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エッジコンピューティングを概観:DXをサポートし、AIを進化させ、データとIoTの活用を広げる

本記事はエッジコンピューティングについて書きます。


DXを支えるエッジコンピューティング

Bigdata、AIIoT、ブロックチェーン 等、各種IT領域における著しい発展をいかに取り込み、従来の物理的に縛られた事業活動から、ハイパフォーマンスを実現するデジタル世界への拡張を成し遂げていくか。そしてそれを通し、産業や生活にどのように新しい価値を届けるか。今日、企業においてデジタルトランスフォーメーション(DX)は重大なテーマとなりました。

加えて、現代は5Gの時代と言われています。5Gの普及により、DXをより推し進める膨大なデータを処理する様々なアプリケーションの登場に期待が集まってます。スマート農業や、自動運転車、リテールの現場、災害時の対応等です。インダストリアルIoTとも関連のある分野であり、このようなユースケースを想定した場合、企業は、何でもかんでもクラウドへ通信して処理を行うのではなく、できる限りクラウドとのやり取りを効率化し、ローカル上で複雑であってもより多くの処理をスムーズに完結させていくエッジコンピューティングが必須であると気づき始めています。

Gartner の分析によると、現在企業のデータの90%はクラウドや企業のデータセンターにおいて処理されています。しかし、2025年までには全データの約75%がエッジで分析・処理されるようになるだろうと予測しています。


以下の記事で、クラウドの活用は、データの蓄積を促し、必然的にデータを分析し、AIをサービスを高度に改善していく段階へと進んでいくと書きました。

クラウドでサービスを提供し続け、ビジネスの成長を目指していく。その先には何が来るのでしょうか。クラウドを利用しているのでストレージの容量をオンプレミスほど気にする必要がありません。可能な範囲でデータをいくらでも蓄積することができます。そのため、次の論点は、蓄積されたデータをどのように活用していくかに移ってきます。必然的にビッグデータの活用というトピックに入っていくことになります。
この段階では、ビッグデータの視点で設計・運用・サービス改善をリードすることに意義があります。ここで、AIの出番がやってきます。蓄積されたデータをAIに活用していく。そして、AIを活用してさらにサービスを改善していくフェーズに移ります。

エッジコンピューティングにおいては、データを蓄積するのではなく、データが発生したその場所で効率的にデータを解析しハンドリングする、エッジでの処理に最適化されたAIアプリケーションの開発を促しています。そして処理と並行して蓄積すべきデータは(ケースによっては選別した上で)クラウド側へ送信する。これにより、センサーやモーター、ポンプなどを通じて機器の内部かその近くでデータを知的に処理できるようになります。また、自動運転車の反応時間の短縮や、リアルタイムでの不正検知、プライバシーに関わるデータや更にデリケートな医療データの保護など広範な分野での応用が期待できます。これらは、様々な領域でのDXの進展にもつながっていきます。


活用シナリオ

以下にいくつかのエッジコンピューティングの活用シナリオを書きます。


工場のデジタル化

スマートファクトリーというキーワードに代表されるように工場のデジタル化が進んでおり、クラウドネイティブソリューションへの移行も進んでいます。

ですが、事はそう単純ではありません。工場では日々大量のデータが生成されるため、全てをクラウドに送って保存するとコストがかかります。大半のデータは日常業務では使われず、限られたネットワーク帯域を使い切ってしまう可能性もあります。そこで、エッジコンピューティングのコンセプトに基づき、センサーや機械、ロボットが生成するリアルタイムの継続的なデータの流れを管理しようとする動きが出てきます。それにより、機械の故障やサイバーセキュリティーの脅威など問題を示すデータの異常もより早期に発見することが可能になります。

例えば、ハードディスクドライブ製造メーカーの米Seagateは、エッジコンピューティングに基づき、Deep Learningによる画像解析を行っています。解析に用いられる画像の数は1日で44万枚にも及び、データ量は2TBに達するとのことで、これをエッジでAI処理することでリアルタイムなレスポンスを実現しています。生産ラインを撮影したカメラ映像の解析で異常を検知すれば(あるいは予知をすれば)、即座に運用担当者へ通知します。また、AIの精度向上に役立つデータはクラウドに送信され、クラウド上で学習が行われ、アップデートされたAI推論モデルを再びエッジに返すことで、エッジでの解析精度を継続的に高めています。


またエッジコンピューティングを活用した工場のデジタル化に向けた事例として、ファナックにおける、「FIELD System (FANUC Intelligent Edge Link & Drive system)」が有名です。2016年より、開発・実装が進められていて、ファナック以外のサードパーティーからも「見える化」「品質向上」「保守・保全」「開発者向けツールソフト/コンバータ」など複数の分野にわたるアプリケーションが提供されており、エッジコンピューティングを活用して工場の稼働率アップを実現するスマートファクトリーのプラットフォームを目指しています。


UGV、オートノマスカー(自動運転車)

COVID-19 の拡大に伴い、感染対策として物理的な対人接触をなるべく抑えたデリバリーサービスの普及に注目が集まっています。その一つが、ドローンやUGVによるロボティクス技術を応用した配送です。以前、UGV の記事に書きましたが、複雑な環境中で活動するUGVにとって、刻々とかわる環境を的確に把握することは非常に重要です。障害物検知や距離計測の手段として、カメラ、マイク、レーダーや LiDAR (Light Detection And Ranging)、ソナー等がありますが、近年はカメラからの動画像から、深層学習によって環境や障害物を認識する技術の向上が著しく、エッジAI によってドローンやUGV等は環境把握および機体の制御を行っていくことになります。

また、これはオートノマスカー(自動運転車)においても同様です。5Gの記事の中でも言及しましたが、自動運転車では、乗っている人の安全を確保するために反応時間を最小限に抑えなくてはなりません。車はエッジコンピューティングのデザインに基づき、最小限の遅延でリアルタイムに重要な判断を下すAIを組み込んでいくことになります。

例えば、自動運転車は前方に歩行者を識別したら、すぐにブレーキをかけるアクションへとつなげる必要があります。この情報をクラウドに送って分析し、指示を受けていては手遅れになる可能性があります。エッジコンピューティングによりデータをローカルで処理し、予期せぬ状況により早く対応できるように努めます。

大手自動車メーカーはエッジインフラへの取り組みを開始しています。例えば、トヨタ自動車とデンソーは自動車のエッジコンピューティング推進団体「AECC(Automotive Edge Computing Consoritum)」に参加しています。各社は共同でエッジを使った解決策や用途の開発に取り組んでいます。


リテールのデジタル化

リテールにおける店舗オペレーションの効率化・省人化は常に大きなテーマであり、エッジコンピューティングはインストアテクノロジーの重要な要素になります。

その究極的な姿は、アマゾンから無人店舗「アマゾンGO」として提示されました。そのビジョンに追随し、中国では様々な無人店舗・コンビニが試されています。画像認証により、入店した客と取得した商品を認識し、会計を自動的に行う機能も実証事件の中で検証され、エッジコンピューティングによるポテンシャルは確認されています。中でも、「便利蜂(Bianlifeng)」はレジの無人化に特化したスマートコンビニとして普及し、2020年6月現在中国20都市に1500店以上を出店しています。5月下旬には北京地区の500を超える店舗で黒字化を果たしたと発表し、今後3年間で1万店舗をオープンさせる予定を発表しています。

日本では福岡県を中心に大型スーパーマーケットを展開するトライアルの試みが有名です。トライアルは小売店舗のスマート化に積極的に取り組んでおり、2019年4月に、子会社のRetail AIが独自に開発した「リテールAIカメラ」を発表。同月にリニューアルオープンした「メガセンタートライアル新宮店」は、このリテールAIカメラを1500台導入してスマートストア化しています。 このリテールAIカメラでは、来店客の状態認識とデジタルサイネージによる商品提案CMの連動、棚にある商品認識といったAI処理が可能です。AI処理は、クラウドではなくリテールAIカメラ上で行うエッジAIデバイスとなっています。

パナソニックはカメラで撮影したデータの画像処理をエッジコンピューティングで行う「Vieureka(ビューレカ)プラットフォーム」を展開。サツドラが運営するドラッグストア「サッポロドラッグストアー」では、札幌市内の店舗に96台のVieurekaのカメラを導入して実証実験を行っています。カメラ画像を解析し、来店客数のカウントや一人ひとりの年齢層や性別等デモグラの推定、商品棚前を通った人数、滞在時間などのデータを取得。POSレジと会員向けポイントカードのデータとも組み合わせた来店客の分析や、より効果的な店舗レイアウト変更の効果検証等に利用しています。


農業のデジタル化

農業でもエッジAIカメラがドローンに登載されたり、農地に設置され、データ分析の高度化が始まっています。画像解析はここにおいては、農作物の状況を可視化に貢献します。実の色や形状から農作物の熟度を分析し、葉の色や形状から害虫病を検知。最適な収穫時期を収穫量とともに予測することも可能になります。

また、スマート農機や前述したUGVのようにエッジ型AIを登載した自律型のロボットが現場で迅速な判断を下し、作業を行うことで、農作業のデジタル化を助けています。例えば、オプティムはAI・IoT・ビッグデータを活用したスマート農業ソリューション群を発表し、デジタル化をサポートしています。この中の陸上走行型ロボット「OPTiM Crawler」にエッジコンピューティング が活用されており、高度な自律運転を行い、本体内で画像認識を行うことが可能です。他にも、米Blue River Technology社の除草ロボット「シー・アンド・スプレー」は、NVIDIAのエッジプラットフォームを活用。カメラを搭載したトラクターが作物と雑草とを識別し、必要な場所にだけ即座に除草剤を散布します。


エネルギー産業におけるデジタル化

電気、石油、ガス、エネルギー企業にとって、エッジコンピューティングは安全を確保し、生産性を高め、エネルギーの供給をより安定化させていくのに役立ちます。例えば、各施設の予知保全能力(PdM)を向上させ、機器の故障を防ぎ、各社は時間と資金を節約することができるようになります。送電グリッドではエッジ機器を使い、リアルタイムの供給と消費の状況に効率的に対応し、ピーク電力を低減して安定した供給を実現することもできます。

エネルギー施設において日々巨大なデータが生み出されています。例えば、遠隔地の石油掘削施設では、毎日画像を中心に1テラバイト以上のデータが生成されています。しかし、このデータを分析して活用されるのは1%未満で、ほとんどが手つかずで放置されています。もし全てを解析しようと全データをクラウドに送信するのも、仮に5Gを導入したとしても非現実的なアプローチです。エッジコンピューティングによってこの問題は解決されます。

横河電機は、キャビテーション検知でエッジコンピューティングの設計を用いています。

キャビテーションとは、特定の条件下で液体中に蒸気の泡が発生する物理現象で、ポンプやバルブに大きなダメージを与えることがあります。これを防ぐためには、気泡の発生を早期に発見することが重要です。気泡の内破による微妙な圧力変化を評価することになりますが、この圧力変動を目に見える形で評価するためには、非常に高い分解能で、100msごとに測定値を記録し、同時に使用する差圧計の内部パラメータも見る必要があります。クラウド上で計算をするとしたら、それは考えられないほどのデータ転送を意味します。重要なのは圧力変動のレベルを測定し、計算を行った結果、問題と判断された場合にアラームを出すことです。大量のリアルタイムデータと、複雑な解析と評価、そして遅滞ないアクション。その後の記録・統計目的でのクラウドへのレポート。これらの組み合わせ、ある種の適材適所が、クラウドが普及している時代に出てきているエッジコンピュテーィングの肝となります。


金融サービス

金融サービスでは、機微な情報を保護する観点で、エッジコンピューティングでの分散化の概念を適用するケースがあります。従来も、認証目的での口座保有者の生体情報をデバイス側に留め、プライバシーを守るFIDO等、そのような取り組みは行われてきました。

最近では、先日記事に書きました、エッジコンピューティングを支えるAI技術である「Federated Learning(連邦学習)」の応用が金融サービスにおいて進んでいます。

例えば、中国のネット銀行、微衆銀行(ウィーバンク)は、テンセントと連携して連邦学習の研究を勧めています。顧客のデータをローカルなエッジサーバーで更新できるため、情報漏洩のリスクを抑えることを目的としています。また、このようなエッジAIの発達により、リアルタイムでの不正検知やAML(アンタイマネーロンダリング)の技術も向上するでしょう。これもまた、大量のリアルタイムデータと、複雑な解析と評価、そして遅滞ないアクション。その後の記録・統計目的でのクラウドへのレポート、が重要な意味を持つ応用領域です。


ヘルスケア・医療

ヘルスケアにおいては、活動量計や血糖モニター、スマートウオッチ等の健康管理用ウエアラブル端末は着実に普及してきました。しかし、その本領はエッジコンピューティングによってこそ発揮されます。リアルタイムに収集したデータをクラウドにすべて送信せずとも、エッジで高度に解析することで、不整脈や脳卒中、心臓発作等に関わる医師へのコンタクトの必要性を判定できます。

また、医療においては、看護士の不足等から患者の観察やケアにおいてデータを素早く解析できる意義は大きいでしょう。特に、在宅医療での活用が期待されます。例えば、慢性疾患の管理において、在宅での糖尿病やうっ血性心不全等の疾患の患者の継続的なモニタリングが可能になります。特に多くの併存疾患(複数の慢性疾患)や、複数の薬の影響等により判定が複雑になるケースにおいてエッジAIは重要な役割を果たします。

金融サービスと同様に、ヘルスケアや医療におけるサービスは機微な情報、時には究極のプライバシーとも言えるような遺伝子の情報を取り扱い、その保護に関しては非常に慎重かつ厳格に考えられています。ヘルスケアや医療におけるITアーキテクチャの考え方として本質といえます。前述の「連邦学習」を用いることで、患者のデータを保護しながら、医療解析用のエッジAIの性能を改善させていくことも可能です。またこうしたデータによる学習は、病気の検出や治療だけでなく、予防医学の向上にも役立つでしょう。

他にも、医療におけるエッジコンピューティングの活躍が期待される応用があります。それは、医療機器のサプライチェーンです。今日の病院や医療センターは、可能な限り最高の治療を提供するために精密な医療機器やコンピュータで満たされた、技術的に驚異的な施設となっています。CTやMRI 等これらの機器は高額であり、台数も限られているため、故障が発生し、稼働ができなくなると、医療キャパシティに大きなリスクを生じさせます。センサーにより使用パターンに関するデータを学習したエッジAIによって、複雑な故障のケースにおいても予知保全を可能にさせ、医療の継続性を高めるでしょう。


エッジコンピューティングの真価

以上、いくつかのエッジコンピューティングの活用シナリオを概観しました。

エッジコンピューティングは、「クラウドに対してローカルで処理を行うもの」とだけ解説される記事も多いのですが、実際はもっと深い意味を持ちます。それは、大量・リアルタイム・複雑という従来ではクラウドのコンピューティングパワーを使わなければ難しかったデータ処理を、IoTやAIに代表される様々な技術の発展の結果、ローカルで行うことを可能とし、それにより、今日において必要とされるデータの保護も実現するという現代のアーキテクチャの提案なのです。もちろんストアすべき、シェアすべきデータ・学習モデルはクラウドのコンピューティングパワーで処理されて、クラウドを通して共有されます。そのようなクラウドアーキテクチャとのコラボレーションによってこそ真価を発揮します。これらポイントを活かしながら、デジダル時代に相応しい、より高度かつ安全なシステムの構築を目指し、エンドユーザーを、そして社会を支えていくことが、エッジコンピューティングの本当の目的です。そうすることでエッジコンピューティングはDXを実現していく基盤たりえていくと言えるでしょう。

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