映画『パラサイト 半地下の家族』


パラサイト 半地下の家族


 無計画に人生を生きてきた夫のキム・ギテク(ソン・ガンホ)。その夫に強くあたることも多い妻のチュンスク(チャン・へジン)。なかなか大学受験に合格できない息子のギウ(チェ・ウシク)。美大志望ながら予備校に通うお金がない娘のギジョン(パク・ソダム)。ポン・ジュノ監督の最新作『パラサイト 半地下の家族』は、そんなキム一家の顛末を描いた映画だ。
 低賃金の内職で日々を凌ぐキム一家は、半地下住宅で暮らしている。居住環境は劣悪と言っていい。水圧が低いため、トイレは家の一番高い位置にある。Wi-Fiは入りづらく、雨が屋内に流れてきやすい家の構造は衛生的にも良くない。それでも4人は、貧しいながらもなんとか生活してきた。

 ある日ギウは、友人のエリート大学生ミニョク(パク・ソジュン)にお願いをされる。IT企業の社長として名を馳せるパク・ドンイク(イ・ソンギュン)の娘、ダヘ(チョン・ジソ)の家庭教師をしてくれというのだ。
 依頼を引き受けたギウは、面接のため高台にあるドンイクの豪邸へ足を運んだ。受験と違って面接はすんなり受かり、働くことになった。さらに、仕事ぶりが評価され信頼を得ると、ギウはパク一家にギジョンを家庭教師として紹介する。
 こうして、立場が両極端なキム一家とパク一家は徐々に交わっていく。ギテクとドンイクが良好な関係を築くなど、両家の繋がりは歪ながらも深まる一方だ。ところが、その繋がりは思わぬほうへ転がる。ある“匂い”がきっかけで、両家の繋がりに亀裂が入るのだ。そこから物語は、怒涛のような展開を繰りひろげる。

 韓国を舞台とする本作は、現地特有の背景が盛り込まれている。たとえば、韓国では半地下が貧しさの象徴として扱われることも多い。半地下住宅は、生活困窮の高齢者若者が多く住んでいるからだ。最近では半地下の家で貧しい生活を送っていたジュンス(JYJ)の告白も話題になった。

 とはいえ、本作は韓国特有の事情を知らなくても感情移入できる。特に、パク一家との違いから生じるキム一家の悲哀が描かれる雨のシーンは、似た景色を見てきた筆者の心に深く突き刺さった。豪雨が降りそそぎ、キム一家が住む半地下の家は瞬く間に浸水する。あらゆる家財道具が水浸しになり、トイレからは汚い水が大量に流れ出てくる。一方で、パク一家にとって豪雨は一家団欒(とセックス)のきっかけになった。もちろん豪邸はまったくダメージがない。そのような格差社会の苛烈な現実を、ポン・ジュノは包み隠さず私たちに突きつける。
 雨といえば、ポン・ジュノ作品では雨が重要な役割を果たすことが多い。『グエムル 漢江の怪物』(2006)では主要人物が雨の中で死に、『殺人の追憶』(2003)は雨の日にだけ起きる殺人が物語の軸だ。そうした作家性は本作の至るところで見られる。それを探しながら観るのも一興だろう。

 ポン・ジュノにとって、格差社会のモチーフは初めてじゃない。なかでも『スノーピアサー』(2013)はそれが明確だ。この映画は、地球に生き残ったわずかな人間たちを描いたSFスリラー。化学薬品の影響により、すべての陸地が雪と氷に覆われた世界で、生き残った人間たちはスノーピアサーと呼ばれる列車で暮らしている。前方の豪華車両に住む特権階級は贅沢をいとわない。一方で、最後尾に住む貧困層は特権階級から奴隷同然の扱いを受けている。食事も恵まれず、ゴキブリから作られたゼラチンのたんぱく質を口に入れ、腹を満たす。こうした『スノーピアサー』のモチーフをより洗練された映像で描いたのが本作、とも言えるかもしれない。

 ただ、本作は露骨な政治的主張やメッセージが込められた映画か?と訊かれたら、筆者はNoと答えるだろう。韓国の社会問題を反映しているのは確かだが、この社会性はキム一家の生活を描くうえで自然と滲み出たものに過ぎない。生活を描けば、生活の背景となる社会も混じるのは当然のことだ。

 そのうえで、筆者は本作にポン・ジュノのパーソナルな想いを見いだしてしまう。それを感じたのが貧困層の描き方だ。本作はキム一家の他に、同じく貧困層のムングァン(イ・ジョンウン)とその夫であるグンセ(パク・ミョンフン)が登場する。互いに同じ境遇でありながら、両者の結末は明らかに異なる。キム一家にも真っ先に牙を向けたムングァンとグンセには、文字どおり終わりが待っていた。だが、“匂い”が原因でパク一家にだけ真っ先に牙を向けたギテクも含めたキム一家には、一縷の未来があるように感じた。

 生きるため、同じ境遇の者も踏みにじろうとしたムングァンやグンセと、そうしなかったキム一家。このわずかな、しかし決定的な違いは、下で生きる者たちが本当に抗うべきものを示している。下の者同士で石を投げあっても意味はないと言わんばかりに。そうした想いにちらつく人影は、映画監督ではなく、この世に生きるひとりの人間としてのポン・ジュノに見えた。



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