2020年ベスト映画50



 去年とは違い、2020年のベスト映画は50作品を選びました。理由は、『キネマ旬報』2020年8月上旬号に『mid90s ミッドナインティーズ』評を寄せたからです。老舗映画雑誌から執筆依頼が届いただけでなく、1ページの枠をいただけたのも光栄でした。おかげで、作品に込められた“従来の男らしさに対する批判的眼差し”を伝えることもできました。

 これまで映画についてはサブフィールドくらいに考えていたんですが(もちろんマシな原稿を書ける自信はかなりあったし、執筆依頼をいただいたら他の原稿と同じく真剣勝負でした)、影響を受けた今野雄二さんが辣腕を振るっていた雑誌に寄稿できたのは、私にとって大きい出来事でした。ようやく、映画もメインフィールドのひとつと胸を張って言えるな、と思うくらいに。
 なので、今後はより一層、自信を持って映画に関しても語っていきたい。その想いの表明として、今年のベスト映画を50にしました。

 選考基準は、発表済のベストブック50やベストドラマ50と同じです。質だけでなく、筆者から見て何かしらの同時代性を感じる作品を中心に選びました。本国では数年前に公開済でも日本では今年公開の作品、さらにはDVDスルーや配信スルーの作品も選考の対象としております。

 今年観た映画を振りかえると、抑圧されがちな立場から苛烈な貧富の格差や不平等を扱った作品が多かったと感じます。貧困や差別から生じる負の連鎖を描いた『ブルー・ストーリー』、コミュニティーの破壊と経済的搾取を進める過剰なグローバリズムへの反発を明確に描いた『ヴァンパイアvsザ・ブロンクス』などがそうです。

 とりわけ後者の視点は、世界中の映像作品で見かけることが多かった。『ヴァンパイアvsザ・ブロンクス』はアメリカの映画ですが、今年韓国で放送されたドラマ『スタートアップ : 夢の扉』も、主役のダルミがグローバルよりもローカルを選ぶ描写が前面に出ていました。
 こうした行きすぎたグローバリズムに対する懐疑的眼差しに、ラストベルト(アメリカのさびついた工業地帯を指す言葉)に住む多くの人たちの支持を受け、Make America Great Again(アメリカを再び偉大な国に)なる言葉を掲げたドナルド・トランプがアメリカ大統領になった、近年の世界情勢を見いだしてしまいます。

 そういえば、ポン・ジュノ監督の映画『パラサイト 半地下の家族』も、厳しい貧富の格差が残る韓国の現状を滲ませる作品でした。
 そんな映画を生んだ韓国と、一時の迷い(と思いたい)とはいえトランプみたいな人が大統領になってしまったアメリカから、似たような視点を持つ映像作品が出てきたのは大変興味深いことだと思います。

 とはいえ、ベスト50はそうした作品ばかりではありません。女性が抑圧される社会構造を炙りだした作品もあれば、“暴力”について深く考察した作品もランクインしています。これらはすべて、なにかとハードな現代社会を生きぬくうえで、重要なヒントをあたえてくれるでしょう。

 Webメディアやブログで評を書いた映画は、作品名のところにリンクを貼っております。ぜひ読んでください。


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すずしい木陰

50 『すずしい木陰』

 何もしないことをする映画だと感じた。万人向けの内容ではないが、観るに値するチャレンジングな作品なのは確か。



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49 『ロストブレット』

 『フレンチコネクション』や『L.A.大捜査線/狼たちの街』といったフリードキン作品を連想させるカーチェイスを楽しめる。



パリのどこかで、あなたと

48 『パリのどこかで、あなたと』

 誰かと繋がっていたい人たちの不器用さが描かれている。飛びぬけたところはないが、SNS全盛の現在に問いかけるような物語は悪くなかった。



ストレイ・ドッグ

47 『ストレイ・ドッグ』

 二コール・キッドマン主演のクライム映画。心の葛藤から生まれる激情を表現したキッドマンの演技と、ノワール映画的な映像がベストマッチ。



悪人田

46 『悪人伝』

 洗練された夜の撮り方はマイケル・マンの『コラテラル』を想起させる。テンポの良い編集によって終始緊張感を醸しているのも上手い。体技中心のアクションは秀逸なカメラワークの助力もあって迫力十分。車に轢かれても死なないマ・ドンソクはズルい。



Mank マンク

45 『Mank マンク』

 監督を務めたデヴィッド・フィンチャーから見たハリウッド、とも言える映画だと思う。多彩な映像表現はさすがフィンチャー。



ハッピー・オールド・イヤー

44 『ハッピー・オールド・イヤー』

 断捨離が題材のタイ映画。人という生き物の複雑さをとらえた良作だ。



悪魔

43 『悪魔はいつもそこに』

 暴力の連鎖が止まらない哀しさを描いた良作。特に興味深かったのは、連鎖の描き方。女性を蔑ろにする男の性欲や猟奇趣味が引き金になっている。このあたりは有害な男らしさや家父長制に対する批判とも解釈可能だ。



シリアにて

42 『シリアにて』

 手のこんだ演出によって上質な緊張感が作られている。スリラーとして楽しめるが、目を背けたくなるような世界の現実を知るための作品でもある。



エノラ・ホームズ

41 『エノーラ・ホームズの事件簿』

 血筋に頼らず、自らの力で前に進むエノーラの姿に励まされる人は多いはずだ。エノーラ役を務めたミリー・ボビー・ブラウンの快活な演技も光る。



悪の偶像

40 『悪の偶像』

 ひき逃げ事件の加害者の父と被害者の父を描いたサスペンス。ノワール系の映画を想起させる照明の使い方が上手い。



蘇りへの希望 - 生命を未来に託す

39 『蘇りへの希望 : 生命を未来に託す』

 娘の体を冷凍保存したタイ人科学者と、その家族が題材のドキュメンタリー映画。“身体”と“心”について考えさせられる哲学的側面が印象に残った。



殺人ホテル

38 『殺人ホテル』

 罠を仕掛ける側にも全貌を知らない人がいる設定は、意図的でなくても何かしらの搾取や抑圧に加担している多くの現代人に向けた風刺とも見れる。謎解きがあっさりすぎるのは評価が分かれるかもしれないが、よく出来た映画だ。



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37 『シークレット・ラブ : 65年後のカミングアウト』

 女性カップルの晩年を追ったドキュメンタリー映画。“老い”と真正面から向きあっている。異性愛的規範なライフコースが求められがちな現在と比較しながら観ると、いろいろ発見があるだろう。



グッド・ワイフ

36 『グッド・ワイフ』

 1982年、経済危機に陥ったメキシコに生きる上流階級の主婦たちを描いている。華やかなファッションと社会風刺が目を引いた。



ロング・ショット

35 『ロング・ショット 僕と彼女のありえない恋

 多くのロマコメで見られる男性優位な性役割(ジェンダー)を覆すロマコメ。“女だから”の色眼鏡に向けられる批判精神がグッド。



バクラウ

34 『バクラウ 地図から消された村』

 ブラジルの村で起こる不可解な出来事を描いた奇作。貧富の格差や政治など多くの背景が滲む物語は、現代に生きる私たちへの警鐘でもある。



ホモ・サピエンスの涙

33 『ホモ・サピエンスの涙』

 『さよなら、人類』で知られる奇才のロイ・アンダーソンにとって、人の不器用さを描くのはお手のものなんだろう。映像内における登場人物の立ち位置や美術など、さまざまな面で綿密な計算を見いだせる。そのことに圧迫感を抱く瞬間もなくはないが、全体的にはおもしろく観れた。



The Crossing 香港と大陸をまたぐ少女

32 『The Crossing 香港と大陸をまたぐ少女』

 香港と中国にアイデンティティーがある少女を通して描かれるのは、越境問題、社会情勢、経済問題といったものだ。市井の人々の視点を捉えた映像は素朴さと洗練が際立つ。



タッチ・ミー・ノット

31 『タッチ・ミー・ノット

 肉体的欲望の可能性と同時に限界も感じさせる内容だが、他者への関心や人同士の交わりに希望を見る物語は必見だ。観客の知性を信じる愚直な映画。



あるアスリートの告白は

30 『あるアスリートの告発』

 アメリカ体操連盟性的虐待事件のドキュメンタリー映画。告発者と事件を追う地方紙の記者による証言がメインの内容だ。連盟の隠蔽体質や未成年を酷使する構造への批判的眼差しには完全同意。



鵞鳥湖の夜

29 『鵞鳥湖の夜』

 現在の中国が抱える暗部を炙りだしている。暗闇を活かした映像や陰影のコントラストの強さなど、ヴィジュアル面で光るものが多かった。



やむなきこと

28 『やむなきこと』

 風刺が目立つ毒色たっぷりのドイツ産コメディー。最初はポカーンとしながら観ていたが、中盤あたりから登場人物たちのズレた行動で思わず笑ってしまうことも。



狩りの時間

27 『狩りの時間』

 『ターミネーター』の要素が色濃い映画。SF的世界観には、過酷な格差社会やアンダークラスといった問題が滲む。そんな世界からただ逃げるのではなく、変えるために戦うことを促す物語は勇気で満ちあふれている。ブラッド・フィーデルを想起させる音楽にも惹かれた。



パピチャ

26 『パピチャ 未来へのランウェイ』

 ファッションデザイナーを目指すネジュマの視点から、1990年代のアルジェリア(いわゆる“暗黒の10年”とも呼ばれるアルジェリア内戦)における抑圧を見事に描いた作品。戦い方はひとつではないこと、そしてそれでも人は手を取りあうことができると雄弁に示してくれる物語だ。



ボヤンシー

25 『ボヤンシー 眼差しの向こうに』

 カンボジアで生きる14歳のチャクラを主役の映画は、貧困や搾取といった問題が蔓延るなかで生きる人間の尊厳について考えさせる。どのような状況でも、私たちは人でいられるのだろうか?



FUNAN フナン

24 『FUNAN フナン』

 ポル・ポト政権下のカンボジアを生きた家族の物語。大切な日常とは?と問いかけるようなシーンの数々に、筆者は新考に出逢うための思考旅行を強いられた。こういう体験をあたえられるのも、映画に限らないあらゆる表現が持つ力だ。



ミセス・ノイズィ

23 『ミセス・ノイズィ』

 SNSが一般化した現在の日本社会を汲みつつ、思わぬ方向へ行ってしまう“争い”の顛末を描いている。日本の家族制度にチクリとするような物語とも感じた。



スウィング・キッズ

22 『スウィング・キッズ』

 ダンスを通して、戦争やイデオロギーが語られる物語は非常におもしろい。人にとって“踊り”とは何か?と考えさせる深さもある。



エマ

21 『エマ、愛の罠

 スタイリッシュに性役割(ジェンダー)を焼きはらう。エマの心情を伝えるダンス・シーンなど、ひとつの絵としても観ていたいシーンが多い。



ロストガールズ

20 『ロストガールズ

 セックスワーカーへの偏見を隠さない警察など、現代が抱える問題も見いだせる作品。“理想の被害者像”である必要はないと示すところが良い。



グレース・オブ・ゴッド

19 『グレース・オブ・ゴッド 告発の時』

 プレナ神父が教区を変えながら、信者家庭の少年たちに性的暴力を振るっていたという実話をフランソワ・オゾンが映画化。トラウマに悩む者たちの心情を丁寧に描いたのはもちろん、フランス社会をとらえる冷徹な批評眼も際立つ。



オールドガード

18 『オールド・ガード』

 キレキレのアクションと流麗なカメラワークが生みだす躍動感が素晴らしい。アキレスとパトロクロスみたいなジョーとニッキーの関係性も気にいった。



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17 『ラストブラックマン・イン・サンフランシスコ』

 都市の富裕化、いわゆるジェントリフィケーションに取りのこされた人々を描いた作品。さまざまな感情の機微をとらえた映像は感嘆もの。



生きている

16 『#生きている

 スリラー系のワンシチュエーション映画。緊急事態下に置かれたジュヌとユビンのドラマというコンセプトを上手く前面に出した脚本や演出が光る。



タイガーテール

15 『タイガーテール -ある家族の記憶-』

 移民一世の台湾人を描いている。愛する女性を捨ててまでアメリカンドリームに走った末の後悔と哀しみが心に刺さった。



フェアウェル

14 『フェアウェル』

 “命”と“アイデンティティー”について考えさせられる。ニューヨークをキラキラとした場所に見せていないのは、監督であるルル・ワンから見たアメリカ像が滲んだ結果だろう。



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13 『マ・レイニーのブラックボトム』

 過去を舞台にしながらも、現在と重なる人種間の緊張感を上手く描いている。チャドウィック・ボーズマンの演技は文句なしのキャリアハイ。



ハスラーズ

12 『ハスラーズ

 ニューヨーク・マガジンに掲載された『The Hustlers at Scores』という記事をもとに作られた映画。ストリッパーという職業を通して語られる物語は、私たちが生きる世界の不平等な構造を映しだす。



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11 『ゲット・デュークト!』

 ヒップホップやグライム以降の『ウィッカーマン』。辛辣な風刺やドラッギーな描写に笑わせてもらいながらも、労働者階級に寄りそう眼差しに心の涙腺が緩んだ。



ハーフ・オブ・イット

10 『ハーフ・オブ・イット

 『素顔の私を見つめて…』も素晴らしかったアリス・ウー監督の最新作は、2020年代のバイブルだ。哲学的思索の数々は知的興奮をもたらしてくれる。



はちどり

9 『はちどり』

 14歳のウニを通し、女性というだけで受ける抑圧を浮きぼりにしている。繊細な会話劇は心地よく耳に響いたが、そこには確かに痛みが滲んでいた。



ハーレイ・クイン

8 『ハーレイ・クインの華麗なる覚醒 BIRDS OF PREY

 大人気のDCキャラクターが主役の映画。キャロル J. クローヴァーといったフェミニズムの視点から映画を紐解いてきた者たちの文脈を見いだせるのがおもしろい。



ナイチンゲール

7 『ナイチンゲール

 ジェニファー・ケント監督の最新作。暴力がもたらす悲哀を巧みな描写力で描ききっている。



ザ・コール

6 『ザ・コール』

 イ・チュンヒョン監督の長編デビュー作。精巧なミステリー・ホラーとして非常にレベルが高い。整理された脚本のおかげで物語は混乱に陥らず、それでいて多くの仕掛けが施された展開には心が躍らされる。



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5 『ヴァンパイアvsザ・ブロンクス』

 低所得者層ほ踏みにじり、コミュニティーの破壊をもたらすジェントリフィケーションが背景にある映画。ジェントリフィケーションを吸血鬼に重ねた物語はもちろん、貧富の格差や搾取に繋がる新自由主義への批判的眼差しも見逃せない。



『行き止まりの世界に生まれて』

4 『行き止まりの世界に生まれて』

 貧困や暴力に苛まれていても、前に進むしかないという現実を示す物語。痛みにあふれながらも、確かな希望も映しだされるところに惹かれた。



ミス・アメリカーナ

3 『ミス・アメリカーナ

 アメリカのポップ・スター、テイラー・スウィフトのドキュメンタリー。自身の歩みにフェミニズム的観点を上手く込めている。“エンタメ業界”の構造を考えさせられるという意味でも深い内容だ。



ブルー・ストーリー

2 『ブルー・ストーリー

 『預言者』のリメイクを手がけることも決まっているアンドリュー・オンウボルの初長編映画。多くの人々を苦しめる緊縮財政、人を誤った道にいざなってしまう貧困や暴力など、イギリスの社会問題を多分に反映している。救いのない物語は、こうなる前に止めてほしいというオンウボルの切実な願いそのものだ。



82年生まれ、キム・ジヨン

1 『82年生まれ、キム・ジヨン

 チョ・ナムジュによる人気小説『82年生まれ、キム・ジヨン』を映画化。丁寧に計算された明暗のコントラストなど、高い撮影技術が映しだすのは、女性というだけで抑圧を受ける現代社会の姿だ。韓国のみならず、日本に生きる私たちも無関係ではいられない物語。



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