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物語のようなもの

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短いお話を思いついた時に書いています。確実に3分以内で読めます。カップ麺のできあがりを待ちながら。
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2024年1月の記事一覧

『腕と尻尾』

『腕と尻尾』

体の異変というものは、朝目覚めた時に感じることが多い。
ところが、その日は何ともなかったのだ。
普通に朝食を食べ、いつもと同じ時間に家を出た。
改札では、右手で鞄を持ち、左手でパスをかざす。
あらためて説明するまでもない。
それは、始業時間を過ぎて少ししたころだった。

朝から電話の多い日だった。
左手に受話器、右手でメモを取りながら、コーヒーが飲みたいと思った。
コーヒーは目の前のパソコンの左手

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『布団座からの帰還』 # シロクマ文芸部

『布団座からの帰還』 # シロクマ文芸部

布団から出ると、そこには見覚えのある顔。
見覚えがあるどころか、間違いない、その女性。
記憶よりも少し年老いてはいるが、間違えるはずもない。
そして、その隣には、高校生くらいだろうか、やんちゃそうな男。
そうだ、学校に行かなくちゃ。
立ちあがろうとする。
その時、女性が僕の名前を呼んだ。
「カン君」
「お母さん」
思わず声が出る。
そうだ、この人は僕の母親だ。
「え、兄ちゃんなのか」
男が僕を見つ

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『わたしはお人形』

『わたしはお人形』

幼い頃から、わたしは自分のことをお人形だと思っていました。
だってママもパパも、お人形のように、いろんな服を着せてくれるのですから。
お隣のおばさんも、親戚のお姉さんも、わたしを見ると、
「まあ、お人形さんみたい」って口を丸くします。
だから、わたしはお人形なのです。
血の出るお人形。

ママも本当はお人形だったのです。
いつも綺麗な服を着て、優しく微笑んでいました。
いっしょに歩いているわたしま

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『雪の下に』 # シロクマ文芸部

『雪の下に』 # シロクマ文芸部

雪化粧と聞くと、死化粧を思い浮かべるのは私だけだろうか。

秋が深まり、紅葉した葉がひと通り散り果てたある日。
窓を開けると、いちめんの白。
普段は、緑や黄や茶や青や、それぞれの色を持つものが、すべて白一色になる。
それなのに、不思議に、見渡せるものの輪郭が前よりもくっきりと現れる。
今まで気がつかなかったものの存在を知る。

秋の収穫がひと通り終わると、人々は家に閉じこもる。
窓には板を打ちつけ

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『ドローンの課長』 # 毎週ショートショートnote

『ドローンの課長』 # 毎週ショートショートnote

「課長、遅いですね」
高橋さんが窓際の課長席を見ながら言った。
「煙草でも吸ってるんじゃない」
係長の井口さんも課長席に目をやる。
「でも、課長は煙草吸わなかったよね」
主任の樋口さんが、キーボードを叩きながら言う。
「課長は何をしてるんだ」
部屋の奥から、石山部長が怒鳴り始める。
そのやり取りを、僕は書類に顔を落としたまま聞いている。

始業時間から30分が経っている。
「そういえば」
高橋さん

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『人生の選択』

『人生の選択』

あなたは、生きていて楽しいですか。
いやいや、わかりますよ。
生きていりゃ、楽しいことも悲しいこともあります。
じゃあ、質問を変えましょうか。
そうした、楽しいこと、悲しいことも含めて、この先も生きていきたいですか。
そうですよね。
生きていきたいですよね。
明日、辛いことがあるとわかっていても、それは明後日には良くなっていくんじゃないか。
起きるのが嫌な朝もありますが、でも、なんとか起き出して会

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『本を書く』 # シロクマ文芸部

『本を書く』 # シロクマ文芸部

本を書く、そう言って先輩は姿を消した。
あれは、今頃の、サークルの飲み会の二次会か三次会のこと。
先輩と2人きりだったから、三次会より、さらに後だったかもしれない。
俺は本を書く、その夜、実際にはもう朝だったけれども、そう言って先輩は僕たちの前から姿を消した。
姿を消したと言っても、学生運動華やかなりし頃の地下に潜るようなことではない。
文字通り、姿を消した。
誰かが下宿を訪ねたが、もぬけの殻だっ

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『会員制の粉雪』 # 毎週ショートショートnote

『会員制の粉雪』 # 毎週ショートショートnote

季節がセレブだけのものになって久しい。
それどころか、庶民は暦まで奪われてしまった。
今日が何月何日なのか。
庶民は、何も知らされないままに働いている。
一年などという周期もない。
仕事の大半はロボットで間に合っている。
残るのは、セレブたちの生活の後始末だ。

セレブたちは、豪華な家の中に季節を再現している。
バーチャルな桜を咲かせ、バーチャルな太陽に汗をかく。
バーチャルな紅葉が散ると、バーチ

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『船中問答』 # シロクマ文芸部

『船中問答』 # シロクマ文芸部

「新しい水夫が動かせるのは、古い船だけなのさ」
「お前、まだ酔ってる?」
「いや、酔っちゃいないさ」
「まあいいさ、昨日は結構飲んだからね。酔い覚ましにコーヒーでも飲もうよ。僕が淹れるから。コーヒーあるよね?」
「ない。でも、古い船はあるんだ」
「それは、あれだろ。吉田拓郎が歌った『イメージの詩』」
「ああ、でも、あの歌は、この古い船をこれから動かすのは君たち若者だ、さあ頑張れ、なんて、そんな意味

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『夜光おみくじ』 # 毎週ショートnote

『夜光おみくじ』 # 毎週ショートnote

仕事始めの1日を終えての帰り道。
毎年この日は、終わってからの新年会がある。
酔いを覚まそうと、少し遠回りする。

近くの神社の境内にさしかかった。
高台にあり景色がいいので、時々訪れる。
夜景を眺めていると、人の気配を感じた。
振り向くと、老人が立っている。
その周りには、蛍のような光。
こんな時期に蛍なんてありえない,

そばまで行くと、その老人は言った。
「綺麗でしょ」
「これは?」
「おみ

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