2020年ベスト・ブック50
ベスト・ブックでは、小説、研究書、漫画といったさまざまな日本の書物に加え、洋書も選考対象にしております。作品の質はもちろん、何かしらの同時代性を見いだせることも評価基準としました。時代にとらわれないおもしろさがありつつ、私たちの手からこぼれ落ちてしまいがちな小さい、だけど大切な機微や現代に対する批評眼が感じられる本を中心に選んでいます。
去年まではベスト10だったんですが、今年からはベスト50を並べました。実を言うと、当初は去年と同じ枠組みを考えていました。しかし、とある理由で映画とドラマのベストも50にしたとき、本だけがベスト10だとなんか嫌だなと思い、こうしてベスト50を選んだわけです。
2020年は韓国文学をたくさん読みました。ここ数年、韓国文学はブームと言えるほど盛りあがっていますが、今年も良質な作品がいくつも翻訳されたおかげで、素晴らしい出逢いに恵まれた。
韓国文学に惹かれたのは、シリアスな視点が基調にありながら、エンタメ性を入れることで楽しく読める側面もある作品が多いからです。特定のスタイルや価値観に依拠することなく、あらゆる手法を軽やかに用いる風通しの良さが筆者の琴線に触れました。
公開済の2020年ベスト記事
50 山下 紘加『クロス』
社会的性役割(ジェンダー)の揺らぎを描いた意欲作。引っかかる描写もなくはないが、こうした小説が日本でも書かれるようになった意義は大きい。
49 ボムアラム『夢を描く女性たち イラスト偉人伝』
女性偉人伝。いま以上に女性の扱いが酷かった時代の女性たちの歩みに励まされる者たちは少なくないはずだ。
48 メアリー・ビアード『舌を抜かれる女たち』
西洋の歴史と現代を行き来しながら、女性たちから声を奪いつづける構造を浮きぼりにする。“権力”の在り方を問いなおす言葉の鋭さに惹かれた。
47 パティ・スミス『Мトレイン』
音楽史にその名が刻まれているアーティストの回想録。やはり彼女は唯一無二の表現者だ。
46 インゲ・シュテファン『才女の運命 男たちの名声の陰で』
歴史に名を残す男のそばで過ごしてきた女性たちの苦悩を綴っている。男性優位な世界に押し殺されてきた声を無視してはいけない。
45 カルメン・マリア・マチャド『彼女の体とその他の断片』
小川洋子やヘレン・オイエミなどに影響を受けているという作家の短編集。社会が求める規範から逸脱した人たちを寿く言葉の力強さが際立つ。
44 田野 大輔『ファシズムの教室: なぜ集団は暴走するのか』
ファシズムの仕組みを通して、人という生き物の本質にも迫る。これからファシズムを知りたい人への入門書として最適だと思う。
43 オリヴィア・ラング『Funny Weather : Art In An Emergency』
アート好きにはお馴染みのオリヴィア・ラングが2010年代に書いたエッセイや批評をまとめたもの。アートに時代や社会を見る著者の視点は、似たスタイルの筆者にとって参考になるところもあった。
42 チェ・ウニョン『わたしに無害なひと』
傷つきやすい人の痛みと優しさと向きあう強さこそチェ・ウニョンの魅力。それを再確認させてくれる作品だった。著者が生まれ育った韓国に未だ残る家父長制や、それに伴う女性たちを搾取する社会構造への批判的眼差しが見え隠れする。
41 クォン・ヨソン『レモン』
2002年、ひとりの女子高生が殺された。しかし犯人はなかなか捕まらず、残された人たちの人生は次第に崩れていく。祈りにも近い言葉の数々に宿る迫力は必読。
40 グレタ・ガーウィグ ジーナ・マッキンタイヤー『グレタ・ガーウィグの世界 ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』
映画『若草物語』のメイキング・ブック。ガーウィグの脚本術にも触れるなど、映画好きには興味深い内容だ。正直、映画よりおもしろかった。
39 アンナ・バーンズ『ミルクマン』
国家独立をめぐるテロに、性的抑圧。これらの囲まれて生きる18歳の女性が抱える不安や絶望に心がかき乱された。少々グロい描写は読む人を選ぶかもしれないが、北アイルランド出身の労働者階級という作家の背景が滲む言葉は魅力にあふれている。
38 イ・ジン『ギター・ブギー・シャッフル』
軽快な展開を見せる物語に惹かれた。それでいて、社会と個人の間に生じるひび割れも描かれており、シリアスなメッセージ性が見いだせる。音楽青春小説である本書を読んで、日本のポップ・ミュージック史と韓国のポップ・ミュージック史の類似性に想いを馳せた。
37 マーク・ゲヴィッサー『The Pink Line: Journeys Across The World's Queer Frontiers』
世界のセクシュアル・マイノリティーに対する態度は、どこまで変わったのだろうか? そのことを本書は深く追究している。国や地域によって異なる事情も考慮した批評眼は誠実の極み。
36 梅澤 佑介『市民の義務としての〈反乱〉:イギリス政治思想史におけるシティズンシップ論の系譜』
グリーンやホブハウスといったイギリスの政治思想家のアプローチに光をあてている。反乱とは、私たちが生きるうえで必要な呼吸みたいなものなのだろう。
35 ナナ・クワメ・アジェイ=ブレニヤー『フライデー・ブラック』
ロクサーヌ・ゲイなど多くの人々から絶賛を受けたアフリカ系アメリカ人の作家による短編集。大量消費社会といった現代の問題を抉りだすシニカルな視点には、無視できない切実さが滲んでいる。
34 伊藤 るり 定松 文 小ヶ谷 千穂 平野 恵子 大橋 史恵 巣内 尚子 中力 えり 宮崎 理枝 篠崎 香子 小井土 彰宏 森 千香子『家事労働の国際社会学 : ディーセント・ワークを求めて』
家事労働の視点から、今後の日本が進むべき道を示す。アジアの事例に関してはとても勉強になった。
33 デルフィーヌ・ボーヴォワ『ちいさなフェミニスト宣言:女の子らしさ、男の子らしさのその先へ』
ファック・セクシズムを隠さない絵本。社会的性役割(ジェンダー)の偏見を取りはらおうというストレートなメッセージにほろり。
32 権代 美重子『日本のお弁当文化: 知恵と美意識の小宇宙』
お弁当から日本文化を見つめた良書。駅弁の存在意義に迫った第4章が特にお気に入り。
31 ナタリー・ヘインズ『Pandora's Jar: Women In The Greek Myths』
ギリシャ神話の女性たちをフィーチャーした内容は、男性中心の視点で築かれてきた数々の神話や歴史へのカウンターである。機知に富む文体に筆者の心はほくそ笑んだ。
30 ナオミ・ブース『Exit Management』
ロンドンの現況が背景にある本書は、日本に住む私たちとも共振する視点が込められている。階級や外国人差別といった問題を社会構造の観点から解剖する手腕は見事。
29 ジョアン・マクニール『Lurking : How A Person Became A User』
テクノロジー評論家として知られるマクニールによる著書は、インターネットの歴史を巧みに紐解いている。テクノロジーとの関わり方を考えるための示唆に富む。
28 ティー・ブイ『私たちにできたこと 難民になったベトナムの少女とその家族の物語』
歴史の翻弄される者たちを描いたノンフィクション。分断が叫ばれて久しい現在への処方箋としても読める。
27 キム・ヘジン『オビー』
『中央駅』や『娘について』で知られる作家の短編集。文学は社会への扉になるのだと教えてくれる。
26 デイヴィッド・リンチ クリスティン・マッケナ『夢みる部屋』
カルトの帝王とも称される映画監督の自伝。読みすすめるうちに、アシッドで歪みきった迷宮を彷徨っているかのようなトリップに包まれていく。
25 村田 沙耶香『丸の内魔法少女ミラクリーナ』
大人気作家の短編集。ストレスに満ちた現在との多様な向きあい方を囁いてくれる。現実を乗りこえるための想像は、現実を変えるための創造になりえるとあらためて実感した。
24 リチャード・ラッセル『Liberation Through Hearing』
XL Recordingsを運営する男による自伝。イギリスのポップ・ミュージック史をより深く理解したい者は必読。
23 ケイト・マン『Entitled : How Male Privilege Hurts Women』
『ひれふせ、女たち:ミソジニーの論理』も好評だったケイト・マンの最新著書。男性特権がどのように女性たちを傷つけるかを記している。少々まわりくどい書きぶりは引っかかるが、興味深い視点ばかりなのでランクイン。
22 ディラン・ジョーンズ『Sweet Dreams : From Club Culture To Style Culture, The Story Of The New Romantics』
タイトルからもわかるように、ニュー・ロマンティックと呼ばれた音楽を紐解いたもの。デュア・リパ『Future Nostalgia』といった80'sサウンドを取りいれた作品も多かった今年のポップ・ミュージックを理解するうえで助力になってくれる。
21 徐嘉澤『次の夜明けに』
台湾の作家による小説。二・二八事件といった社会的要素を散りばめながら、ある家族の物語を流麗な筆致で描いている。
20 レティシア・コロンバニ『彼女たちの部屋』
日本でも好意的に迎えられた『三つ編み』を書きあげた作家の最新作。時代を超えた女性たちの連帯は、読者の心を滾らせる。
19 サンドラ・シャール『『女工哀史』を再考する : 失われた女性の声を求めて』
女工たちの生活史を通して、社会的性役割(ジェンダー)を再考している。その視点は日本に住む私たちにも有益なものをもたらしてくれる。
18 今川 恭子『わたしたちに音楽がある理由(わけ) 音楽性の学際的探究』
なぜ人は音楽と共に生きつづけているのか? そんな疑問を探っていく思考の旅。最初は音楽を知るために読みすすめていたが、次第に“人とは?”という観点でも読むようになっていった。
17 ヘレン・ルイス『Difficult Women : A History Of Feminism In 11 Fights』
女性差別に立ちむかった女性たちを取りあげたもの。歴史を振りかえることで、現代のフェミニズムに対する問いかけを込める手法が上手く機能している。
16 チェ・ウンミ『第九の波』
社会派でありながら、恋愛とミステリーの要素も溶けこんだ小説。静謐な空気が不穏さをまとったようなオープニングにハマったら、あっという間に最後まで読みすすめた。繰りかえし読みたくなる中毒性がある。
15 マーカス J. ムーア『The Butterfly Effect : How Kendrick Lamar Ignited The Soul Of Black America』
ケンドリック・ラマーが題材の音楽書。ヒップホップのみならず、アメリカの象徴ともなったラッパーの歩みを記した内容は興味深い視点ばかりだ。
14 カリー・フランズマン & ジョナサン・プラケット『Gender Swapped Fairy Tales』
男女を入れかえ古典的おとぎ話を綴った良書。これまでの童話だけでなく、歴史も男性中心の視点で築かれたものであると示している。
13 サシャ・ゲフィン『Glitter Up The Dark: How Pop Music Broke The Binary』
音楽が社会的性役割(ジェンダー)を変えていく様を歴史的観点から考察している。ビートルズからミッシー・エリオットまで、さまざまなアーティストやバンドを引用した深い知見に拍手。
12 ニック・コーン『誰がメンズファッションをつくったのか?』
ファッション好きなら読んで損はないノンフィクション。文化の変わり目を詳述した内容は文字どおり圧巻。
11 シャーロット・リディア・ライリー『The Free Speech Wars : How Did We Get Here And Why Does It Matter ?』
言論の自由を歴史的観点から考察している。特に好感を持ったのは、いかに言論の自由が封じられていくか?を丁寧に示すところ。キャンセル・カルチャーの問題も注目されている現在を読みとくのに役立つ内容だ。
10 ポール・タフ『ハーレム・チルドレンズ・ゾーンの挑戦――貧乏人は教育で抜け出せるのか ?』
貧困に立ちむかうNPOの取りくみを綴っている。現代社会の問題を考察できるのはもちろん、大人たちは子どもにどう接するべきか?を知るための書物としても読める。
9 キャロライン・クリアド=ペレス『存在しない女たち 男性優位の世界にひそむ見せかけのファクトを暴く』
去年発表された『Invisible Women』を訳したもの。社会に蔓延る女性蔑視を見事に炙りだしている。原書は既読済だが、邦訳版が出たことへの祝いと、邦訳化をきっかけにより多くの人々に読んでほしいと願いランクインさせた。
8 ホ・ヨンソン『海女たち』
韓国の済州島で生まれた詩人による詩集。自らを守るため戦った済州島の女性たちを詩で語っている。活き活きとした“生”が言語という絵の具で克明に描かれている様は感嘆もの。読者に希望の光を灯してくれる。
7 キャシー・チェンバース『Hill Women : Finding Family And A Way Forward In The Appalachian Mountains』
J・D. ヴァンス『ヒルビリー・エレジー~アメリカの繁栄から取り残された白人たち~』を補完するような内容。女性賛歌の側面も見いだせる筆致は、『ヒルビリー・エレジー』では描かれなかった“もうひとつの社会”を浮きぼりにしている。
6 チャン・ガンミョン『韓国が嫌いで』
韓国社会の息苦しさに嫌気が差して、海外へ脱出するケナという女性のお話。爽快な読後感が気に入った。
5 キム・ホンビ『女の答えはピッチにある』
著者が地元の女子サッカーチームで味わったことを綴った体験記。強いて言えば、フットボールを介してフェミニズムの道を示す内容だ。韓国で多くの称賛を浴びたのも納得。
4 クリス・フランツ『Remain In Love : Talking Heads, Tom Tom Club, Tina』
トーキング・ヘッズのドラマーが発表した自伝。全音楽ファン必読の内容だが、読む前にトーキング・ヘッズは再結成しないのだなという哀しみと向きあう覚悟を持っておいたほうがいいかも。
3 デボラ・オール『Motherwell : A Girlhood』
昨年乳がんで亡くなった人気ジャーナリストの回想録。出自とする労働者階級の視点が色濃い言葉は共鳴できる点ばかりだった。
2 ジェニファー・ナンスブガ・マクンビ『The First Woman』
ウガンダの小説家が発表した傑作。さまざまな視点から権力や社会的性役割(ジェンダー)の問題を描く手腕に拍手。ウガンダの歴史と現在のフェミニズムを交差させたような物語に対する感嘆でいっぱいだ。
1 チョン・セラン『保健室のアン・ウニョン先生』
素晴らしいドラマ『保健教師 アン・ウニョン』の原作。くすりと笑えるユーモアに緊張感が滲むストーリー展開。娯楽作品として高く評価できるところが実に多い。それでいて、溜まりに溜まった“ナニカ”が人々に襲いかかる物語は、韓国に限らない現代の病巣を突いてるようにも読める。
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