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日記

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変則日記/春倦き

変則日記/春倦き

突然、決定的に、書くのに倦きていた。
契機が無い。
まったくもって、青天の霹靂である。

少なくとも一昨日くらいまで、執筆意欲と、暑苦しい向上心に溢れていたのは確かだ。
いまや何も、すがすがしいほど何も、湧いてこない。

もし、これが職業だったら、と慄然とする。

するどい電気が走る。

物語なんかで、記憶喪失の人が、やにわにある過去を思い出すときの、あの頭を抱えるような感覚である。うううッ、と。

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日記/At The Mercy

日記/At The Mercy

めずらしく六時前に目が覚めたので、散歩にでた。無残に溶けた雪の路地裏はどこも、筆舌に尽くしがたいひどい路面である。融けた線路のような道が、延々とつづく。踏み込んだ足が、不意に斜め三十センチほど崩れながら沈み、盛大に転ぶ。起き上がりながら、まず、周りに誰もいないかを確かめる。まったく、いたらどうだというのか。転びました、てへ、で解決する。見たぞ、覚悟しろ、転んだお前は、転ばない私より惨めで劣っている

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日記/線分図

日記/線分図

近所の写真館で、格安の記念写真プランを見つけたので、さっそく予約して、娘の入学写真を撮ってもらった。フォトグラファーは、静かで物腰が柔らかく、プロ意識が高そうな女性で、それは、私がもっとも好感をもつ職業人の姿なので、これは正しい選択だった、と写真を見る前に、さっそく安堵した。100平米ほどのスタジオに、7つだか8つだか、さまざまの背景のセットがある。基本の、白い背景の写真をひとしきり撮ったあと、フ

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半日記/とろける

半日記/とろける

外来。体調、徐々に上向き、週末のあいだに、杖が不要になった。朝一番、車で心療内科に妻と娘を送ってゆく。いわゆる知覚過敏、HSCの症状が、新一年生の学童保育に耐えられるかどうか。幸い、娘とカウンセラーの相性は悪くないようである。週末の豪雪から一転、ぴいかん模様で、道路はまるで、しばらく放置したかき氷である。心療内科から神経内科へ、熱唱しながら四十分ほど走る間に、ルーフの雪は、きれいさっぱり溶けていた

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日記/マカロンのようにやさしく

日記/マカロンのようにやさしく

戦闘シーン完全NGの娘の要請により、ほぼつきっきりで観た『映画ドラえもん 新・のび太の日本誕生』の感涙が、いまだ止まらない。のび太が手塩にかけて育てた、三匹の空想生物との別れ。これは仕方ない。ひとしきり流した涙をふく。これだから、大長編は嫌なのだよ。すっかり油断したところで、夜なべで勉強し、机に伏して眠るのび太を、ママがそっと撫でる。これは、もう全然アウトである。付き添いの親御さんをここで泣かせる

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日記/せめて、灯でありたいのだけど

日記/せめて、灯でありたいのだけど

最初に、高濃度の毒を吐き出す。全身型重症筋無力症、わたしは指定難病患者様であり、身体障害者様である。いくつか、紙切れをもらっていて、だが、それがどうした。補助ってのは、金をくれるわけじゃない。病院代と、薬代の上限があるだけだ。元気な奴には無縁な金を、終わりなく払うんだよ。どんなに窮状を訴えようと、結局は病名で型に填めて、御祝儀みたいに、形式的な手を差し伸べられる。これじゃ、ろくに生きもできず、ろく

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日記/概念のやりとり

日記/概念のやりとり

半分だけ、恩返ししよう――どこかで、この界隈だか、ニュースだかで、ほんの一瞬すれ違ったことばだ。適度にこなれて、絶妙に釣り針のかえしがついていて、わたしの脳から剥がれない。恩返しとは、ど田舎育ちの惣領息子にとっては、胃が痛くなるほど、重たい概念である。概念でありながら、あたかも質料や臭いを有するかのように付きまとう、難儀な奴だ。前近代的な田舎において、恩は、まず売られる。売りつけられる。乳幼児から

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日記/猫のような顎下に寄せて

日記/猫のような顎下に寄せて

身体も雪もなかなか重たいなか、診察より無事帰還。オートミールの効果だろう、コレステロールと中性脂肪の値が、劇的に下がっていた。ノースカラーズの芋けんぴの効果だろう、体重は、まあ、少し増えていた。ほんの少しだ。そもそも、SI(国際単位系)における十進法の値など、見せかけのものであるから、大台だとか、突破とか、そういう騒々しいまやかしに騙されない正しい眼力が、いまこそ必要だ。なお、ノースカラーズの芋け

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日記/Man Eater

日記/Man Eater

なにかが特別におこった日ではなかったが、わたしという人間は、まったく、惑ってばかりだ、取り乱してばかりだ、とひどく落ちこんでいる。きっと、吹き出物をつぶすように、認知のどこかしらを、ぷつっ、とつぶしてしまえれば、なにも起こらなかった一日にふさわしく、わたしはなにも思わず、事は穏便にすすむのだ。たった六十人の富豪が、この世界の富の半分を所有するらしい。たった六十人の苦労性が、この世界の取り越し苦労の

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日記/フランキー永井

日記/フランキー永井

じつに降った。昼すぎには吹雪いて、十米前方さえ見とおせなかった。こんな日の運転は、南国人にとって、かなり気を遣うのだ。そんなこんなで、すでに限界まで疲れきっている。娘に、体調悪いの、と訊かれて、うん、体調悪いよ、と答えられるようになったのは、大きな一歩である。眠い。フランキー堺と、フランク永井は、ちょっと藝名が似すぎちゃいないだろうか、と目下、そんなことしか考えられない。川島雄三「幕末太陽傅」(1

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日記/どうせ買うのだから

ポリバケツにお湯をため、ツルハで買った徳用ぞうきんを持って、駐車場にゆく。この季節の当地は、泥水の撥ねが著しい。銀色の車のボディは、ココアを塗ったような具合に仕上がっており、それはどこの車も大差ない。だが、わたしは拭くのだ。湯拭きしたら、十秒以内に、すなわち凍る前に乾拭き、そうしなければ、さらに惨めな按配にココアがひろがるからである。前後左右、それをひたすら繰り返す。一時間ほどで、誰が見ても、ああ

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半日記/空想癖

半日記/空想癖

朝おきてから、この歌が、心からはなれない。ひさかたの光のどけき春の日に、しづ心なく花の散るらむ。紀友則さん、いい歌です。枕詞をふくめて、無駄な語がない。どれかを抜けば、たちまち桜の木は折れてしまうだろう。きょうは重たく曇っていて、まだ当地は雪がちらついている。花は散るどころか、ほころぶ気配もみえない。だが、私の目にはみえている。うららかな春の陽ざし、ほのかに冷たい風、花びらは舞い、風のない花びらも

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日記/ドンマイ

日記/ドンマイ

熱く甘い恋がしたい、と思う。恋など、今生はもう懲り懲りだ、とも思う。恋とはつまり、まさにこの学習過程なのかもしれない。この歳、この身分で、こちとらの勝手な心的欲求に、他所様をむざむざ巻きこむのは、きわめて面倒くさい不適切である。残念で順当なことに、あの十代の狂気に近い恋情は、いくら深くなめらかな腹式呼吸に勤しんでも、もう二度と戻ってはこない様子だ。いま思うと、あの狂気の少なくとも一部は、自己肯定感

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日記補遺/玄関にて寝る

日記補遺/玄関にて寝る

欠勤。起きたときからすでに、心身すべての力を、使いはたしている。娘を幼稚園のバス停に送り、そのまま玄関先で倒れこむ。四時間も寝ていた。一体、なにをしているのだろう。なんなのだろう。このゲームのプレイヤーは、三歳児に違いない。前の道では、人が談笑している。車も順調に走り、マンションの工事も進んでいるようだ。カラスも問題なく、かしましく啼いている。ゲームのバグではない。システム終了の気配もない。致命的

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