている。当初は、ITPの 3rd Party Cookie の制限に対して、アドテク企業側は、1st Party Cookie に広告情報を付与する等して、ITPの抑止機能を迂回していた。しかし、継続したITPアップデートの中で1st Party Cookie への制限も強化され、Cookie によるトラッキング行為は困難なものになっており、冒頭での Google の発表のようにCookieを用いないトラッキング技術が必要となってきている。
Cookie の話からはそれるが、IDFA(Identifier for Advertisers:iPhone等、iOS端末の広告識別子)を利用した広告配信でも、Appleはプライバシーへの配慮から制限を強化する。2021年上旬よりユーザーからトラッキングに関する同意を、広告配信媒体と広告主アプリ両方で得るようにする変更が予定されており、これにおいても広告媒体のトラッキングが難しくなる。
今後、想定されるアドテク企業・プラットフォーマーの動き
これら脱Cookieやトラッキング規制強化に対する、アドテク企業側の動きはどのようなものになるだろうか。日々流動的な市場を考慮すると予測することは困難だが、データやテクノロジーを強化する試み、事業ドメインを再定義する試み、エコシステムを形成する試みの3つが見られるようになる。これらを適宜組み合わせて、アドテク企業は対応を行っていく。
データやテクノロジーを強化する試み
アドテク企業側が自らのメディア化も強めていくことで、直接ユーザーとそのデータを集めていく試みは増えるだろう。そうすることで、ユーザーの1st Party Dataを収集・確保し、データ基盤の強化をはかっていく。そして、CDPとDMPのデータ連携機能を強化していくことで、広告の精度を維持していくことになる。顧客データプラットフォーム(CDP)は既存顧客の情報を保管する堅い仕組みで、データ管理プラットフォーム(DMP)は匿名データをつなぎ合わせるのに役立つ。DMPは3rd Party Cookieに依存した仕組みであったため、プライバシーに配慮した上で、相互の連携を行っていくことは非常に重要だ。
一部のアドテク企業は、次世代のトラッキング技術を確保するべく、また広告の精度を高めるべくテクノロジーへの投資を強めるだろう。冒頭で書いたような、Googleが導入するFederated Learningを自社ケイパビリティに取り込めるよう試みるだろう。高度な技術だが、既に同技術をベースとしたソリューションを提供しているスタートアップも存在する。また、強化学習を組み合わせて、精度を継続的に改善させていくよう基盤を高度化する方向性もある。
コンテキストアドのサービスへの比重を高める動きも想定される。NLPや画像認識等のAI技術を動員してユーザーのコンテキストを理解させ、それにあった広告を配信する。例えば、Web記事のコンテンツにマッチした広告を出したり、SNSのフィードやタイムラインの中にある一連の記事の内容にあった広告を表示するインフィード広告だ。ユーザーの1st Party Dataも使いながら、従来のコンテンツマッチ広告よりも進化させたコンテキストマッチを実現していくことになる。加えてユーザーの位置情報から広告を出すエリア広告もコンテキストアドとして進化していくだろう。
事業ドメインを再定義する試み
いくつかのアドテク企業は、データやテクノロジーの強化により、この荒波を乗り切るだけではなく、一度ステップバックをして全体も俯瞰した上で、自社の事業ドメインや全体戦略を再構築していくだろう。その中で提供しているサービスを拡充したり、位置づけの再定義をはかっていく。例えば、デザイナーやクリエイティブスタッフ、テクニカルスタッフを集めてデザイン・ブティックを立ち上げてクリエティブの制作力を高めていく。メディア・アートに乗り出したり、XR・IoTやロボティクスと組み合わせた広告サービスの提供等もより広がっていくかもしれない。ここにおいては、オンラインやオフラインを区別することなく、End To Endで見たユーザーのジャーニーを捉えて、その体験をデザインするようなコンサルティングサービスを提供していくことになる。
強固な広告エコシステムを形成する試み
アドテク企業はこれら試みに加えて、M&Aや資本提携、事業連携によりパートナーシップを強化し、広告エコシステムの形成をより進めていくだろう。活用可能なデータをできる限り増やし、自社が参加している広告ネットワークが、Googleや楽天やYahooが形成しているようなプライベートのエコシステムに近づくように拡充していく。そして、そのようなWalled Garden とも呼べる広告ネットワークを構築し、その中での高い精度の広告サービスを追求していく。グローバルにおいては世界中でダウンロードされている各種ゲームアプリが、ターゲティングに必要な1st Party Dataを大規模に押さえており、このようなWalled Garden化をしていくと予想されている。
今後、想定される広告主・ブランド側の動き
脱 3rd Party Cookieのトレンドとともに、広告主・ブランド側の動きもいくつか想定される。大きく見て、脱Cookieに対応できる外部リソースの活用を継続していく流れと自らのコントロールを強めていく流れの2つがありうる。
外部リソースの活用を継続していく流れ
脱Cookieの動きは、一部のブランドに、自社におけるデータ確保やケイパビリティ向上へのアクションに踏み切らせるだろう。しかし、全てのブランドが自社のケイパビリティ向上に傾くわけではない。マーケティングチームのあり方や様々な事情から外部ソースへの依存をメインに置くことになる組織もある。そのようなブランドは、従前の広告プラットフォームから冒頭であげたような、Federated Learning 技術や、前述したコンテキストアドの技術に基づくことで脱Cookieに対応するプラットフォームの利用へとスイッチしていく。だが、これまでの 3rd Party Cookieでのアドパフォーマンスに比べると満足はできないかもしれない。
パフォーマンスを追求したい広告主は、Tech Giants 達によるWalled Gardenと呼べる広告エコシステムへの依存を高めていくだろう。これは、グーグル、楽天やYahoo等に代表される巨大ネットワークを構築しているプラットフォーマー内の広告サービスを利用していくというものだ。オンラインやオフライン、ECや宿泊予約、デジタルコンテンツサービス、キャッシュレスペイメント等、数多のサービスによって経済圏を構築しているプラットフォーマーにとっては、様々なサービスの連携も1st Party Cookie として位置づけられるので廃止の影響を受けず、広告の精度は変わらず高い水準を維持できる。また、パフォーマンス最適化のための非常に強力な機械学習アルゴリズムの開発も進んでおり、これらのシステムは他のテクノロジーやプラットフォームにはないレベルのパーソナライゼーションを提供している。成果を追求する広告主にとっては、このような経済圏への出稿を進めていくことも有力なオプションになる。
自らのコントロールを強めていくブランドの流れ
いくつかのブランドにおいては、自社ブランドの顧客に関するデータの収集を十分に整備していないという課題がある。それがゆえ、自社製品と相性のよいユーザーのマッチングを、広告プラットフォームに全面的に依存していたという構図があった。だが、3rd Party Cookie の廃止と共に、自社の顧客データ、すなわち1st Party Dataの拡充に本格的に踏み切るという動きも始まっていく。そのためには、適切な同意管理ソリューションを持ったCDPの構築が必要だ。顧客を正しく理解し、パーミッションを丁寧に取ることによって、ブランドはWebサイトやアプリのUX、メールやLINE等のコミュニケーションにおいて、一人ひとりに向けたパーソナライズを開始していくことができる。
あわせて、Zero Party Data(ゼロパーティーデータ)の提供を受けていく試みも増えていく。Zero Party Dataとは、調査会社のForresterが2018年11月に提案した用語で、ユーザーがブランドに対して積極的に提供したいと考える自身の好みや希望、意向に関するデータだ。これはユーザーが「個人情報を守りたい」と考える一方で、「ブランドに自分の希望を理解してほしい」とも思っていることに基づく。
そして、プライバシー情報に抵触しないオープンデータを含めた3rd Party Dataを活用していくことの検討も本格化する。これらには、天気、交通、休日などの位置情報や季節に応じた情報である環境データ、人気テレビ番組、ミーム、ヒット曲などの幅広いトピックをカバーするトレンドデータ、ニュースサイトの記事キーワード、ニュースアプリのスポーツスコア等、特定のエンゲージメントに関連するコンテキストデータが含まれる。他、日進月歩を遂げているソーシャルメディアは、会話、投稿、写真、ビデオ、リツイート、シェア、フォロワーの急増等の形で、消費者やマーケットの動きを刻一刻と伝えている。これらデータをZero Party Dataや1st Party Dataと組み合わせて活用することで、クリエイティブの付加価値を高め、よりパーソナライズされたブランドのメッセージを可能にしていく。
データの確保とその活用を効果的にするためには、広告主・ブランドは、外部に頼っていた様々なケイパビリティを自社へと引き戻す方向に舵を切るかもしれない。例えば、データサイエンティストを雇用したり、リスキルの記事で解説したように内部で育成したりしつつ、顧客セントリックなマーケティング活動を実現できるデータケイパビリティを向上させていく。あわせて、強化学習等、パーソナライゼーションに活用可能なAI技術を採用してターゲティングの能力を高めていくように務めることになる。他にも、クリエイティブデザイナーを自社で確保するという手もある。データドリブンインサイトに基づいた、自社のブランドメッセージ、クリエイティブを作る力を強化していく。
同意、パーソナライズ、透明性と信頼
アドテク企業側においても、広告主・ブランドにおいても、今後の動きを予想したとき、ユーザー・顧客の理解とその体験価値の向上が、脱Cookie時代の鍵を握ることがわかる。
ここで重要になるのは、データの収集と活用に関する透明性だ。1st Party Dataの収集においても、Zero Party Dataの提供を受けるにあたっても、前提として企業側がきちんとユーザー一人ひとりのメリットとなる形でのデータ活用を行っていることを示し続けることが大事だ。また、あわせてそのような丁寧な説明の実施と、ユーザーの選択に基づく丹念な同意の取得は、顧客の信頼を醸成し、長期的な関係を生み出すことにつながるだろう。透明性と信頼が高まるにつれ、顧客は自らのコントロールの範囲の中で、より多くを共有したいと考えるようになる。アドテク企業やブランドはその期待を裏切らないよう、ユーザーを尊重したEnd To Endでの体験を提供していくことを忘れないことだ。
終わりに
ユーザーのプライバシーに関する不安は、透明性、選択肢、ユーザー自身のコントロールの欠如に根ざしている。そして、様々なデータ活用やデジタルサービスに対する規制の動きは、これらを原則として強化する方向へ向かっている。
アドビジネスに関わる企業・ブランドがより人間的な理解を惜しまず、対話を尊重してユーザーと協力し、ユーザーにとっての透明性や選択肢、ユーザー自身のコントロールを提供することで、広告はこれからも価値のあるものであり続ける。マーケットがプライバシーを尊重する社会に向けて動き出す中で、いかに顧客から信頼される存在となるか。脱Cookieやトラッキング抑止を、未来における成功のための契機とできるかどうかはひとえにそこにかかっている。