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戦争とメタルと平和ボケ

部屋とワイシャツと私みたいなタイトルになってしまったけど、あの背筋も凍るような恐ろしい唄はぜんぜん関係ない。

メタルと戦争は切っても切れない仲だ。

もちろん、鬱々とした暗がりや、重々しい地獄の責め苦、驚きを伴う知性を求める向きも少なくはないけど、やっぱりヘヴィ・メタルに最も求められているものは勇壮や高揚感だと思う。そして勇壮や高揚感が求められるのは、忌まわしい戦争も同じだ。

例えば、メタル世界全体のアンセム、IRON MAIDEN の "Aces High" は戦争の歌だ。第2次世界大戦の BoB(バトル・オブ・ブリテン)で、スピットファイアがドイツ軍の機体と繰り広げる空中戦を題材としている。"We Shall Never Surrender" でおなじみ、英国首相チャーチルのナチス・ドイツに対する宣戦布告を枕詞にして。

それを聴いて、僕たちは想像するんだ。祖国に迫る危機。"悪" がすぐそこまで来ている。エースパイロットたる自分が国の、人々の命運を握っている。敗北は許されない。太陽から浮かび上がる敵機。背後を取られた。上昇旋回。すかさず背後を取り返して、射撃ボタンを力強く押す…あの凄まじい高揚感を伴うメタル・アンセムを聴きながらそんな情景を想像するだけで、自ずと武者震いが込み上げてくる。

ヴァイキングの戦いを描いた AMON AMARTH、十字軍やスコットランドの戦記を伝える GRAVE DIGGER、さらにステージに戦車まで持ち込み近代の戦争を語る SABATON など、メイデン以外にも戦争をテーマとしたバンドは数多く、史実ではなくファンタジーにまで範囲を広げればそれこそほとんどのバンドが一度は扱っているのではと思うくらいだ。そのくらい、メタルと戦争は相性が良かった。

相性が良かった。

過去形で書いたのには理由がある。僕たちはもう、戦争のメタルを以前のように高揚しながら聴くことは出来ないかもしれないから。

ロシアのウクライナ侵攻。2.24に世界はすっかり変わってしまった。時計の針が100年巻き戻されてしまった。暴力も差別もなくしていこう。地球を守ろう。平和な世界にしていこう。そんな大多数の人々、大多数の国々の意思や願いは一握りの権力者たちの横暴や傲慢によって灰燼と化す寸前だ。

2022年にもなって非道の戦争が起こってしまった。冷戦の終了で人類がやっと手に入れたかに思えた民主主義。それを世界に根付かせる刹那、ほんの少しの不具合が混入していたのだろう。もしくはことを急ぎ過ぎたのか。小さなエラーはいつのまにか巨悪へと育っていた。教育がいかに大事か思い知らされる。結局、人は歴史から何も学んでいないのだろうか。

とにかく、大きな戦争が現実のものとなってしまった。そんな世界で、僕たちは戦争のメタルを歌えるのだろうか?

結局、僕たちが戦争のメタルに心酔し、高揚し、メロイックサインをかかげられたのは、すべてもう大きな戦争は起こらない、自分は戦地に赴かないという朧げな確信があったからじゃないだろうか。

いざ、これほど大きな戦争が現実のものとなると、僕たちは戦争のメタルを聴いてもテレビやネットで流れる無慈悲や残酷を思い浮かべ、戦地の民間人の気持ちを想像し、さらには自分の事として考え、高揚感よりも悲壮感や虚無感や無力感に打ちひしがれることになるんじゃないだろうか?

つまり、メタルで酷い痛みを感じてしまうんじゃないだろうか。武者震いよりも恐怖で震えてしまうんじゃないだろうか。

最近、SNS でよく見かけるのが、日本人は平和ボケしているという言説。どうやら、日本人は脳内がお花畑で平和がいつまでも続くと勘違いしているマヌケ野郎だと揶揄しているようだ。

何をか言わんや。平和ボケほど良いものはないじゃないか。

平和ボケだから戦争のメタルが聞けたんだよ。時には想像をかきたてるファンタジーとして、時には重要な歴史の教訓として、時には沈んだ気持ちを奮い立たせるアンセムとして。

METALLICA の "One" がなぜあれほど人々の心を動かし賞賛されたのか。それは楽曲に宿る魂とともに放たれた 映像の衝撃、その恐怖が世界を揺らしたからだろう。"ジョニーは戦場に行った" という映画をもとにしたミュージック・ビデオ。戦争で両手両足五感のすべてを失ってもまだ生かされる苦悶。

「何でとっとと僕を殺してくれないんだ?」

この曲を聴いて以来、この PV を見て以来、僕はどんな理由があろうと、平和を揶揄する言論を信じない。

みんなちょっと落ち着こう。たしかに、隣の国は非道の侵略を今目の前で繰り広げている。だけどね、きっと僕たちの方から "平和ボケ" を手放した時点で完敗なんだよ。きっとそのほんの小さな綻びから、民主主義がどんどん失われていくんだよ。

怖いから、力という甘い罠に耳を貸しそうになってしまう。でもね、社会に出ていたら知っているでしょう?安全地帯で勇ましく叫ぶ権力者、独裁者、偉いやつからまず逃げる。ZEAL & ARDOR の首領 Manuel も最近、弊誌にこう語ってくれた。

「一番悪い人が一番うるさいことが多いよね (笑)」

僕たちは今、目先の安心をとるか、100年先の優しい未来を守るかの選択を迫られているのかもしれない。"Aces High" を心から、高らかに歌えるような未来を。









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