Dua Lipa『Future Nostalgia』の未来的懐かしさは、サウンドだけでなく様々な女性たちの切実さも意味している


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 イギリスのデュア・リパによるアルバム『Future Nostalgia』が世界的ヒットを記録している。全英アルバムチャートでは当然のように1位を獲得し、全米アルバムチャートでも4位に入った。

 そうした成功にふさわしいクオリティーを本作は備えている。RouléやCrydamoureあたりのフレンチ・ハウスを想起させる“Hallucinate”、インエクセスの代表曲“Need You Tonight”(1987)を引用した“Break My Heart”、率直な感情を綴った歌詞が光る“Love Again”など、上質なポップ・ソングしか収録されていない。

 本作は往年のダンス・ミュージックで彩られている。たとえば、随所で飛びだすシンコペーションが目立つベースや裏拍を強調するハイハットは、ディスコのスタイルそのものだ。
 他にも、フィラデルフィア・ソウルが脳裏に浮かぶ艶やかなストリングスを鳴らす“Love Again”、ボニー・タイラー“Holding Out For A Hero”(1984)的なシンセ・ポップ“Physical”など、懐かしいポップスの影が至るところに潜んでいる。

 とはいえ、それらのさまざまな時代の音楽を巧みに掛けあわせ、1曲にいくつもの要素を詰めこめるセンスはモダンで先進的だ。過去と現在が混じりあい未来を創出する内容は、文字通りFuture Nostalgia(未来的懐かしさ)と言える。

 本作を初聴したあと、ひとつの考えが浮かんだ。未来的懐かしさはサウンドだけでなく、デュア・リパの姿勢も表しているのではないかと。
 それが確信に変わったのは、オープニングを飾る“Future Nostalgia”の歌詞とあらためて向きあったときだ。この曲の冒頭でデュア・リパは《私はゲームを変えたい(I wanna change the game)》と歌ったあと、男性に支配されない凛々しい女性像を強調している。女性のケアに甘える男性(日本語でいえば内助の功みたいなものか)をぶった斬る《男のパンツの履き方なんて教えられない(I can’t teach a man how to wear his pants)》は、それを明確に示す一節だ。

 “Future Nostalgia”におけるゲームは何を指すのか。これはおそらく音楽業界だ。デュア・リパは音楽業界の男女不平等や性差別に対する批判をたびたび口にしてきた。このような背景と歌詞の文脈を考慮すれば、“Future Nostalgia”の女性像はデュア・リパ自身とするのが妥当だろう。

 “Future Nostalgia”以外でも、デュア・リパは女性の連帯を促している。ラストに収められた“Boys Will Be Boys”だ。
 デュア・リパの言葉を借りれば、この曲は〈女の子の成長の苦悩について(It's about the growing pains of what it's like to be a girl.)〉歌っている。
 男の子に何かされるかもしれない恐怖から、いつでも反撃できるよう指の間に鍵を挟んでおく習慣がついたこと。乱暴されないために、嫌でも笑顔でいること。そうすれば何も起こらないが、そんな環境はおもしろくない。このような心情を“Boys Will Be Boys”は紡ぐ。
 《この歌で苛立ちを覚えたなら あなたはきっと何か間違ったことをしている(If you're offended by this song You're clearly doing something wrong)》という辛辣な一節もあるが、基本的には女性の連帯のみならず男性側の変化も願う切実な歌だ。

 “Future Nostalgia”や“Boys Will Be Boys”で歌われる想いは、これまでさまざまな女性たちが伝えてきたものだ。そのことは『サフラジェット(邦題 : 未来を花束にして)』(2015)や『ザ・レセプショニスト』(2016)などの映画を観てもわかる。
 アニメ『美少女戦士セーラームーン』(1992〜93)だってそうだ。〈頼みのタキシード仮面は死んだ。泣け!喚け!男がいなければ何もできぬのか。所詮女などは浅はかなものよハッハッハッ〉と言われた火野レイは、〈いまどき女よりも男のほうが偉いなんて言ってるのはおじさんだけだわ〉(第13話「女の子は団結よ! ジェダイトの最期」より引用)と痛烈な言葉を返している。
 これらの例で満足できなければ、メアリ・ウルストンクラフト『女性の権利の擁護』(1792)から現在まで続くフェミニズムの議論を追うのもいいだろう。

 先達が残した想いに通じる感情を歌うという意味でも、『Future Nostalgia』は懐かしさを感じさせる。しかし、そうした作品が未来的ヴィジョンと切実さを纏ってしまうのは、何百年にもおよぶ議論や運動を経ても、いまだに男性優位な構造が崩れていない証でもある。
 その現実に対する悲しみまじりの風刺としても、未来的懐かしさ(Future Nostalgia)という言葉は筆者の心に深く突き刺さる。



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