映画『ハスラーズ』


ハスラーズ


 2015年、ニューヨーク・マガジンに『The Hustlers at Scores』という記事が掲載された。この記事は、ストリッパーがウォール街で働く男たちからお金を巻きあげた事件について、ライターのジェシカ・プレスラーが綴ったものだ。さまざまな関係者の証言に基づく内容はとても興味深く、筆者も夢中で読んだことをいまも覚えている。

 ローリーン・スカファリア監督の映画『ハスラーズ』は、『The Hustlers at Scores』を題材に作られた。ダブル主演を務めるのはコンスタンス・ウーとジェニファー・ロペス。他にもトレイス・リセットやリリ・ラインハートなど、確かな実力を持つ役者が集結した。

 2000年代後半から2010年代半ばのアメリカを舞台とする本作は、2007年のシーンで幕を開ける。勤務先のストリップクラブで、メイクをしているデスティニー(コンスタンス・ウー)の姿がそれだ。幼いころ母に捨てられたデスティニーにとって、祖母(ワイ・チン・ホー)が母親のような存在だった。とても仲が良く、互いに愛情を示しあうことも多い。
 デスティニーがストリップクラブで働くのは祖母を養うためだ。しかし、仕事に慣れないデスティニーはお金を稼ぐことができず、思い悩む。そこに現れたのが、長年ストリッパーをやっているラモーナ(ジェニファー・ロペス)だ。トップ・ダンサーとして男たちから大金を吸いあげるラモーナの姿に、デスティニーは尊敬の眼差しを向ける。デスティニーとラモーナは瞬く間に親しい関係を築き、2人は協力しあいながら大金を稼ぐようになる。

 ところが、2008年を境に状況は変わってしまう。リーマン・ショックにより世界経済が冷えこみ、その影響がストリップクラブにも及んだからだ。大金を落としてくれる人は減り、ストリッパーたちの生活は厳しくなっていた。この状況にラモーナは不満を抱く。経済危機を引きおこしておきながら、なぜウォール街の金融マンは裕福な生活を続けているのかと。そうしてラモーナは、金融マンたちからお金を奪うため、計画を企てるのだった。

 本作の魅力といえば、ストリッパーとして働く女性たちの友情だろう。協力して男たちの富を奪う様子は、シスターフッド的な痛快さがある。ただ、その行為が犯罪であることも本作は忘れていない。被害者の男が重体になるシーンがあり、デスティニーやラモーナも苦しい状況に追いこまれる。大金を手にしたストリッパーたちは南の島へ...といった爽快さはない。『トレインスポッティング』(1996)みたいな映画を期待したら、肩透かしを食らうと思う。とはいえ、ストリッパーたちの行為を賛美も非難もしないことで、素晴らしい余韻をもたらしてくれる内容に仕上がったのも事実だ。

 そのうえでいえば、筆者はストリッパーたちに多くの気持ちを寄せてしまう。シングルマザーとしての生活など、どうしてもお金が必要になる窮状を本作は示していく。トップ・ダンサーのラモーナですら、不況になればストリッパーだけでは生計を立てられない。そのため、ラモーナは衣料品チェーン店の仕事を掛けもちしている。面倒な客など多くの危険に晒される他のストリッパーたちも、ストリップクラブの都合で容赦なく捨てられたりと、労働環境は不安定だ。
 このような描写が目立つ本作は、“やりがい”や“誇り”といった甘言でストリッパーたちを描くことはしない。お金のために働く労働者として、ストリッパーの現実を見せていく。頑張ってもマネージャーに上前を取られ、磨きあげたスキルも認められない。そうした視点は、今年のアメリカ大統領選で、セックスワーカーの権利が争点のひとつになっている流れとも共振できる。

 厳しい現況から抜けだすため、ストリッパーたちが犯罪に手を出す姿は観客の心にどう映るのだろうか? 筆者からすると、ストリッパーたちの行動は複雑な感情を抱かせる。お金を巻きあげる華麗さに拍手したい一方で、犯罪という選択しかなかった背景には哀しみを見いだしてしまう。犯罪の道に行かなかったとはいえ、筆者も厳しい生活状況に陥った経験があるからだ。
 資本主義が中心の現在においてお金は絶大な力を持つ。ある意味、お金の前では誰もが平等だ。学歴や生い立ちは関係ない。お金があれば多くのことができる。贅沢を極め、家族を盛大にもてなすことも容易い。仲間には高価なブランド品をプレゼントし、高級車も手に入れられる。だからこそ、ストリッパーたちはお金を求めるのだ。

 だが、最初は金持ちへの復讐が目的だった犯罪行為も、次第に手口がエスカレートして収拾がつかなくなる。最終的にデスティニーとラモーナを中心としたストリッパーたちは捕まり、ささやかな反抗は終わりを迎える。その結末はどこか、往年のアメリカン・ニューシネマみたいだ。
 それでも、ストリッパーたちを見て暗澹たる気持ちは感じない。ストリッパーたちは、現在の社会構造の中で生き残る術を探したに過ぎないのだから。暗澹たる気持ちを感じるとすれば、犯罪をするしかない状況にまで追いこむ社会構造に対してだ。『ハスラーズ』を観るとは、私たちが生きる世界に渦巻く苦味と痛みを噛みしめることである。



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