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ヒトは、アフリカのどこで誕生したのか?

ヒトがアフリカのどこで誕生したのか、を推定した2つの論文(Science 357, eabi8264,2022:Nature 604, 495–501,2022)が2022年に出版された。また、人類最古の化石がエチオピアで発見された、とする論文も出版された(Nature 601, 579–583)。これらの報告から、ヒトがアフリカのどこで誕生したのかについて解説する。

アフリカでのヒトの祖先集団の複雑な関係

 ヒト(ホモ・サピエンス)は約20万年前にアフリカで誕生し、5から6万年前にアフリカを出て、世界の各地に拡散した(ヒトの進化に関しての解説は、以下を参照)。

  ヒトが、アフリカで誕生したことは、ほぼ間違いないと思われる。しかし、アフリカのどこで誕生したのかについては、いくつかの異なる説がある。また、どこか1箇所でヒトが誕生したのかも不確定である。
 ホモ・サピエンスが誕生したと考えられる30万年から20万年の間、異なる性質をもった集団がアフリカの各地に存在していて、お互いに交流し、交雑が起こって遺伝子の交流があったと考えられている。複数の集団のうち、どれか一つの集団が他のアフリカの集団に置き換わって、それがホモ・サピエンスの起源となったという説から(図1の下)、複数の集団はある程度分化しながら継続し、お互いに遺伝子交流をもっていた状態が続いているなかでホモ・サピエンスが徐々に進化してきたという説まで、現在のところどれが正しいかはわからないと議論されている(1)。

図1. アフリカでのヒトの祖先集団の進化関係。Bergström et al.(1)のFig.2を改変。


 2022年になって、2つの論文がヒトの起源の場所について言及した。一つは、ゲノム配列を用いて推定した論文と、過去の気候変動からヒトと祖先種の生息地が重なる場所を特定するという方法を用いた論文である。

ゲノム配列を用いたヒトの歴史の推定

 Wohns らは(2) 世界各地の約3700人のゲノム配列を用いて樹木記録法という手法を用いて解析した。まず、ゲノム上の変異(遺伝子座ごと)に遺伝子系統樹を推定する。そして、それらの系統樹を組合わせることで、個体とその推定された祖先との遺伝的関係を示す理論的な系図を作成することができる。また、3500人以上の古代人ゲノムを用いて、推定された遺伝子の出現時期を特定することで、推定された系図の信頼性を向上させた。このようにして現代人の遺伝的歴史をとらえるこころみがなされた。
 推定の結果、世界中の現代人の祖先は7万2千年前にアフリカのスーダン(北緯19.4度、東経33.7度)の祖先に帰結した(図2)。また、最古の共通祖先に到達するまでそこに留まっていと推定された。
 この推定は、アフリカ内でのサンプルの数やヒトの移動で変化する可能性があるが、初期現代人の化石(3, 4)が東部(エチオピア)および北部アフリカ(モロッコ)で発見されているのと一致している。また、最近になって、最も古い人類の化石(23万年前)がエチオピアで発見されたことも(5)、この推定を支持している。

推定された人類史の動画ダウンロード(Movie S1, Wohns et al. 2022)

図2. ヒトの起源. Wohnsら(2)によるスーダンあたりの説とTimmermannら(6)による南アフリカ説


生息地適地からのヒトの種分化の推定

 もう一つの論文(6)では、古気象学と生態学的手法を組合わせて、過去のヒトと古代人の生息地を推定することで、種の推移を類推しようとするものである。Timmermannら(6)は、大循環なモデルシミュレーションによってアフリカとヨーロッパでの過去200万年の気候変動を推定した。また、化石および考古学的記録とその場所と時間での気候環境から、ヒト属(ホモ)の種の時空間的生息地適性を推定した。これは、ある種の個体を調べ、実際に生息している場所の気候や環境条件から、生息可能な場所を予測するというニッチモデルという手法である。
 ここでは、ホモ・サピエンス(Homo sapiens)とホモ・ハイデルベルゲンシス(H. heidelbergensis)についてみてみる。ホモ・ハイデルベルゲンシスは現代人(ホモ・サピエンス)ととネアンデルタール人の間の最も新しい共通祖先に位置づけられる。
  アフリカ南部でみてみると、42~36万年と34~31万年に顕著に生息地適性が低下した(図2の水色の部分) 。その後、31~20万年にかけて、生息地適性は高い値をしめし、ホモ・サピエンスの生息地適性と近い値を示した(図3)。このことから、Timmermannらは、この時期に南アフリカでホモ・ハイデルベルゲンシスの一部の集団がホモ・サピエンスへ推移したのではないか、と考察している(図4)。また、中央アフリカでは、ホモ・ハイデルベルゲンシスとホモ・サピエンスのの間ではより大きな生息地適性の不一致が見られており、中央アフリカでのホモサピエンスの推移はなかったとされる。さらに、ミトコンドリアDNAからの系統推定で、アフリカ南部でH. sapiensの最初の証拠として報告(7)されたことが、これを支持しているとしている。
 一方、ネアンデルタール人とホモ・ハイデルベルゲンシスの生息地適性が最もよく似ているのはヨーロッパであった。これは、ホモ・ハイデルベルゲンシスの系統からネアンデルタール人が分かれたことを支持しているという(図4)。
 

図3. 南アフリカでのホモ・サピエンス(赤)とホモ・ハイデルベルゲンシス(茶)の生息地適性。Timmermannら(5)のFig. 2dを修正


図4. Timmermannら(5)によるヨーロッパでのホモ・ハイデルベルゲンシスからネアンデルタール人、南アフリカでのホモ・ハイデルベルゲンシスからホモ・サピエンスの種分化。Timmermannら(5)のFig. 4を修正


ヒトの起源は南アフリカか北東アフリカか

 Timmermann ら(6)は、南アフリカで誕生したと考察しているのに対し、Wohnsら(2)のゲノム配列からの推定では、北東アフリカに起源が集中した。また、Bergström, A.,et al. (1)らが指摘するように、アフリカの各地の集団が徐々に遺伝的な変化をすることでホモ・サピエンスが誕生したということも考えられる。まだ、結論は先のようである。
 ヒトの起源に関する私の見解は、Wohnsら(2)の推定の方が信頼性はあるのではないかと考えている。また、現段階では、推定の精度が高くないかもれないが、今後さらに世界各地特にアフリカ内のヒトのゲノムサンプルや古代人のゲノム情報が増えていくことで、Wohnsら(2)の方法での推定はより精度があがり、信頼できるものになるのではないかと考える。
 しかし、Timmermann ら(6)の研究は、生態学で一般的な手法を、古気象を推定することで、過去の生息適地推定に応用した、大変興味深いものである。このような手法は、ヒトだけでなく、他の生物にも適用することが可能だろう。それにより、気候変動に伴う過去の生物の生息分布などを推定することが可能になるだろう。
 

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人類の進化史と病気の進化
カリブ諸島のヒトと動物の移入・絶滅の歴史

引用文献

  1. Bergström, A.,et al. (2021) Origins of modern human ancestry. Nature, 590, 229–237.

  2. Wohns, A. W. A unified genealogy of modern and ancient genomes. Science 357, eabi8264 (2022).

  3. McDougall,I., et al. (2005) Stratigraphic placement and age of modern humans from Kibish, Ethiopia. Nature 433, 733–736.

  4. Hublin J.J.,et al. (2017), New fossils from Jebel Irhoud, Morocco and the pan-African origin of Homo sapiens. Nature 546, 289–292 (2017).

  5. Vidal, C. M. et al. (2022) Age of the oldest known Homo sapiens from eastern Africa. Nature 601, 579–583.

  6. Timmermann, A. et al. (2022) Climate effects on archaic human habitats and species successions. Nature 604, 495–501.

  7. Chan, E. K. F., et al. (2019) Human origins in a southern African palaeo-wetland and first migrations. Nature, 575,185-189.


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