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〈精神〉の歴史的変遷を辿る──モリス・バーマン『デカルトからベイトソンへ』 読書感想・前編

読みびとのまさきです。

だいぶ更新の間が空いてしまいました。今回長編を投稿する準備をしておりまして、その原稿を書いていて時間がかかってしまいました。ようやく内容が整理されてきたので、前編をお届けしたいと思います。

今回ご紹介する本は、モリス・バーマンの『デカルトからベイトソンへ 世界の再魔術化』です。

モリス・バーマン『デカルトからベイトソンへ 世界の再魔術化』文藝春秋

私はこの本を読んで、知的興奮が止まらない体験をしまして、なんでそんなに興奮したのか、自分でもよくわからないのですが、頑張って言語化してみましたので、どうか最後までお付き合いください。


■モリス・バーマンについて

まず著者のモリス・バーマンについて紹介していきます。

モリス・バーマンは、アメリカの歴史学者、文化史学者、そして作家として知られている人です。代表作は『デカルトからベイトソンへ 世界の再魔術化』のほか、日本語訳されている本として、日本文化について書かれた『神経症的な美しさ アウトサイダーが見た日本』も出版されています。

(右)モリス・バーマン『神経症的な美しさ アウトサイダーが見た日本』慶應義塾大学出版会

私は昨年に、『神経症的な美しさ』を先に読んでいまして、西洋を中心とする現代社会の行き詰まりについて、日本の文化・伝統がポスト資本主義の処方箋となり得ることを述べている本でした。非常に説得力がありますし、日本人が誇りを取り戻せるような、勇気をもらえるような一冊だなと感じています。

このモリス・バーマンの魅力は、現代社会を批判的に見ながらも、ただ批判するだけではなく、その処方箋や、ここに可能性があるという兆しを、説得力のある形で示してくれるところかなと思っています。あと、作家というだけあって、文体が美しいです。優雅というか、物語のように流れるように文章を読めるので、この綺麗な文章に触れているだけで、読み手としてとても楽しいです。

■『デカルトからベイトソンへ』を手に取ったわけ

なぜ私が『デカルトからベイトソンへ』という本を手に取ったかですが、一つはグレゴリー・ベイトソンという人物に興味があったからです。この本のタイトルにも含まれている人物ですが、ベイトソンは、よく「ダブルバインド理論」を提唱した人として多くの本に引用されています。

ベイトソンは文化人類学者であり、精神医学者でもありました。「ダブルバインド」とは、「矛盾を感じているのに、その場から逃れられない状況」、つまり「八方塞がりな状況」と言ってもいいかもしれません。ベイトソンは、「ダブルバインド」を定義し、ダブルバインドが精神疾患を引き起こす原因になると説きました。

これは今でも多くの本に引用されるぐらい通説となっている考え方です。このダブルバインドの話は、私自身が精神的に苦しかったときの経験や、コーチとしてコーチングをしていても、ダブルバインドに苦しんでいる人が本当に多いと感じているので、その処方箋としてもベイトソンの考え方を知りたいと考えました。

いきなりベイトソンの著作を読むことも考えたのですが、本人の著作を読む助走として、まずはベイトソンが紹介されている本を読む方が良いかなと思い、こちらの本を手に取ったという背景がございました。

もう一つ大きな理由として、「精神」について理解を深めたかったことがあります。この本自体、「精神とは何か」という問いを持ちながらストーリーが進んでいく印象です。みな「精神」というものが存在していることは承知していると思いますが、なかなか実態がつかみづらいですし、精神という存在が一体どんなものなのか、なかなか言葉にしづらいのではないでしょうか。

ベイトソンは『精神と自然』や『精神の生態学』という本を書いている人なので、生涯をかけて精神の探求をした人とも言えそうです。また、昨今、精神性とかスピリチュアルという言葉を持ち出すと、すぐに宗教に結びついてしまったり、「精神=怪しいもの」という視点を持ったりする人も多いのではないでしょうか。「精神」は、現代人にとっては扱いづらいテーマの一つだと思います。

タイトルには「再魔術化」とありますが、魔術という言葉も前時代的で面白いですよね。おそらく魔術的な世界から精神の理解をすることがとても重要なのだと思います。「精神」の歴史的な変遷についても理解を深められる本ではないかと期待していました。

続いて、なぜ『デカルトからベイトソンへ』というタイトルなのか、ですが、要するにデカルトが始めた二元論によって、人間が自我というものを意識するようになり、時代が大きく変わったということです。

「我思う、故に我あり」というデカルトの有名な格言がありますが、そこから「自我=私」とそれ以外、人間と自然、を分けるようになって、自然を「モノ」として見るようになった。それによって、人間は自然を搾取するようになり、人間は物質的には豊かになったが、自然はどんどん壊されていき、またそれによって自然の一部である人間の心が荒れてきてしまっている。

そこに対して、ベイトソンが唯一の解決策を提示しているというのが、この本の論旨であり、そのような歴史的な変遷を『デカルトからベイトソンへ』というタイトルに込めてるわけです。

■「錬金術」とは何か?

では、読んでいて特に感激したポイントを中心に振り返ってみたいと思います。

まずこの本を読んで特に理解が深まったのが「錬金術」についてです。

パウロ・コエーリョの名作『アルケミスト』でも「錬金術師」が出てきますが、正直どういった職業(?)なのかわかっておりませんでした。かつて西洋において「錬金術」が幅を利かせていた時代があったわけですが、なぜそんなに「錬金術」が受け入れられていたのか、そもそも「錬金術」とは何なのか、大雑把ではありますが、この本を読むことで理解が深まりました

世界がまだ魔術的な頃、宗教的な頃と言ってもいいかもしれませんが、神というものが純粋に信じられていて、神が作った世界において自分が存在するので、自分と世界が現代のように分かれていない時代において、「錬金術」は神聖視されていたようです。

下記、本から引用します。

自然界では、すべての金属は黄金として生まれでる過程にある。潜在的にはみな黄金である。それが黄金として結実するプロセスに、人間は術をもってかかわり、それを促進することができる。これが錬金術の基本理念だった

これを人間に当てはめると次のようになるわけです。

すべての人格(金属、鉱石)は潜在的には神的(黄金)であり、それらの人格は過去(鉛)の重みを超越し、その真の姿に到達しようとする。

つまり、錬金術においては、あらゆる金属がすべて黄金になるための過程にすぎず、それを促進するのが錬金術師の役目だったというわけです。

この錬金術の考え方を人間に当てはめるようになったんですね。「私も本来は黄金である」と。誰もが黄金(つまり神)になる過程にあるので、私を黄金(神)となるように働きかける。こうして錬金術は、ただの金属を生成する行為から、より人間的な精神に働きかける営みとして構築されていったというわけです。

人間が、自分自身を真の姿たらしめようとするこの営為を、傲慢と言うか、たくましいと言うか。

■「錬金術」から「デカルトの二元論」へ

「錬金術」の作用に注目したのが精神分析家のユングです。ユングに関する記述についても引用してみたいと思います。

ユング心理学の中心にあるのは、「個体化」という概念である。この「個体化」に向かうプロセスによって、人は自分の「自我」を超えた「自己」を発見し、これを発展させる。

要するに、「自我」を超えた「自己」が、おそらく「真の姿=神」に近い物だと思います。その「真の姿=神」に向かっていくことが、錬金術で目指されていた世界観だったのですが、デカルトが「自我」を確立してしまったがために、人間はその「自己」に至ることができずに苦しんでいくわけなんです。デカルトがもたらした発見によって苦しむ人間の姿が書かれているので、引用してみたいと思います。

地球は生命を持たないということになれば、錬金術的伝統において維持されていた微妙なエコロジーのバランスなどはどうでもよくなり、利益を上げるたびに死んだ自然をいくら搾取しても構わなくなる。

これがデカルトがもたらした弊害というわけです。こうして自然が壊されていき、人間自らも神経症に苦しむという現代にもつながっていく社会が現れるのです。続けて引用します。

精神病の体験の大部分は、実はヘルメス的世界認識への回帰である

これはどういうことかと言うと、つまり「精神病」と言われているものは、ヘルメス的、つまり魔術的・宗教的な世界へ戻ろうとする、人間の本質を取り戻そうとする動きであるというわけです。「精神病」は、フロイトが言う「抑圧されたものの回帰」現象とも言えるのかもしれないです。

この辺りまで読んで、時代の移り変わりやデカルトの二元論によって、「精神」がどのように変化していったのか、そしてなぜ人は精神に苦しむようになったのか、について大枠を理解できるようになりました。

ただ、よくこういう二元論の功罪について、デカルトが悪いことをしたように描かれる印象が私にはあるのですが、あくまでデカルトは「懐疑論」を取り入れて、自分たち人間の意識の変化を的確に捉えただけなのではないかなと思っています。そういう意味では天才ですよね。デカルトが悪いわけではなく、デカルトがいなくても、人間はそう変化してきているわけで、デカルトが我々の理解を促進してくれた功績も讃えて然るべきではないかなと感じました。

これでまだ序盤です笑。

次回は中盤以降を読み進めて獲得した、精神についての理解や、そしてベイトソンの功績について投稿したいと思います。

ではまた次回をご期待ください。

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